三百四話 女史とミストレス

文字数 1,724文字

都が戻ってきて二週間。どういう仕組みなのかはわからないが、都の身体の傷が癒え始めると、身体がぐんぐんと大きくなり始めた。手の平に乗る程小さかった身体は、あっという間に中型犬くらいの大きさになった。なによりも嬉しいのは、言葉で意思疎通できるようになったことだ。ベッドに仰向けに寝転んだ俺の腹の上に、都を乗せて過ごす午後。


「最高の掛布団だなァ」

『重いし硬いでしょうに』

「俺の寝心地どう?」

『最高』

「ンフフ」

『ウフフ』


至福のひとときである。


「ん?」


山に車が入ってきた。運転しているのは、麓の町の、『綿町』の支配者を名乗る『ダンピールクィーン』のアンナ。助手席にはパートナーの女がいる。


「都、侵入者だ」


ぱちぱち、と都は瞬いた。それと同時にしっかりと鍵をかけているはずのドアがバタンと音を立てて開いて、ジャスミンが尻尾を振りながら入ってくると、ベッドに前脚を乗せて『わんわん!』と吠えた。ジャスミンが侵入を許したということだ。俺は溜息を吐き、鴉を美代と直治の事務室の窓に飛ばして、千代と桜子も呼び出した。

アンナ達は駐車場に勝手に車を停めて、降りると、鴉の俺に向かって手を振る。二人共フォーマルな格好をしている。パートナーの女は紙袋を抱えていた。迷いない足取りで玄関まで行き、ドアを開けた。玄関ホールで出迎えたのは、俺と桜子とジャスミン。他は廊下に隠れて様子を見ることにした。


「突然の訪問、許してくださいますね、淳蔵さん」


アンナがそう言う。


「お互い様、ということですね」


俺が答えると、アンナは二度頷いた。


「なんの御用でしょうか?」

「見舞いです」

「見舞い?」

「とぼけなくてよろしい。駆け引きは結構です」


ぺちぺち、と独特の足音。それに続いて複数人の靴の音。結局、全員がアンナと対面することになった。


「ごきげんよう、女史」


アンナがそう言い、都の前に跪くと、


『ハロー、ミストレス』


と都も言って、頭を下げた。


「甘いものがお好きと聞いております。お受け取りください」

「フルーツゼリーの詰め合わせでーす」


パートナーの女が抱えていた紙袋を桜子に渡した。


『そちらの女性は?』

「恋人の『美々』です」


女、美々が嬉しそうに顔を蕩けさせる。


『美々さん、こんにちは』

「はあい。こんにちはあ」

『貴方達も挨拶を』


都はすっかり一家の長の顔になっていた。


「社長の美代です」

「管理人の直治です」

「メイド長の千代です」

「おっと失礼。紹介が遅れました。曽根安奈です。アンナとお呼びください」

「『招き猫』の美々でーす」


美々も人間ではないらしい。


「今日から友達ですね、女史」

『ええ、ミストレス』

「次は客としてカレーを食べに来ますね」

『お待ちしていますね』

「では、さようなら」

『さようなら』


アンナと美々は帰っていった。


『淳蔵、桜子さん、車が山から出たら見張りを交代して、蚊が入り込んでいないか探してちょうだい』

「はい」

「はい」

『ゼリー見せて』


桜子が膝をつき、紙袋からゼリーが入っている箱を取り出して都に見せる。


「おや、都の好きなところのだね」

『うーん、何処かの誰かさんよりきちんと情報収集してるわね・・・』


干乾びてはいるがまだ『看板』として機能しているアホのことだろう。桜子が箱を開けると、都が目を輝かせた。


『あっ、ナタデココ!』

「駄目ですよォ都さん! 食物繊維たっぷりはまだ控えましょうねェ!」

『駄目かぁ・・・』


都がしょんぼりする。


『せめて苺のゼリーを・・・』

「じゃ、部屋に戻って食うか。俺も一つ貰おうかな。桜子、蜂を飛ばし終わったら教えてくれ」

「はい」


俺はナタデココ入りのヨーグルトテイストのゼリーと苺のゼリー、付属の洒落たスプーンを、ちょっと強引に箱から取り出した。じっとりと睨んでくる美代と直治の視線を躱しながら、都を連れて部屋に戻る。


「都、ナタデココは一口だけだぞ」

『・・・いいのかな?』

「いいよ。選り分けるからゼリーの部分は全部食べな」

『ううー、優しさが沁みるー・・・』

「よく噛むんだぞ?」

『はいっ!』


ヨーグルトテイストとはいっても、実際のヨーグルトとはかなり味が違う気がする。そんなことをナタデココを噛み締めながら考える。都がゼリーで一番好きな味だ。ちょっと泣きそうになって、慌てて深呼吸した。
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