八十五話 芸人嫌い
文字数 2,317文字
雅はご機嫌で帰っていった。次は年末年始に帰ってくるらしい。かなり先の話だが、今からうんざりしている。数日経った今でも雅を相手にした疲れが抜けない。
「・・・うーん」
少し、筋肉が落ちた気がする。仕事を始める前は朝晩と鍛えていたが、今は朝に軽く走って、夜に軽く鍛えている程度だ。事務室は広いので、隙間時間に腕立て伏せや腹筋をするか。
こんこん。
「どうぞ」
『失礼しまァす!』
千代が入ってきた。
「どうした?」
「直治様ァ、都様が『営業トーク』してるんですけど、ちょーっとぉ、厄介なお客様みたいで・・・」
都の営業トーク。客の夢の話や世間話を聞いてやることだ。
「厄介? どうなってる?」
「お客様は三人組の女芸人さんと、男性のピン芸人さん。都様ってお笑いはお嫌いですよねぇ? 『ちょっと芸を見てくれ』ってなもんで絡まれちゃってるみたいですぅ」
「あー・・・」
都曰く、芸人は『なにが面白いのかわからない』『うるさい』『下品』らしい。俺も同意見だ。淳蔵と美代もあまり好きではないらしい。
「淳蔵と美代、呼んでこい」
道連れだ。
「はァい!」
そうして、俺達は談話室に集まった。都の対面に女芸人が三人。全員太っているのでソファーがギチギチだ。都の右手に淳蔵と美代、左手に俺とピン芸人の男が座った。都は『目だけ笑っていない』の逆になっていて、『目だけ笑って口元は嫌がっている』になっていた。
「うっそぉー! お兄さん達滅茶苦茶格好良いー!」
「きゃーん! 彼女にしてほしいー!」
「っていうか彼氏になってー!」
「ここはホストクラブかあああー!?」
男芸人の声が馬鹿みたいにデカい。
「あの・・・、息子の淳蔵と美代と直治です」
「どうも」
「こんにちは」
「よろしくお願いします」
女芸人達がくねくねしているので、ソファーがギシギシ軋んでいる。壊したら修理費払えるのかこいつら。
「で、話の続きですけど、私達三人揃って同じ夢を見たんですよ!」
「はあ・・・」
「芸人としてではなく、アイドルとして活躍する夢です!」
「夢の中で覚えた振り付けを、是非、ここで披露させていただきたいんです!」
「私達がアイドルとしてやっていけるかどうか見ていただきたいんですよお!」
「あのぉ、私、アイドルには詳しくなくて・・・」
「なーん-でーやーねーんー!! うあああああー!!」
男芸人が叫ぶので、俺達は吃驚してしまった。淳蔵と美代が俺を睨む。確かに、こいつらを宿泊客として審査し、館に招き入れたのは俺の判断だ。
「すみません、母はお笑いが嫌いなんです。やめていただけますか」
俺が言うと、芸人達は目をぱちくりさせたあと、盛大に笑った。
「それは『本物』のお笑いを見たことがないからですわ! 今日、見せて差し上げますよ?」
「結構です。都、部屋に戻っていいぞ」
「で、でも・・・」
「美代、都を部屋に」
「わかった」
美代がブロックすることで、都は引き留められることなく談話室を出て行った。芸人達の機嫌があからさまに悪くなる。淳蔵が足を組み、鼻で笑った。
「お客様、なにか勘違いをしていませんか?」
「な、なんです?」
「ここは保養地です。人生に疲れたお客様が、『夢』を見て癒される場所です。貴方達のやかましい低俗な芸を披露する場所じゃない」
淳蔵は髪を搔き上げる。
「ま、どうしても見せたいというなら俺が見てやりますんで、満足したら部屋にお帰りください」
「な、なによ! ちょっと顔が良いからって感じ悪っ!」
「調子に乗ってるって感じぃー!」
「性格ブスブス!」
女芸人達が非難を浴びせる。
「そ、そんなに言うんやったら笑わせたるわ!! 笑ったら謝罪せえよ!!」
「いいですよ」
男芸人がなにやらやり始めた。下らないことを大声で言いながら大きな身振り手振りをし、飛び跳ねる、というものだった。俺も淳蔵もさっぱり面白くなかったが、女芸人達は手を叩いて笑っていた。俺達が笑っていないのに気付くと、それもやめたが。
「満足ですか? 部屋にお帰りください」
「クソッ!! 新ネタのインスピレーションがわくと思って高い金払ってここに来たのに、その新ネタがあかんかったやないけ!! 訴えたるからな!!」
「どうぞ」
「お前ら!! 帰るぞ!!」
「は、はい・・・」
芸人達はドタドタと足音をさせながら談話室から出て行った。それと入れ違いに美代が入ってくる。
『直治ィ』
二人の声が重なった。俺は素直に謝る。
「すまん・・・」
「都、目だけ笑って口角だけ下がるっていう顔から戻らなくなっちまったぞ」
「俺が悪かった・・・」
「どういう判断で客を通してんだよ。ええ?」
「すみませんでした・・・」
「ちょっとお兄ちゃん達に説明してみ?」
俺の隣に座った美代がぱしぱしと肩を叩く。
「全員、朝の情報番組に出ていた。番組を見てチェックしたが、その時は大人しかったんだよ。クイズも食レポもちゃんと受け答えしていたから、いいかと思って・・・」
「・・・芸を披露してるとこ、見なかったの?」
「見た。四人共あんなにはしゃいでなかった。どちらかというとシュールな感じで・・・」
「あー、なんか変な夢見て芸風かわっちまったのか?」
「有り得るな」
「ほんっとーにすみませんでした。以後、気を付けます」
「俺達のことはもういいから、都に謝ってこい」
「はい・・・」
俺は都の部屋に行く。
こんこん。
『どうぞ』
都は顔をむにむに揉んでいた。
「社長、すみませんでした。以後、気を付けます」
「うーん、いいのよ。ストレスは適度にあったほうが良いから。適度に遊びも入れていいわよ。あっ、気を遣って言ってるんじゃなくて本気だから。ね?」
「はい・・・」
「でも今夜は虐めるから覚悟しといて」
「喜ん、アッ、違う! しょ、承知しました」
都の顔が、漸く元の顔に戻った。
「・・・うーん」
少し、筋肉が落ちた気がする。仕事を始める前は朝晩と鍛えていたが、今は朝に軽く走って、夜に軽く鍛えている程度だ。事務室は広いので、隙間時間に腕立て伏せや腹筋をするか。
こんこん。
「どうぞ」
『失礼しまァす!』
千代が入ってきた。
「どうした?」
「直治様ァ、都様が『営業トーク』してるんですけど、ちょーっとぉ、厄介なお客様みたいで・・・」
都の営業トーク。客の夢の話や世間話を聞いてやることだ。
「厄介? どうなってる?」
「お客様は三人組の女芸人さんと、男性のピン芸人さん。都様ってお笑いはお嫌いですよねぇ? 『ちょっと芸を見てくれ』ってなもんで絡まれちゃってるみたいですぅ」
「あー・・・」
都曰く、芸人は『なにが面白いのかわからない』『うるさい』『下品』らしい。俺も同意見だ。淳蔵と美代もあまり好きではないらしい。
「淳蔵と美代、呼んでこい」
道連れだ。
「はァい!」
そうして、俺達は談話室に集まった。都の対面に女芸人が三人。全員太っているのでソファーがギチギチだ。都の右手に淳蔵と美代、左手に俺とピン芸人の男が座った。都は『目だけ笑っていない』の逆になっていて、『目だけ笑って口元は嫌がっている』になっていた。
「うっそぉー! お兄さん達滅茶苦茶格好良いー!」
「きゃーん! 彼女にしてほしいー!」
「っていうか彼氏になってー!」
「ここはホストクラブかあああー!?」
男芸人の声が馬鹿みたいにデカい。
「あの・・・、息子の淳蔵と美代と直治です」
「どうも」
「こんにちは」
「よろしくお願いします」
女芸人達がくねくねしているので、ソファーがギシギシ軋んでいる。壊したら修理費払えるのかこいつら。
「で、話の続きですけど、私達三人揃って同じ夢を見たんですよ!」
「はあ・・・」
「芸人としてではなく、アイドルとして活躍する夢です!」
「夢の中で覚えた振り付けを、是非、ここで披露させていただきたいんです!」
「私達がアイドルとしてやっていけるかどうか見ていただきたいんですよお!」
「あのぉ、私、アイドルには詳しくなくて・・・」
「なーん-でーやーねーんー!! うあああああー!!」
男芸人が叫ぶので、俺達は吃驚してしまった。淳蔵と美代が俺を睨む。確かに、こいつらを宿泊客として審査し、館に招き入れたのは俺の判断だ。
「すみません、母はお笑いが嫌いなんです。やめていただけますか」
俺が言うと、芸人達は目をぱちくりさせたあと、盛大に笑った。
「それは『本物』のお笑いを見たことがないからですわ! 今日、見せて差し上げますよ?」
「結構です。都、部屋に戻っていいぞ」
「で、でも・・・」
「美代、都を部屋に」
「わかった」
美代がブロックすることで、都は引き留められることなく談話室を出て行った。芸人達の機嫌があからさまに悪くなる。淳蔵が足を組み、鼻で笑った。
「お客様、なにか勘違いをしていませんか?」
「な、なんです?」
「ここは保養地です。人生に疲れたお客様が、『夢』を見て癒される場所です。貴方達のやかましい低俗な芸を披露する場所じゃない」
淳蔵は髪を搔き上げる。
「ま、どうしても見せたいというなら俺が見てやりますんで、満足したら部屋にお帰りください」
「な、なによ! ちょっと顔が良いからって感じ悪っ!」
「調子に乗ってるって感じぃー!」
「性格ブスブス!」
女芸人達が非難を浴びせる。
「そ、そんなに言うんやったら笑わせたるわ!! 笑ったら謝罪せえよ!!」
「いいですよ」
男芸人がなにやらやり始めた。下らないことを大声で言いながら大きな身振り手振りをし、飛び跳ねる、というものだった。俺も淳蔵もさっぱり面白くなかったが、女芸人達は手を叩いて笑っていた。俺達が笑っていないのに気付くと、それもやめたが。
「満足ですか? 部屋にお帰りください」
「クソッ!! 新ネタのインスピレーションがわくと思って高い金払ってここに来たのに、その新ネタがあかんかったやないけ!! 訴えたるからな!!」
「どうぞ」
「お前ら!! 帰るぞ!!」
「は、はい・・・」
芸人達はドタドタと足音をさせながら談話室から出て行った。それと入れ違いに美代が入ってくる。
『直治ィ』
二人の声が重なった。俺は素直に謝る。
「すまん・・・」
「都、目だけ笑って口角だけ下がるっていう顔から戻らなくなっちまったぞ」
「俺が悪かった・・・」
「どういう判断で客を通してんだよ。ええ?」
「すみませんでした・・・」
「ちょっとお兄ちゃん達に説明してみ?」
俺の隣に座った美代がぱしぱしと肩を叩く。
「全員、朝の情報番組に出ていた。番組を見てチェックしたが、その時は大人しかったんだよ。クイズも食レポもちゃんと受け答えしていたから、いいかと思って・・・」
「・・・芸を披露してるとこ、見なかったの?」
「見た。四人共あんなにはしゃいでなかった。どちらかというとシュールな感じで・・・」
「あー、なんか変な夢見て芸風かわっちまったのか?」
「有り得るな」
「ほんっとーにすみませんでした。以後、気を付けます」
「俺達のことはもういいから、都に謝ってこい」
「はい・・・」
俺は都の部屋に行く。
こんこん。
『どうぞ』
都は顔をむにむに揉んでいた。
「社長、すみませんでした。以後、気を付けます」
「うーん、いいのよ。ストレスは適度にあったほうが良いから。適度に遊びも入れていいわよ。あっ、気を遣って言ってるんじゃなくて本気だから。ね?」
「はい・・・」
「でも今夜は虐めるから覚悟しといて」
「喜ん、アッ、違う! しょ、承知しました」
都の顔が、漸く元の顔に戻った。