第485話奈良小旅行(7)麗は蘭が心配になる。

文字数 1,431文字

元興寺を出た一行は、至近の御霊神社に参拝、老舗の砂糖店で金平糖を買う。
その後は、奈良町を歩いて、和菓子店で春日大社ゆかりの「ぶと饅頭」をそれぞれの家の土産用に買う。
奈良出身の葉子が「ぶと饅頭」について説明。
「春日大社が御鎮座された当初から今日に至るまで、御祭礼にお供えされる神饌となっています」
「そもそもは、唐菓子の一つで、米の粉を油で揚げて作られています」
「バラ売りもしていますので、興味ある人は、食べてみてください」

麗は、珍しく興味を持ったのか、全員に一個ずつ購入。
「ここで食べると、店の邪魔になるので、サロンバスの中で」と言いながら、全員に分ける。

さて、奈良小旅行も予定された場所は全て見学し、一行はサロンバスに乗り込む。
美幸と葉子がペットボトルの緑茶を配ると、全員が「ぶと饅頭」を食べ始める。

「へえ・・・知らんかった」
「元祖揚げあんぱん?」
「そやな、食べやすい」
「春日様も、揚げあんぱんが好きなんやね」
「でも、面白いなあ、今風に味付けは変えてあるのかな」
「まさに時代菓子や」

ただ、麗は、歩き過ぎたり、引率のような感じがあったので、実は疲れていた。
そのため、ぶと饅頭を食べ終えると、早速眠りにつく。

茜は、麗の状態を察知していたので、すぐに身体を寄せて、麗の身体を支える。
「少し前なら、どれほど疲れていても、寝なかったのに」
「ようやく、ほぐれて来たのかな」
「もっと、ほぐしたいなあ、笑顔を見たい」
「まだまだ、顔が緊張している時がある」

しかし、歩き疲れていたのは麗だけではなかった。
葵や他の女性たちも同じで、サロンバスが走り出して、約10分後には、全員がすやすやと眠りについてしまう。

麗が目覚めたのは、約30分後。
サロンバスの中を見回して、全員が眠っていることを把握。
「歩き過ぎたのかな、全てがお嬢様育ち」
「普段は車で送迎されて、自分の足で、ほとんど歩かないから」

蘭の顔が浮かんだ。
「蘭も連れて来たかった、身分違いではあるけれど」
「いつも元気なようで泣き虫だ」
「困ると、必ず頼って来る」
「面倒な時もあったけれど、何とかしてあげないと、泣くから」
「そして、あの泣き顔は、実に無様だ、酷く不細工になる、それが可愛いけれど」
「元気にしているだろうか、泣いてはいないだろうか」

そう思うと、ますます蘭が気になる。
「東京に戻ったら、美味しい物でも食べさせるか」
「今風の服でも買ってやろう」
「高輪に引っ越しとか、今後のことも話をしないと」

宗雄が「今日明日の命」と聞いたことも思い出した。
「本当は死んでいるかもしれない」
「俺には心配をかけないようにと、黙っているかもしれない」
「奈々子は・・・わからん・・・反応はないと思う」
「蘭は・・・泣く」
「しかし、蘭は俺に・・・何を頼る?」
「宗雄が俺に何を、どれほどの仕打ちをして来たのか、それを知っているはず」
「そもそも、俺の両親を殺した宗雄だ」
「俺だって、九条家だって、許せるわけがない、蘭が泣いたとしても」

大旦那の諫めの言葉が浮かんだ。
「麗が面倒を見るべきは、まず鈴村さんや、血のつながった実の祖母や」

大旦那の言葉は、まさに正論、反論の余地もない。
「奈々子と蘭は、香料店の晃さんと、隆さんに、まずは任せるか」
「それが、どうにもならなければ、俺が対応する」
「九条家の次期当主として」
「それが京のしきたり、そう考えたほうがいい」

しかし、どう考えても、「蘭の無様な泣き顔」が目に浮かぶ。
麗の「ようやくやわらいだ顔」は、再び暗くなっている。
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