第257話麻友から蘭に、「麗の引っ越し話などの連絡」

文字数 1,587文字

午後の5時、引っ越しの荷物の整理がほぼ終わり、蘭は麗の住む部屋が気になって仕方がない。
「今は九条家にいるから逢えないけれど、少しでも麗ちゃんの雰囲気を知りたい」
「どうせ地味な部屋とは思うけれど」
そんなことを思い、アパートの外に出るついでに、母奈々子の引っ越し荷物の状況を横目で見る。
そして、落胆、呆れて怒り出す。
「母さん!座っているだけで何もしていない!」
「何で何もしないの?自分でやるって言ったから、手伝わなかったの」
「いつまで段ボールに囲まれて暮らすわけ?」

しかし、母奈々子は、いつもの弱い反応。
「そうだねえ、うん、ぼちぼちや、急いでも変わらん」
と、そのまま部屋の中を、きょろきょろと見回しているだけ。

蘭は、この母に文句を言うのを諦めた。
「とにかく、そんなんじゃ、料理もできないでしょ?」
「材料何も買っていないし、炊飯器も鍋もフライパンもみんな段ボールだもの」
「近くにコンビニがあったから何か買って来る」
「母さんは何?何を食べる?」

母奈々子は、返事が遅い。
「うーん・・・何でも・・・」
「コンビニの食べ物やろ?」
「味が濃いし・・・どうやろ・・・」

蘭は、いつまで待っても、結論が出ないと思った。
「いいよ、何か買って来る」
「食べたかったら食べて!」
とだけ、言い残し、アパートを出て歩き出す。


それでも、歩き出せば、気分も変わった。
「憧れの東京住まいか」
「それも杉並区、23区だ」
「あんなド田舎とは違う」
「誰からも見られないのもいいな」
「ド田舎だと、結局、誰かが見ている」
「ちょっとしたことが噂になって、超面倒」
「少しミニスカートにしただけでも、遊んでいるとか、マジで嫌だった」
「ゴミ袋を出せば、覗き込む老婆もいたし」
「よその家のゴミ袋を見て、何が面白いの?」

少し歩いて深呼吸。
「麗ちゃんも、この空気吸ったんだ」
「解放感だよね、今、実感する」

目の前に、コンビニが見えている。
「麗ちゃんも、このコンビニに入ったのかな」
「そして、ここで、おにぎりを2個買うだけの生活」
「今は、きれいなお姉さんたちと暮らしているから、入らないんだよね」
「それに、今は九条家かあ・・・葵祭」

蘭が、そんなことを思い、コンビニに向かって歩き始めると、スマホが鳴った。
電話をかけてきたのは、九条不動産の麻友だった。
「すみません、蘭様、お母様の奈々子様が電話に出られないので、蘭様に」
蘭は、顔をしかめた。
「こちらこそすみません、少し疲れているようで、気がつかないかもしれません」
麻友の話は続いた。
「2点ほど、連絡事項があります」
蘭は、「はい」と答え、鞄からメモ帳を取り出す。

麻友は冷静な声。
「突然ですが、大旦那の御意向で、麗様は高輪に移ることになりました」
蘭は、この時点で、立っていられないほどの落胆。
「はい・・・わかりました・・・大旦那様の御意向であるなら」
涙声で、震えるけれど、仕方がない。
「大旦那の御意向」と言われると、理由を聞くのも身分違いになるし、失礼も甚だしいというのは、蘭もよく知っている。
ただ、麗がそれに納得してしまったほうが、より辛い。
「どうして逃げるの?嫌いなの?私を・・・私たちを」
その思いのほうが、蘭の心からも身体からも、冷たく力を奪っていく。

麻友は続けた。
「もう一つは、麗様が住んでいた部屋には、花園家の美幸様」
「九条財団の九段事務所の常駐医者として、それから奈々子様のカウンセラーとして、住まわれます、これについても九条家の考え、もちろん麗様も相当心配されていて、了承されています」

蘭は複雑で、よくわからない。
「麗ちゃんと近くに住めないのは辛いけれど・・・母さんにカウンセラー?」
「それに花園家の美幸さん?うーん・・・そんなすごい人が?」

麻友は、話を一つ追加した。
「麗様が引っ越しして落ち着いたら、高輪にも案内します、麗様もOKと」

蘭は、今度は飛び上がるほどのうれしさに包まれている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み