第238話蘭の期待と落胆

文字数 1,220文字

奈々子と蘭は、午前8時に、吉祥寺のホテルを出て、新居となる久我山のアパートに向かう。
尚、九条不動産の麻友から、すでに現地にいて、家具などの搬入を行っている旨の連絡を受けている。

井の頭線に乗り、蘭が母奈々子の顔を見た。
「麗ちゃん・・・じゃない麗様はいるのかな」
「連絡もしてないけれど」
「逢えるのかな・・・逢いたい」

奈々子は首を横に振る。
「逢わんほうがええやろ」
「大旦那様から、きつく言われとる」

蘭の表情が変わった。
「え・・・どうして?」
「顔も見れないの?それ・・・マジ?」

奈々子は、苦しそうな顔。
「麗様の邪魔をするなと、聴いたこともないような厳しいお声で」
「それを言われれば・・・とてもとても・・・」
「そもそもが、雲の上のお人やった」

蘭は、この母奈々子の顔を見て、情けなく思った。
「結局、昨日の夜は泣き通し」
「食事は?って聞いても、いらん、と言うだけ」
「結局、ホテルの売店でメロンパンと水」
「朝も食べず、私だけは食べたけど」

蘭はかつて、母に文句を言ったことを思い出す。
「麗ちゃんが父さんに殴られ蹴らている時に、何故止めないの?って文句を言った」
「でも、母さんは、首を大きく横に振った」
「怖いし、痛いのは嫌って」
「でも、私も一緒だった、かなうわけないし、怖いし、痛いし」

それでも、井の頭線で久我山におりれば、蘭の顔は上を向く。
「麗ちゃん、やさしいから、顔を見せれば喜ぶかもしれない」
「もしかすると、引っ越しを手伝ってくれるかもしれない」
そう思うと、足取りも早くなる。
モタモタ、キョロキョロと歩く、母奈々子がまどろっこしい。
「母さん、早くして」
「どんどん歩いて」
と、少し強めの声。

しかし、母奈々子は。「ああ、そうだね」程度で、実に反応が弱い。
少しだけ普通に歩き、またキョロキョロしながら、のんびりと歩く。

蘭が、そんな母にイライラしながら歩みを進めると、視線の先に九条不動産の麻友が立ち、手を振っているのを発見。
「あそこが曲がり角かな」
「もしかすると麗ちゃんに」
蘭は、この時点で、走り出したい。
しかし、母奈々子は、はるか後ろを、ゆっくり歩いている。

蘭は、母奈々子の遅さが、我慢出来なかった。
まずは、麻友と話をしようと思ったので、小走りに麻友の前に立ち、頭を下げる。
「いろいろありがとうございます」

麻友は笑顔。
「はい、おはようございます」
「ここを曲がってすぐです」

蘭は、胸がドキドキしてたまらない。
「あの・・・麗様は・・・」
どうしても聞きたくなった。
気持も高まり、顔も真っ赤になった。

麻友は、また笑顔。
「はい、麗様は、今は新幹線、京都に向かっております」
「葵祭でも、何かお役目があるとか」

膝がガクガクと震えだした蘭に、麻友は笑顔のまま。
「私も、一通りの説明を終えましたら、そのまま京都に戻ります」
「葵祭ですので」

上気していた蘭は、身体全体の力が抜けた。
「もう・・・どうでもいいや・・・」

母奈々子を見ると、相変わらず、のんびりキョロキョロと歩いている。
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