第459話再びの悪夢

文字数 1,019文字

「キャン!」
「キャン!キャンキャン!」
麗の耳に、子犬の鳴き声、悲鳴のような鳴き声が聞こえて来た。

続いて「お父さん、やめて!」「嫌だーーー!」と泣き叫ぶ少女の声。
これは蘭の声。

「あなた・・・それくらいで・・・」
弱々しい女性の声・・・奈々子の声が聞こえる。

「うるせえ!こんな犬コロ!」
「ぶっ叩いちまえ!」
「蘭が拾ってきた?知るか!そんなこと!」
半分ロレツの回らない酔った声、宗雄の声に間違いない。

次の瞬間、麗は子犬を抱き、蘭をかばっている。
言葉は出さない。
脳天に宗雄の拳骨、腹にはつま先が食い込む。

「殺すぞ!麗!」
「死んじまえ!お前なんて!」
「血が出ているぞ!痛いか!」
「ざまあみろ!」
「とっとと死にやがれ!」
宗雄の手には、包丁が光る。

麗は、観念、死を意識した。
子犬を抱いて、蘭をかばって死ねば、まだましだ。
少なくとも、こんな生き地獄から、逃れられる。

次の瞬間、事態が変わった。
麗の首に向けて包丁を突き立てようとした宗雄が、足をすべらせて、ひっくり返った。
その時に、床で後頭部を打ったのか、寝ころんだまま。
あるいは酔いが回ったのだろうか、高いびきで眠っている。

「もう、嫌だーーー」
「こんな生活、こんなことばかり」
「酔って騒いで、暴力振るって」
「弱い物いじめばかり!」
蘭にぐったりとした子犬を渡すと、蘭は大泣き状態。

奈々子が蘭を責める。
「蘭が突然、拾って来るから」

蘭は、泣き止まない。
「言ったもん!」
「その時はいいって、言ったもん!」
「なのにどうして?」
「酔えば、何をしても、許されるの?」
「麗ちゃんが、かばってくれなかったら・・・」
「私だって、ボコボコになったんだよ!」
「お母さんも言ってよ!」

蘭の文句で、奈々子も泣き出した。
「そんなこと言っても、私だって怖いもの」
「痛い思いはしたくないもの」


「何をどう言えばいいのか」と思った時点で、麗の目が開いた。
周囲を見れば、高輪の家。
ホッとして、「昔の夢を見た」と思う。
薬が効いたのか、頭痛はおさまっている。
ただ、汗を大量にかいている。

「可奈子さんに顔を見せる前に、何とか元に戻った」
麗は、身体を起こし、ベッドに腰掛け、考える。
「高校生までの、あんな暴言と暴行が続く生活に比べれば」
「今の忙しい生活なんて、天国のようなもの」
「逆に言えば、理不尽な暴言と暴力に、とことん耐えて鍛えられたのかもしれない」

ただ、万が一にも鞄の中の頭痛薬は、可奈子に見られたくない。
机の鍵のかかる引き出しの中にしまっている。
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