百九話 勘

文字数 2,486文字

都の右に淳蔵、左に美代が座り、俺は右手に置いてあるソファーに座っていた。都の対面には白木刑事。俺達は都と白木刑事の話を聞いていた。


「まあ、快速電車に飛び込んでバラバラ、ですか」

「ええ。今朝の〇〇時〇〇分。飛び込む瞬間が駅のホームの監視カメラにばっちり映っていましたよ。それと、ホームに居た馬鹿な人間が何人か携帯で撮影していて、その映像もね」

「酷いお話ですね」

「遺体は回収しましたが、残念なことに右手と右足が見つかっていないんですよ」

「やだ、気分が悪くなりそう」

「これは失礼しました。さて、おかしな点がいくつかありましてね。田崎は出掛ける前夜、母親に『ちょっと気分転換に散歩してくる』と言って出掛けていきました。服装は黒いシャツに黒いズボン、お気に入りの赤のスニーカー。しかし田崎の胴体には、白い布が巻き付けられていた。靴と下着は無し。鑑識に調べさせたんですが、なにで出来た布かわからないそうです。この世のどんな物質にも当て嵌まらない謎の繊維、だそうで」

「そのお話と私になんの関係が?」

「貴方は田崎の悪質なストーカー行為に遭い、つい先日、田崎の両親とお互いの弁護士を交えた場で示談を成立させたそうですね。ハッ、馬鹿は死ななきゃ治らない。刑務所に入れたって、出てきたらまた貴方を襲うかもしれない。びくびく怯えて暮らすくらいなら、消してしまおうと考えたのではないのですか?」


俺はテーブルを拳で叩いた。


「直治、やめなさい」


白木刑事が静かに都を睨む。


「田崎さんとのお話は、互いの家族と弁護士以外は知らないはずです。田崎さんが電車に飛び込んだのが、今朝のお話なんでしょう? 随分と情報収集と行動が早いですね、白木さん」

「田崎が飛び込む前、あいつにアパートを貸していた大家が偶然その場に居合わせましてね。貴方に嫌がらせをするために借りていたアパートですよ。現場からは身元に繋がるモノは出なかったが、大家の証言をもとに田崎の御両親に連絡したところ、『都さんのことで自殺したんだ』と泣き始めてね。こうやって昼過ぎには貴方の元へ辿り着けたということです」

「事情聴取・・・、ではないんですね?」

「はい。私は貴方が田崎浩殺害の犯人だと思っています」

「証拠はありますの?」

「勘です」

「・・・勘、勘ねえ。そんな不確かなもので殺人犯扱いされましてもね」

「不確かなのは貴方もでしょう。夢を操る、『極東の魔女』」

「では私は田崎さんを魔法で操って電車に飛び込ませて殺したと?」

「・・・勘です」

「フフッ、ここは現実ですよ。現実の法で裁きたいのなら、現実の話をしませんと」

「うーむ・・・」


白木刑事はすーっと息を吸い、深く吐き、笑みを浮かべた。


「・・・貴方に興味がわきました」

「生憎ですけれど、色は間に合っておりますの」


都は視線を白木に向けたまま、人差し指で淳蔵の髪を掬い上げた。淳蔵が少し動揺している。


「ハハッ、でしょうね。いつかゆっくり、話したい。客として会いに来ますよ。お邪魔しました。見送りは結構です」

「では、また」


談話室の外に待機していた千代が、見送り兼監視に着いていった。美代の鼠も。


「・・・帰ったぞ。千代君が門扉を閉めた」

「はぁー・・・」


都が盛大な溜息を吐いた。かちゃかちゃ、と足音をさせてジャスミンがやってきて、都の太腿に顎を乗せる。都が暫く集中している間に、千代が談話室に帰ってきた。都の様子を見ると、黙ってお辞儀をし、仕事に戻っていった。


「ふうん、そう。へえー・・・」

「なんて言ってるんだい?」

「まだ秘密。直治、白木から予約がきたら優先的に通して」

「わかった」


都の仕事用の電話が鳴った。


「あはっ、田崎さんからだわ。皆、聞く?」


俺達は笑って頷いた。都がスピーカーのボタンを押す。


「はい、一条都です」

『・・・田崎です』

「田崎さん、どうされました?」

『息子が・・・。息子がっ、自殺しましたっ・・・!』


田崎は電話の向こうで静かに泣き始めた。


「そんな、本当、ですか?」

『快速電車に、飛び込んでっ・・・!』

「まあ・・・」

『連絡が遅れて、すみません・・・。私達、呆然としてしまって・・・』

「あの、なんと申し上げたらよいのか。田崎さん、ご愁傷様です」

『すみません、ありがとうございます・・・』


都はずっと、美代の髪を手で掬ってさらさらと流したり、指で頬や顎をするすると撫でていた。美代が気持ち良さそうにそれを受け入れ、淳蔵が嫉妬している。


『被害者の都さんからお悔やみの言葉が出るなんて、浩は、浩は本当に馬鹿者です。甘やかして育ててしまった私達も、大馬鹿者です』

「いいえ、そんなこと・・・」

『示談金の件は、きっちりお支払いしますので、都さんはなにも気にしないでください』

「こんな時にお金の話なんて・・・」

『すみません、また連絡します。今は悲しみに浸らせてください・・・』

「はい。失礼します」

『失礼します』


電話は切られた。美代の表情が蕩けきっている。淳蔵は最高に苛々していた。


「うーん、親はまとも、かな? 『お前のせいで息子が死んだ!』とか言って乗り込んでくるかと思ったけど・・・」

「流石にジャスミンが弾くだろ」

「それもそうね」

「みーやーこー! いつまで美代弄ってんだよ!」

「淳蔵に怒られちゃった。終わりね、美代」

「そんなぁ・・・」


都はそっと、淳蔵のシャツのボタンを外し始めた。


「えっ、あっ」


淳蔵が顔を真っ赤にする。


「あれ? 弄ってほしいんじゃなかったの?」


するり、とシャツの中に手を滑り込ませて、するすると淳蔵の胸板を撫でる。美代はぽーっとした表情でそれを見つめている。


「いや、あの、お、俺は、その・・・」

「あら、そう?」


都が淳蔵のシャツの中から手を抜く。


「じゃあ、直治、部屋に来て」

「えっ、俺!?」

「乗り気じゃないならいいわ」


都はすたすたと談話室から去っていった。淳蔵は自分に苛ついているのか俺に苛ついているのか、顔を顰めながらシャツのボタンをゆっくり留めている。美代は気持ち良さそうに深く息を吐いていた。


「行けよクソ野郎・・・」

「そうするよ。じゃあな、兄さん、お兄ちゃん」


俺はほくそ笑んで、都の部屋に向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み