第85話日向先生宅の麗(4)

文字数 1,318文字

磯料理の後は、源氏物語をテーマとした雑談になった。

日向先生が麗に微笑む。
「本当に深く勉強をされています」
「源氏はいろんなテーマが内在されていて、話は尽きません」

麗は、自然に応えた。
「はい、様々な歴史上の事柄に典拠を持つもの、記紀神話を含めて取りこみ」
「白楽天などの中国古典文化も取り入れ」
「様々な貴族社会の風俗史でもありますし」
「身分の問題、継子の問題」

麻央は麗の反応に目を細める。
「本当に麗君には日本古典を継承して欲しいなあ」
「そのまま大学院に進んで欲しい」

佐保はニコニコと聴いている。

しかし、麗は笑うことはない。
本音として、源氏など日本古典文化を研究しようとすると、どうしても京都を歩くことになるし、母の実家の香料店も九条のお屋敷も避けては通れない。
その麗が突然思い出したのは、散々苛められた九条のお屋敷の恵理の言葉。

「鶏が鳴く 東の国の」

東の国は、信濃から東の国々で、陸奥の国までも含む。
鶏が鳴くということは、夜明けを迎えるとの意味で、東を導く枕詞になる。
しかし、その別の意味もある。
東国の言葉は、京の都とは違う、まるで鶏が鳴くような聞き取れないような言葉の意味。
つまり、京都の旧宮家の娘の恵理から見れば、京都から離れた東国の言葉などは、人間以下の鶏の言葉、その首など自由に捻って殺してもいい鶏の言葉と同じ。
そして、その言葉の意味の奥には、東国の人間などは、自由に首を捻って殺したとしても、宮家の自分に罪はないという、強い自尊心と差別意識がある。

「きっと、そんな思いで俺の首を絞めたんだろうな」
「結さんも、首を絞められる俺を笑いながら見ていたけれど」
「まあ、あの人たち、宮家を誇る人にとって、それ以下の人など、家畜に過ぎない」
「言葉など聞く必要はなく、殺したい時に殺すだけだ」

そんな思いにとらわれて下を向く麗に麻央が声をかけた。
「ねえ、麗君、顔色がさえないけれど?」
佐保も不安そうな顔。

麗は、首を横に振り、無難な答えを選ぶ。
「いえ・・・食べる量が多くて、美味しかったので、少し眠気が」

日向先生が、微笑んだので、麗は無難な答えが功を奏したと思う。
まかり間違っても、頭に浮かんだことを、この東国でそのまま話すことは出来ない。

麻央が、麗の顔を見た。
「そろそろ小町に行こうか?」
麗も無難な答えをする。
「わかりました、日向先生、本当に素晴らしいお料理と珍しい写本を見せていただいてありがとうございました」

日向先生からは、また声がかけられた。
「都合がつく限り、またおいでください」
「お一人で来られても、かまいません」

麗は、その言葉がうれしい。
本当に温厚な人と思う。
深く頭を下げて、麻央と佐保と先生の家を辞した。


麻央が車を発進させると、佐保が話しかけてきた。
「ねえ、麗君、マジにお願いしたいことがあるの」

麗が「はい」と答えると佐保。
「本当にアルバイトしてくれない?手伝って」
「麗君の作法なら、どこの料亭にでも連れていける」
「味覚も優れているから、食レポも任せられる」
「そうすれば、私は写真だけになるから楽」

麻央も佐保にフォローが入る。
「麗君は食生活の改善にもなるし、お金にもなるよ」

「コンビニのおにぎり二個も飽きたかなあ」
麗は珍しく頷いている。
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