第293話全てに力がない奈々子

文字数 1,355文字

麗が高輪の新居で、麻友や佳子と珈琲を飲んでいる時間、美幸は久我山に到着。
かつては麗が住んでいた部屋に自分の荷物を置き、奈々子と蘭が暮らす部屋のチャイムを鳴らす。
しかし、なかなか反応がない。
五分ぐらい待ち、ようやく物音がしたので、インタフォンで名前を告げる。
「奈々子様ですね、先ほど電話にて連絡をいたしました花園家の美幸です」

すると、返事があった。
「はい、奈々子です、申し訳ありません」
「今、開けますので、しばらくお待ちを」

美幸はそこで感じた。
「声に力がない」
「昔から青白い顔で、生気を感じなかった人やけど」
「言葉も、もつれ気味」

奈々子が部屋のドアを開けてくれるまでも、三分はかかった。
それでも、奈々子は頭を下げた。
「たいへん、お待たせを」

美幸は、奈々子の顔を見て思った。
「声だけでなく、目に力がない」

そして、ここに来た理由を告げる。
「大旦那様と麗様の御意向にございます」
「奈々子様と蘭様、当初は東京に不慣れ」
「その手助けをとのことにございます」
「こちらからもお声はおかけしますが、奈々子様のほうでも、お困りのことがあれば、何なりおっしゃってください」

奈々子は、そんな美幸の言葉に、おびえるような顔。
「いえ・・・花園家のお嬢様に・・・」
「手助けとか・・・」
「それは・・・身分違いで・・・」
「それでも・・・大旦那様・・・麗様の御意向で・・・」
「はぁ・・・何とお答えしていいのやら・・・」
とにかく言葉も遅いので、美幸はハラハラとしてしまう。

そして、キッチンや部屋の様子を確認。
引っ越しして間もないということもあるけれど、運び入れた段ボールが、ほとんど開いていない。

その美幸の視線に、ようやく気付いたのか、奈々子が動き始めた。
「あ・・・申し訳ありません」
「花園家のお嬢様に、お茶も出さず」
「えっと・・・どこの段ボールに入っているのやら」
と、言いながら探すけれど、実に手のろい。
段ボールを開けるのにも、相当もたつく。

美幸は、待つのが面倒になった。
「奈々子さん、ご無理はなさらず」
「手伝いますので」
「それも、大旦那様と麗様の御意向なので」
「ご心配なさらず、重々いわれております」

しかし、奈々子は、オロオロするばかりで、まだ最初に触った段ボールを開けることもできない。
美幸は、そんな奈々子を見て思った。
「麗様は、こんな人と暮らしていたんや」
「誰かに何かをしてもらわないと、一人では何もできないタイプかも」
「言われるがまま、なされるがままの人や、自分というものがない」
「大旦那も麗様も。心配になるのも当たり前や」
「それにしても、麗様は、苦労したんやろな」

尚、麻友には「人数が多くなると、ますます奈々子さんが混乱する」として、久我山に来るのを断っている。

さて、お茶を淹れるのも、結局は美幸。
奈々子は「恐れ多くて花園家のお嬢様に」と言うけれど、いざキッチンに立つとオロオロするばかりで、何もすることはない。

美幸は、考えた。
「こうなると・・・私が一日中、付き切りになる」
「それは困るから、通いの家政婦が必要」
「炊事、掃除、洗濯かな」
「まあ、いずれにしても、様子見を少し」
「あとは、蘭ちゃんの帰宅を待って相談か」
そこまで思って、奈々子を見る。

しかし、奈々子はボンヤリとするばかり、結局段ボール一つを開けただけで、椅子に座り込んでいる。
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