三百十六話 ゆあれた
文字数 2,105文字
こんこん。
「どうぞ」
『失礼します』
うわ、真冬だ。
「どうしたの?」
「あの、謝罪の手紙です」
「え?」
真冬が差し出したのは、ノートを千切って折り畳んだのであろう紙。
「失礼します」
俺が受け取ると、ぺこ、とお辞儀をして事務室を出ていった。
「・・・謝罪の手紙、ねえ」
せめて便箋にするとか、封筒に入れるとか、カッターを使って綺麗に切るとか、いや、やめよう。馬鹿馬鹿しい。
『美代さまぇ
あつぞうさまにゆあれたので手紙を書きます。
これはしゃざいの手紙です。
まずいハーブティーを入れてすみませんでした。
さとうはつかれに、牛にゅうはイライラに
きくと思って美代さまのためを思って入れました。
ずっとじむ室でお仕事をしている美代さまが心ぱいです。
わたしでよければいつでも話し相手になります。
美代さまとなかよくしたいです。
ごめんなさい。すみませんでした。
阿部真冬』
「なにこれ??」
『ゆあれた』ってなんだ。『言われた』のことか?
謝罪の手紙なのにわからない漢字を調べもしないのか?
淳蔵に言われて謝罪の手紙を書いた?
「淳蔵のアホめ」
俺はプライベート用の携帯でメッセージを送る。
『おい兄貴』
『なんじゃ』
すぐ返事が来た。
『謝罪の手紙が来たぞ』
『真冬から?』
『酷い内容だ。見ろ』
『見せちゃいけないだろ』
『ラブレターじゃないし、お前のせいだから、見ろ』
俺は写真を撮り、文字を読みやすいように加工して淳蔵に送る。
『ごめんなさい』
淳蔵に対して怒っているわけではないので、可愛いキャラクターの怒った顔のスタンプを送信する。淳蔵も可愛いキャラクターが謝っているスタンプを送ってきた。
『ゆあれたの破壊力凄い』
『ゆあれた凄いな』
『携帯で書けない漢字を調べるとかそういう発想をできないのも凄いよ』
『ごめんなさい。会話が成立しないから手紙なら少しはマシかと思いました』
『許してほしいか?』
『許してほしいです』
『『ハクビシン』はなにをして一条家に?』
『猫をクロスボウで撃ち殺すゲームをして』
「最ッ低」
『ジャスミンが動物虐待で選ぶってことは、相当殺してるってことだよな』
『そう。ジャスミンの飯にタマネギの汁を入れたのも殺そうとしたんだろうな』
『知能には問題ないんだよな?』
『ジャスミンの調べでは問題ない。俺は精神の方になにか持ってると思う』
『俺も同意見。ま、あと二週間とちょっとだ。真冬も貴様も許してやる』
『ありがとうございます』
『では』
『失礼します』
俺は携帯にロックをかけた。
ジャスミンのことは、何十年と経った今でもよくわからない。稀にジャスミンの力に抵抗力を持つ人間も居て、世界から存在を抹消されたはずの『肉』の記憶を保持している者や、一条家の人間が全く老いていないことに気付く者も居る。直治が都から聞いた話では『全知全能』なんてものは存在しない。都にもジャスミンにもわからないことがあるのだ。だから不確定な要素が介入して、過程や結果が想像より良くなることも悪くなることもある。
こんこん。
「どうぞ」
『失礼します』
今度は桜子が来た。少し明るい声だ。
「どうしたの?」
「都様が、金鳳花さんと文香さんをお客様として館にお招きするそうです」
「おや、懐かしい名前だ」
「再来月の五日から八日です。その日はわたくしはお休みにするので、遊んできなさいと」
「うん。遊んでおいで。二人は元気?」
「はい。文通をしておりまして、二人共、毎日楽しく過ごしていると書いてありました」
「良かったね」
にっこりと、桜子は笑った。
「・・・そうだ、桜子君。手紙を書く時に、わからない漢字が出てきたらどうする?」
「携帯かパソコンにひらがなで打ち込んで、変換して調べます」
「だよね。これ、ちょっと読んでよ。都には秘密にしてね」
俺は真冬の書いた手紙を桜子に渡した。
「・・・ゆ、ゆあれた?」
「『言われた』のことだと思う」
「方言、いえ、手紙に方言は書きません、よね・・・」
「そういえば直治のパソコンにステッカー貼ったんだっけ。あれはどうなったの?」
「増えてます」
「え、増えてる?」
「はい」
「詳しく」
「真冬さん曰く『働き方改革』だそうです。家族経営の会社なのだから、もっと『アットホーム』にした方がよいと言い出しまして、直治様が全く笑わないので可愛くて面白いステッカーを貼って和ませようとしたとか。直治様が『俺のパソコンにはいくらでも貼っていいから他の場所には絶対に貼るな』と言ったところ、今はもう、千代さんの例えでは『足の踏み場もない』状態です」
「どんなステッカー貼ってるの?」
「・・・すみません、説明できません。本当にもう、ごちゃごちゃと。わたくしがわかるのは、なにかのアニメやゲームのキャラクターと、実在する企業のロゴ、看板、四字熟語、直治様の『N』のアルファベット、ですね」
「可哀想な直治・・・」
「パソコンは買い替えることが決まっております」
「あーあ・・・」
数日後、直治の事務室に用事を装って立ち寄ってみた。グッチャグチャのパソコンの背面を見て、俺は血の気が引いて背筋が凍るのを感じた。直治は俺の様子に気付いて、怒りがわく気力もないのか、ぐったりと項垂れた。
「どうぞ」
『失礼します』
うわ、真冬だ。
「どうしたの?」
「あの、謝罪の手紙です」
「え?」
真冬が差し出したのは、ノートを千切って折り畳んだのであろう紙。
「失礼します」
俺が受け取ると、ぺこ、とお辞儀をして事務室を出ていった。
「・・・謝罪の手紙、ねえ」
せめて便箋にするとか、封筒に入れるとか、カッターを使って綺麗に切るとか、いや、やめよう。馬鹿馬鹿しい。
『美代さまぇ
あつぞうさまにゆあれたので手紙を書きます。
これはしゃざいの手紙です。
まずいハーブティーを入れてすみませんでした。
さとうはつかれに、牛にゅうはイライラに
きくと思って美代さまのためを思って入れました。
ずっとじむ室でお仕事をしている美代さまが心ぱいです。
わたしでよければいつでも話し相手になります。
美代さまとなかよくしたいです。
ごめんなさい。すみませんでした。
阿部真冬』
「なにこれ??」
『ゆあれた』ってなんだ。『言われた』のことか?
謝罪の手紙なのにわからない漢字を調べもしないのか?
淳蔵に言われて謝罪の手紙を書いた?
「淳蔵のアホめ」
俺はプライベート用の携帯でメッセージを送る。
『おい兄貴』
『なんじゃ』
すぐ返事が来た。
『謝罪の手紙が来たぞ』
『真冬から?』
『酷い内容だ。見ろ』
『見せちゃいけないだろ』
『ラブレターじゃないし、お前のせいだから、見ろ』
俺は写真を撮り、文字を読みやすいように加工して淳蔵に送る。
『ごめんなさい』
淳蔵に対して怒っているわけではないので、可愛いキャラクターの怒った顔のスタンプを送信する。淳蔵も可愛いキャラクターが謝っているスタンプを送ってきた。
『ゆあれたの破壊力凄い』
『ゆあれた凄いな』
『携帯で書けない漢字を調べるとかそういう発想をできないのも凄いよ』
『ごめんなさい。会話が成立しないから手紙なら少しはマシかと思いました』
『許してほしいか?』
『許してほしいです』
『『ハクビシン』はなにをして一条家に?』
『猫をクロスボウで撃ち殺すゲームをして』
「最ッ低」
『ジャスミンが動物虐待で選ぶってことは、相当殺してるってことだよな』
『そう。ジャスミンの飯にタマネギの汁を入れたのも殺そうとしたんだろうな』
『知能には問題ないんだよな?』
『ジャスミンの調べでは問題ない。俺は精神の方になにか持ってると思う』
『俺も同意見。ま、あと二週間とちょっとだ。真冬も貴様も許してやる』
『ありがとうございます』
『では』
『失礼します』
俺は携帯にロックをかけた。
ジャスミンのことは、何十年と経った今でもよくわからない。稀にジャスミンの力に抵抗力を持つ人間も居て、世界から存在を抹消されたはずの『肉』の記憶を保持している者や、一条家の人間が全く老いていないことに気付く者も居る。直治が都から聞いた話では『全知全能』なんてものは存在しない。都にもジャスミンにもわからないことがあるのだ。だから不確定な要素が介入して、過程や結果が想像より良くなることも悪くなることもある。
こんこん。
「どうぞ」
『失礼します』
今度は桜子が来た。少し明るい声だ。
「どうしたの?」
「都様が、金鳳花さんと文香さんをお客様として館にお招きするそうです」
「おや、懐かしい名前だ」
「再来月の五日から八日です。その日はわたくしはお休みにするので、遊んできなさいと」
「うん。遊んでおいで。二人は元気?」
「はい。文通をしておりまして、二人共、毎日楽しく過ごしていると書いてありました」
「良かったね」
にっこりと、桜子は笑った。
「・・・そうだ、桜子君。手紙を書く時に、わからない漢字が出てきたらどうする?」
「携帯かパソコンにひらがなで打ち込んで、変換して調べます」
「だよね。これ、ちょっと読んでよ。都には秘密にしてね」
俺は真冬の書いた手紙を桜子に渡した。
「・・・ゆ、ゆあれた?」
「『言われた』のことだと思う」
「方言、いえ、手紙に方言は書きません、よね・・・」
「そういえば直治のパソコンにステッカー貼ったんだっけ。あれはどうなったの?」
「増えてます」
「え、増えてる?」
「はい」
「詳しく」
「真冬さん曰く『働き方改革』だそうです。家族経営の会社なのだから、もっと『アットホーム』にした方がよいと言い出しまして、直治様が全く笑わないので可愛くて面白いステッカーを貼って和ませようとしたとか。直治様が『俺のパソコンにはいくらでも貼っていいから他の場所には絶対に貼るな』と言ったところ、今はもう、千代さんの例えでは『足の踏み場もない』状態です」
「どんなステッカー貼ってるの?」
「・・・すみません、説明できません。本当にもう、ごちゃごちゃと。わたくしがわかるのは、なにかのアニメやゲームのキャラクターと、実在する企業のロゴ、看板、四字熟語、直治様の『N』のアルファベット、ですね」
「可哀想な直治・・・」
「パソコンは買い替えることが決まっております」
「あーあ・・・」
数日後、直治の事務室に用事を装って立ち寄ってみた。グッチャグチャのパソコンの背面を見て、俺は血の気が引いて背筋が凍るのを感じた。直治は俺の様子に気付いて、怒りがわく気力もないのか、ぐったりと項垂れた。