第102話叔父晃の電話

文字数 1,241文字

叔父の晃だった。
いつものやさしい口調で、
「ああ、麗か、わしや、懐かしいな」
麗は、背筋を伸ばす。
「はい」とだけ、従兄の隆の病状が気になるので、余計なことは言わない。

「九条様との話は変わりないか?」
麗は正直に伝える。
「あ・・・はい・・・少し・・・銀座だったのが・・・」
「ここのアパートに」
少し間をおいて晃に聞いて見る。
「大旦那様のご意向と、茜様がおっしゃられたのですが・・・」
晃も、「うん」とうなって、間を置く。
「しゃあないやろ、麗が困らなければええ」
「大旦那も、見たいのかもしれんな、麗の暮らしを」
麗は「はぁ」と答え、ここでも正直。
「とにかく掃除をしているだけで、何もありません」

「まあ、その方が話しやすい、ガヤガヤした街中では神経を使うのかもしれんな」
「後は、茜様に任せればええ」
麗としては、九条の大旦那と話題はここまでと思ったので、気になっていたことを聞いて見る。
「あの・・・隆さんは・・・どうですか?」
晃の声が、少し変わった。
弱い声になった。
「あかん・・・なあ・・・いつまで持つか・・・」
「情けのうてな・・・可哀想でなあ・・・」
「ごめんなあ、麗、心配かけて・・・」
麗は、晃の声に実に不安を覚える。
「何とか、元気な顔をもう一度見たいと」
「子供の頃は、あんなに一緒に遊んで」
「いろいろ教えてもらって」

「ありがとうな、病院の先生も言っとった」
「今は、見守るしかないとな」
「回復は・・・難しいとも」
晃は、ここで隆の話をしたくないらしい。
また少し間が空いてしまった。
麗としては、電話をかけてきたのが叔父晃なので、少し待つ。

晃の声が少し明るくなった。
「なあ、麗、麗の大学に日向先生という源氏の教授がおるやろ?」
麗は、また姿勢を正す。
「はい・・・何度か・・・ご指導を」
とのみ、余計なことは言わない。

「彼はうちとも懇意や、長年のな」
「京都に紫式部顕彰会という団体があって、彼も理事、うちも理事」
「もちろん、九条の大旦那も深く関係しとる」

麗は、晃の話で、おそらく高橋佐保の取材にまでつながると思う。
ただ、聞かれた以上は答えないと、消極的態度を貫きたい。

晃は話を続けた。
「その日向先生の紹介で、京都の大学で源氏を教えている高橋という教授夫妻が、うちの店に来た」
「なんでも、その高橋先生の次女さんが、都内の出版社に勤めておってな」
「その雑誌で香料の特集をするから、教えてやって欲しいとな」
「それで、名刺を渡したんやけど・・・」
晃は、また一呼吸、そして柔らかな声。
「なあ・・・麗・・・」

麗は、名前を呼ばれた時点で、「消極的態度」は難しいと判断した。
こうなったら、素直に白状しようと思った。
少なくとも、実家の両親よりは、素直に話せる叔父晃である。
「はい、それは・・・実は高橋先生の長女が、僕の大学の源氏の先生」
「その次女とも懇意になりまして、その話を聞いています」
「手伝いも頼まれまして」

晃は笑った。
「世間は狭いなあ・・・」
「それに・・・麗がお手伝いで取材に来る?」
晃は、しばらく笑い続けていた。
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