四百十七話 あまりかわりはない
文字数 2,031文字
「都、食事のあとにちょっと話、いいかな?」
「ええ、いいわよ」
都はにこりと微笑んだ。朝食後、メイド達は仕事に、ひろは紫苑に送られて学校に行く。美代が俺と直治は残るように言ったので、食後のお茶を飲みながら成り行きを見守る。
「都、今日ちょっと化粧キツくない?」
美代がそう言った。女性に対して失礼極まりない物言いだが、美代が都にこういった発言をする時は、都が顔色に出る程の体調不良を化粧で無理に誤魔化している時だ。
「そう? 新しい化粧品を試してみたんだけど、失敗したみたいね」
「誤魔化さないで。もしかして『プランパー』も使ってる?」
「なんだ『プランパー』って」
直治が食いつく。
「キスしてみればわかるよ」
美代が珍しく都を責めるような、そして都に呆れたような顔をする。直治は無言で都の肩を掴み、ぐいぐいと顔を近付ける。
「ちょっと待って! 直治ちょっと、んーっ!」
「・・・なんだこれ、唇がいてえ」
「プランパーは唇をふっくらさせるために刺激物が含まれている口紅だよ。唐辛子に含まれているカプサイシンとかね。血行促進効果で血色も良くなる。体調不良を隠すのには最適な口紅だよね。ね? 都もそう思うよね?」
「あの・・・」
都は口籠り、直治は苛立った様子で都を見る。
「倒れたら元も子もない、って言えばいい? 自分をないがしろにする都を見て悲しくなる、って言えばいい? 副社長としては前者、一条美代としては後者だけど」
「・・・ごめんなさい」
観念したように都は俯いた。
「淳蔵、今日は仕事ないだろ? 見張れ」
「はいはい・・・」
「直治、お前は仕事だ」
「・・・わかった」
都は化粧を落とすため、一度自室に戻る。俺は見張りとして着いていくことになった。
「キスした直治が痛がってたけど、そんな刺激物塗ってるの?」
「うん、まあ・・・」
「早く化粧落としな」
「はい・・・」
大人しく化粧を落とした都の顔色は、薄々気付いてはいたが、やっぱり悪い。
「ねえ、淳蔵の部屋か、談話室に行かない? 今日は自分の部屋に居たくない気分なの」
選択肢に談話室が出るとは珍しい。
「じゃあ談話室に」
「ごめんね」
「『謝罪よりも感謝』って教えたのはどこのどなたですかねえ?」
「・・・ありがとう」
二人、手を繋いで談話室に行き、ソファーに座る。
「昔の夢を見て、部屋に居るのがつらくなっただけなの」
都が小声で打ち明ける。
「話してごらん」
俺も小声で応える。
「兎をね、銃で撃ったことがあるの」
瞳に涙が溢れて揺れる。
「遊びや悪戯でやったんじゃないよ。銃の使い方を学ぶために、狩りで。あの時はなんとも思わなかったのに、何故だか今日になって夢で見て、胸が痛い。苦しい。『可哀想だ』って思う自分が許せなくて、許せないって思う自分が気持ち悪い。自分が嫌なの」
ふと、気配を感じた。
談話室を『白い男』が覗いている。
「駄目よね、私、こんなんじゃ・・・」
「駄目じゃないよ」
都を抱きしめる。ジャスミンが見えないように。ジャスミンは満足気に笑っている。そうか、小夜を雇ったのは倉橋のこころを掻き乱すためではなく、都のこころを掻き乱すためだ。俺はジャスミンのことをまだまだ舐めていた。この男はどこまでも都のことしか考えていないのだ。
「あっ」
桜子の声。かちゃかちゃ、犬の爪が固い床にぶつかる足音。都が慌てて俺から身体を離す。
「桜子」
「はい」
余計な詮索はせず、いつも通りに振舞う。良いメイドだ。
「直治に頼んでなんかゲーム機持ってきてもらえるか? お茶菓子とお茶も頼む」
「かしこまりました」
桜子はすぐにお茶とお茶菓子を持ってきたあと、二十分程あとに私服姿でゲーム機を持ってきた。
「お? 私服?」
「私服です。直治様が今日の仕事はもうよいと。淳蔵様一人では手に負えないだろうから守ってやれ、とのことです」
「なんじゃそりゃ」
桜子がくすくす笑いながらゲームを準備する。
「えっ・・・。ホラーゲーム・・・?」
都が顔を良い意味で青くする。可愛いって意味だ。
「都様、安心してください。左に進むだけのゲームだそうです」
「なにを安心するのよおっ!」
俺は都の肩を抱いて、ソファーの端に詰め、桜子に都の隣に座るように勧めた。
「なんでホラーなのっ? なんで元気付けるのにホラーなのっ?」
「叫べばストレス発散になるからだろ」
「夜一人で眠れなくなるじゃん!」
「ご安心ください都様。わたくしが添い寝いたします」
「ううー・・・」
畜生。桜子に後れを取った。
桜子がコントローラーを操作する。
「左に進むだけでどう怖くなるの・・・?」
「今からわかるよ」
「あんまりわかりたくない・・・」
安全な場所から味わう恐怖は愉悦に近い。この『安全な場所』というのがポイントだ。弱い者虐めもそう。直治が『肉』の世話を喜んでするのも、小夜が趣味で小動物を惨殺しているのも、安全な場所から味わう愉悦という点ではあまりかわりはない。都も罪人を制裁している点ではあまりかわりはないのだ。そのことに、都は気付いていないようだ。
都は、自分勝手な女だ。
「ええ、いいわよ」
都はにこりと微笑んだ。朝食後、メイド達は仕事に、ひろは紫苑に送られて学校に行く。美代が俺と直治は残るように言ったので、食後のお茶を飲みながら成り行きを見守る。
「都、今日ちょっと化粧キツくない?」
美代がそう言った。女性に対して失礼極まりない物言いだが、美代が都にこういった発言をする時は、都が顔色に出る程の体調不良を化粧で無理に誤魔化している時だ。
「そう? 新しい化粧品を試してみたんだけど、失敗したみたいね」
「誤魔化さないで。もしかして『プランパー』も使ってる?」
「なんだ『プランパー』って」
直治が食いつく。
「キスしてみればわかるよ」
美代が珍しく都を責めるような、そして都に呆れたような顔をする。直治は無言で都の肩を掴み、ぐいぐいと顔を近付ける。
「ちょっと待って! 直治ちょっと、んーっ!」
「・・・なんだこれ、唇がいてえ」
「プランパーは唇をふっくらさせるために刺激物が含まれている口紅だよ。唐辛子に含まれているカプサイシンとかね。血行促進効果で血色も良くなる。体調不良を隠すのには最適な口紅だよね。ね? 都もそう思うよね?」
「あの・・・」
都は口籠り、直治は苛立った様子で都を見る。
「倒れたら元も子もない、って言えばいい? 自分をないがしろにする都を見て悲しくなる、って言えばいい? 副社長としては前者、一条美代としては後者だけど」
「・・・ごめんなさい」
観念したように都は俯いた。
「淳蔵、今日は仕事ないだろ? 見張れ」
「はいはい・・・」
「直治、お前は仕事だ」
「・・・わかった」
都は化粧を落とすため、一度自室に戻る。俺は見張りとして着いていくことになった。
「キスした直治が痛がってたけど、そんな刺激物塗ってるの?」
「うん、まあ・・・」
「早く化粧落としな」
「はい・・・」
大人しく化粧を落とした都の顔色は、薄々気付いてはいたが、やっぱり悪い。
「ねえ、淳蔵の部屋か、談話室に行かない? 今日は自分の部屋に居たくない気分なの」
選択肢に談話室が出るとは珍しい。
「じゃあ談話室に」
「ごめんね」
「『謝罪よりも感謝』って教えたのはどこのどなたですかねえ?」
「・・・ありがとう」
二人、手を繋いで談話室に行き、ソファーに座る。
「昔の夢を見て、部屋に居るのがつらくなっただけなの」
都が小声で打ち明ける。
「話してごらん」
俺も小声で応える。
「兎をね、銃で撃ったことがあるの」
瞳に涙が溢れて揺れる。
「遊びや悪戯でやったんじゃないよ。銃の使い方を学ぶために、狩りで。あの時はなんとも思わなかったのに、何故だか今日になって夢で見て、胸が痛い。苦しい。『可哀想だ』って思う自分が許せなくて、許せないって思う自分が気持ち悪い。自分が嫌なの」
ふと、気配を感じた。
談話室を『白い男』が覗いている。
「駄目よね、私、こんなんじゃ・・・」
「駄目じゃないよ」
都を抱きしめる。ジャスミンが見えないように。ジャスミンは満足気に笑っている。そうか、小夜を雇ったのは倉橋のこころを掻き乱すためではなく、都のこころを掻き乱すためだ。俺はジャスミンのことをまだまだ舐めていた。この男はどこまでも都のことしか考えていないのだ。
「あっ」
桜子の声。かちゃかちゃ、犬の爪が固い床にぶつかる足音。都が慌てて俺から身体を離す。
「桜子」
「はい」
余計な詮索はせず、いつも通りに振舞う。良いメイドだ。
「直治に頼んでなんかゲーム機持ってきてもらえるか? お茶菓子とお茶も頼む」
「かしこまりました」
桜子はすぐにお茶とお茶菓子を持ってきたあと、二十分程あとに私服姿でゲーム機を持ってきた。
「お? 私服?」
「私服です。直治様が今日の仕事はもうよいと。淳蔵様一人では手に負えないだろうから守ってやれ、とのことです」
「なんじゃそりゃ」
桜子がくすくす笑いながらゲームを準備する。
「えっ・・・。ホラーゲーム・・・?」
都が顔を良い意味で青くする。可愛いって意味だ。
「都様、安心してください。左に進むだけのゲームだそうです」
「なにを安心するのよおっ!」
俺は都の肩を抱いて、ソファーの端に詰め、桜子に都の隣に座るように勧めた。
「なんでホラーなのっ? なんで元気付けるのにホラーなのっ?」
「叫べばストレス発散になるからだろ」
「夜一人で眠れなくなるじゃん!」
「ご安心ください都様。わたくしが添い寝いたします」
「ううー・・・」
畜生。桜子に後れを取った。
桜子がコントローラーを操作する。
「左に進むだけでどう怖くなるの・・・?」
「今からわかるよ」
「あんまりわかりたくない・・・」
安全な場所から味わう恐怖は愉悦に近い。この『安全な場所』というのがポイントだ。弱い者虐めもそう。直治が『肉』の世話を喜んでするのも、小夜が趣味で小動物を惨殺しているのも、安全な場所から味わう愉悦という点ではあまりかわりはない。都も罪人を制裁している点ではあまりかわりはないのだ。そのことに、都は気付いていないようだ。
都は、自分勝手な女だ。