二十六話 鏡

文字数 2,124文字

美代が大学から帰ってきた。できることが増えた美代は都の仕事の手伝いを、直治がメイドや宿泊客の管理を始めた。俺は未だ健在の美雪と、その娘、みーちゃんの世話係を割り当てられ、日々をうんざりしながら過ごしている。


「都」

「うん?」

「俺のこと好き?」


俺は服を脱いでベッドの上で横になり、都がその上に覆い被さっていた。都は心底幸せそうな表情で、


「大好き」


と言うので、悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなった。


「ねえ、淳蔵。ちょっとお願いがあって・・・」

「なに?」

「こんなこと、淳蔵にしか頼めないの。受け入れてくれないかなぁ」


都は俺の腹を撫でると身体を起こし、窓際に置いていたホワイトボードのようなものをベッドの横に持ってきた。


「あー、それずっと気になってたんだよ。なに?」

「へへへ・・・」


くるん、とホワイトボードが回転する。全裸の俺が映し出された。


「うわっ!?」

「鏡ですぅ」


俺は羞恥で顔が真っ赤になった。


「あとこれ」


卵型のボールに紐がついた、アナルパール。これからなにをするのか容易に想像がついて、俺は右手で顔を覆いながら左右に振った。


「へ、へへ、もう逃げられないよ淳蔵君・・・」


都は脂ぎったおっさんのような笑みを浮かべて、卵にローションを振りかける。


「都の馬鹿ッ!! 馬ッ鹿じゃねえの!?」

「おじさんと一緒に快楽に耽ろうぜ」

「最悪だよ!!」


そう言いつつも、身体が反応してしまう。俺は泣きたくなった。


「ほらほら、見やすいようにこっちに座って」

「・・・俺にメリットがない。せめて都も脱げよ」

「いいよー」


都はするすると服を脱いだ。いつも通り色気のない下着を着ているのかと思ったら、かなりきわどい赤色の下着を着ていた。


「えっ」

「えへへ・・・。これも脱ぐ?」

「だっ、駄目! クソッ!」


俺は仕方なく、鏡の前で股を開いた。


「自分で挿れる? 私が挿れる?」

「・・・その大きさはちょっと怖いから、自分で」

「目を逸らさないでね」


都は少し俺の後ろに隠れる。都の下着姿を見たかったら、自分の姿も見るしかない。


「う、う・・・」


俺は自分の尻の穴に真っ白い卵が入っていくのを視界の隅に捉えながら、浅ましくも都の下着姿を見ようとする。殆ど紐だ。ふんだんに使われた赤いレースに白い肌が透けている。


「みやこっ、これ、大きい・・・、は、挿らない・・・」

「私の手よりは小さいよ。挿る挿る」

「挿らないってばぁ・・・!」


都がするすると腕を伸ばすと、卵を無理に押して中に挿入した。


「はぁっ・・・あっ・・・、も、もう出したいっ。駄目?」

「いいよ。ただし、手は使わないで」

「なん・・・」


鏡には死ぬほど情けない俺が映っている。それを見て蕩けるように幸せそうな都も。


「ハ、ハハハ・・・。都、鏡で自分の顔、見てみろよ。だらしないぞ・・・」


俺が精一杯強がって言うと、都は一瞬驚いた顔をしたあと、悔しそうな顔をして、俺の耳に思いっきり噛みついた。


「あううっ」

「流石の度胸だね淳蔵。怒っちゃったよ」


都はプラグの線を引っ張って、じりじりと卵を抜き始めた。


「ぐううっ! んんっ!」

「鏡から目を逸らしたら押し戻すよ」

「そん、な、あっ、あっ!」


本当に押し戻すので、俺はちかちかする視界でなんとか鏡を見た。


「最ッ高・・・。やっぱ淳蔵は美人だよ」

「み、都の方が、」

「はいはいお世辞はいいから」

「世辞じゃねえよぉッ」


俺は手を使わず、いきんだ。内臓が飛び出そうになる感覚に、調教された身体は喜ぶ。


「お、イケそう?」


都が嬉しそうに聞く。答える余裕はなかった。


「おー、お尻だけでイけたね」

「あ、悪魔かよ・・・」

「へへへ」


悪戯を成功させた子供のように笑う。


「また誰か見てるね」


俺の髪を右手で掬い上げてキスをしながら、都が言う。


「・・・客?」

「んー、美雪さんかな?」

「ハハッ、見せとけ見せとけ。清々する」

「そぉんなに嫌いなの? まあ私は大っ嫌いだけど」


俺の髪を丁寧にベッドに降ろしてひと撫ですると、都はらしくなく溜息を吐いた。


「なあ、美代が言ってたんだけど、『身代わり』ってなんなの?」

「・・・私、敷地の『外』に出られないでしょ」

「ああ、うん」

「出たら・・・。どうなると思う?」


都は俺の上に覆い被さり、どこか遠くを睨みつけた。冷たい表情にさっきまで温まっていた身体が冷える。


「ど、どうなるの・・・?」

「死んじゃうの」

「・・・ほんと?」

「淳蔵に嘘吐いたことある?」

「・・・ない」

「私ね、どうしても殺したい男がいるの。そいつは『外』に居る」


始めて見る都の顔に、初めて聞く都の声に、俺はただただ息を呑んだ。


「そいつも私を殺したがってる。きっといつかこの館にやって来る」


虚空を、睨む。


「その時のために『身代わり』が必要なの」

「み、都・・・」

「なんちゃって!」


都は俺の顔に胸を押し付けた。


「なっ、なんだよ、冗談か・・・」

「冗談だよー」


冗談ではない。だってこの冗談は嘘の冗談だ。都は俺に嘘を吐かない。


「・・・そんな男、俺が殺してやる」

「それも良いかもね」


俺の上に乗っかって身体の力を抜いてきたので、心地良い重みを感じながら、俺は都の髪を撫でた。守りたい。地獄に落ちても、今までの罪を償うためにつらい責め苦を受けることになったとしても、都の幸せを、俺は守りたかった。
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