第397話大旦那の怒り 料亭を辞す

文字数 1,355文字

「お前らは、もてなしの基本を、何もわかっとらん」
大旦那の厳しい言葉は続く。

「料理人の心を込めた料理の良さを、程度の悪い香料を何も考えずにつけて消す、無駄にする、おまけに煙草の臭みも漂わせて」
「未成年で酒が飲めないのに、えへらえへらと、酒を注ごうとする」
「そんなで、どうして美味しい食事ができるんや」
「仮にも、京都出身の政治家で、京の祇園の料亭やろ?」
「日本の、いや世界の規範となるような、もてなしをして当たり前やないか」
「それを忘れて、政治家は自分の選挙のことばかり」
「料亭は女将を筆頭に、自分の着物と香料のことばかり」
「何が千年を超える都の文化や、これがそうか?」
「考えてみい」
「もし自分が接客される立場になれば、何と情けないか」
「こんなのが、日本の、いや世界の規範となるんか?」

怒り続ける大旦那を、麗が制した。
「大旦那様、よしましょう」
「無駄です」

大旦那が麗を見ると、麗は冷ややかな顔、そして言葉。
「みんな、下を向いているだけ」
「早く帰って欲しいと思っているかもしれない」

麗は、慌てて首を横に振る面々を見ながら、視線を特に浜村秘書に向ける。
「その薄ら笑いは、意味があるのですか?」
「神妙に頭を下げたと思えば、いつの間にか薄ら笑い」
「仮にも、選挙の後援を頼もうとする人に、実に不遜な態度なのでは?」

薄ら笑いを麗に見抜かれていた浜村秘書は、蒼白。
「いえ・・・これは生まれつきで・・・決してそのような・・・」
「大旦那様の厳しいお言葉や、麗様を前にして」

麗は、冷ややかな顔。
「自ら秘書を務められる竹田議員のご挨拶にも、薄笑いでした」
「ただ、口元を締めるだけができないのですか?」
「それも、浜村さんの生まれつきで?」

「いえ、そんなことは・・・」とますます蒼白になる浜村秘書に、麗はもはや答えない。

宴会室のドアが開き、三条執事長が顔を見せたのを確認、大旦那と一緒に席を立つ。
引き留めは無理と判断した政治家、秘書、女将や仲居が、集まって来て深く頭を下げる。
「ほんま・・・申し訳なく」
「何とか勉強しますよって」
「失態は重ね重ね・・・」

麗は無言、いつもの能面。
大旦那は、顔が厳しい。
「知らん、気分を害した」


料亭を出て、黒ベンツに乗り込むと、三条執事長。
「全て聞いておりました」
麗は驚く。
「九条屋敷に戻っていなかったのですか?」
三条執事長
「いえ、私も玄関に入った時点で、何かあるなと」
「だから廊下で聞いておりました」
麗は、少し不安。
「言い過ぎたでしょうか」
三条執事長は首を大きく横に振る。
「いや、あれほど言わないとわかりません」
「あまりにも、九条家に頼り過ぎで、何の苦労も精進もなく」

大旦那も、麗の不安を打ち消す。
「実は、あの仲居の一人にビデオを撮らせて、九条屋敷に中継させとった」
「いい始末ができたから、麗は気にせんで構わん」

麗は「始末」の意味がわからないので、黙ると三条執事長。
「竹田議員は恵理の不倫相手、浜村秘書は結の男」
「料亭も、お察しの通り、祇園の名前にアグラをかいて、女将と仲居が威張っているだけ」

大旦那は、スマホを確認しながら苦笑い。
「明日から、謝罪が列をなして来る、ああ面倒や」
「ただ、麗は東京や、それがまた面白い、結局あいつら、謝罪も中途半端でだらしがない」

麗は、予想外の話が続くので、だんまりを続けている。
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