第499話悩む麗 蘭の涙に扉

文字数 1,656文字

麗はリビングを黙って出て、自分の部屋に入った。
ベッドに腰掛け、いろいろと考える。
「全ての元凶は恵理、その恵理を迎える判断をした大旦那の責任は重い」
「その判断が甘く俺の父と母を殺し、俺も酷い目に遭い続けて来た」
しかし、麗は大旦那を責める気にはならない。
「本当によくしてくれている、数少ない本当の血縁」
「九条家後継も受け入れてしまった、裏切ることはしない」
蘭を思った。
「話を全て聞いた時点で、どんな反応をするのか」
「驚き、泣き、誰に抱きつく?」
「少なくとも、俺は受け止めるべきではない、その立場ではない」

麗の部屋のドアにノック音、今日からのお世話係の真奈が入って来て、頭を下げる。
「真奈と申します、お屋敷では裁縫係をしております」
「ふつつかではございますが、よろしくお願いいたします」
麗は、ベッドからおりて、真奈の手を握る。
「はい、いつもお風呂場では、賑やかで」
真奈の顔が、ぱっと赤くなった。
「あら・・・恥ずかしい・・・覚えられていたなんて」
麗は真奈をしっかりと見る。
お風呂で見る時よりは、締まって見える。
「着やせするようですね、でも、すごく素敵です」
「とても可愛らしいお姉さまのような」
自分でも「歯が浮く」表現と思うけれど、リビングからの難しい話を少しでも忘れたかったし、善意の真奈を困らせたくなかった。

真奈は、ますます顔を赤くする。
「もう・・・ドキドキするやないですか・・・」と言いながら、麗の真正面に立つ。
麗は、「やはり、それが目的か」と察したので、真奈をしっかりと抱く。
真奈は、麗に抱かれた時点で、耳まで赤くなる。
「はぁ・・・こうされたくて、ずっと・・・いい感じで」

麗は、しばらく真奈を抱いて、頃合いを見て腕を解く。
真奈は涙目。
「ありがとうございます、あの・・・お昼ご飯に」
麗は、顔をやわらかに変え、真奈と食堂に向かった。
昼食は、いつもの京都おばんざい風。
午前中のような難しい話は出ず、高輪の家の電化設備などの当たり障りのないものに終始した。

昼食の後は、秘書の葉子を司会にして、約2週間後に始まる石仏調査についての九条屋敷全体での会議、現状や今後の予定が示された。
京都市内全域で既に全石仏の特定と調査者が決定していること。
後は撮影写真と説明文のチェック後、石仏調査HPへのアップロード、石仏地図や観光パンフレット、冊子を作成すること。
自治会、役所、寺などとの最終確認後、PR、印刷作業に入ること。
尚、麗は石仏調査開始時と終了時などの重要な時点で「あいさつ」をすること。
などが報告された。
麗は何も異論を言うことも、指摘も行うこともない。
「予想以上に話が進んでいる、葉子さんの力か、それに加えて街衆の関心が高いのか」
「ここで細かい指摘をして、話を混乱させるのも、賢いやり方ではない」
麗が、何も言わないので、石仏会議はスムーズに終了となった。

その後の麗は、夕食、定例のお世話係全員とのにぎやかな混浴、古今和歌集と源氏物語の点検を行った後、お世話係の真奈と共寝。

全てが終わり、隣で真奈が寝息を立てても、麗はなかなか寝付けない。
やはり、明日の心配が強い。
「おそらく奈々子は、蘭には何も言えないだろう」
「そうなると真実を聞いた時の蘭の顔が不安」
「真実を語るのは、やはり三条さんか」
「しかし、蘭とて、納得するしかない」
「蘭は宗雄のことも聞くかもしれない」
「犯罪者であることはマスコミ報道で知っている」
「しかし、今は死んでいるとの事実も驚くだろうし」
「殺人者であることを知ったなら・・・しかも俺の実の両親を」
「しかし・・・それは言うべきだろうか・・・」

麗は、考えがまとまらない。
「確かに10年以上一緒に暮らした」
「しかし、結局は血のつながりはない」
「今後は奈々子も蘭も三条家の人になる、それが自然」
「俺は、その方向に持っていくべき立場で、実際そう話した」
「それでいいけれど・・・これが蘭との扉なのかもしれない」

目を閉じた麗に、涙顔の蘭が浮かんだ、
そして、その涙顔の蘭を拒絶するかのように、重々しい扉が閉じられようとしている。
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