五十九話 巣蜜

文字数 1,670文字

「淳蔵様ァ!」

「なんだ?」

「都様は甘いモノがお好きなんですよね?」

「おう」

「・・・あの、こんなモノ買っちゃったんですけど、お召し上がりになりますかねェ?」


千代が見せてきたのは、ハチの巣だった。


「な、なんだこれ、ハチの巣か?」

「巣蜜です! めっちゃ甘くて、美容にもいいんですけどォ、ちょっとゲテモノの部類かなって・・・」

「うーん。もうすぐ美代と直治が談話室に来るだろうから、都も呼んでみるか?」

「はい!」


その日は千代も加わって、談話室が賑やかになった。都は巣蜜を前に困惑している。


「どうやって食べるの?」

「スプーンでザクッとです! カスが口の中に溜まって、それは食べられないんですけど、吐き出すか飲み込むかしちゃってください! お腹の中で蝋燭になります!」

「吐き出すのはちょっと・・・」

「紅茶、渋めに淹れてあるので、甘すぎたらお飲みください!」

「ありがとう。いただきます」


都はスプーンで巣蜜を抉り、少し見つめたあと、口に含んだ。


「・・・んんっ」

「だ、駄目でしたか!?」

「美味しい! 美味しすぎる! なにこれ!?」

「おおおッ!」

「都、俺にも一口」


あ、美代のヤツ、甘いモノ好きじゃないのに間接キス目当てでいきやがった。


「うっ!?」


慌てて紅茶を流し込んでいる。


「み、都、疲れ過ぎて舌が馬鹿になってないか? これ甘いなんてモンじゃないぞ」

「えー? 凄く美味しいけど・・・」

「ちょ、お前らも食ってみろ、都、舌おかしいって」


美代の横に居る直治が巣蜜を食べる。


「うわっ・・・」


紅茶を受け取り、飲む。


「美代が正しい」

「そ、そんなことない! 美味しいから!」

「淳蔵も食え。お前は甘いモンある程度いけるだろ」

「ええー・・・」


目の前でこんな反応を見せられたあとで食べるのは気が引けたが、受け取って食べる。ガツンと蜂蜜の甘さが続く。カスがキャラメルみたいに歯にくっついた。食えないわけではない。


「・・・確かに甘いけど、好みの問題じゃねえの?」

「こいつも舌おかしいぞ」

「だな」


俺はちょっと考えた後、都を見て客の前でするような笑顔を浮かべた。都がぽかんとした隙をついて思いっきりキスをする。


「はわァ!?」

「な、なにしてんだテメェ!!」

「おい!!」


都から口を放す。


「蕩けるように甘いキスってヤツ、体験してみたかったんだよ。最高だなァ」


都に思いっきり引っ叩かれる。


「いてて」

「馬鹿!」


ドタドタと荒い足取りで都が談話室を出て行く。


「なんでテメェはいちいち俺の神経を逆撫でするんだッ!!」

「落ちつけ美代! 千代の前だぞ!」

「びびび、吃驚しました・・・」


俺はぶたれた頬をさすったあと、美代と直治をそれぞれ指差した。


「ハハハ、お前らもキスしてみろ。イきそうになるぜ」

「ボケが!!」


美代がテーブルを蹴っ飛ばして出て行く。紅茶が零れて床を汚した。


「仕事が増えたァ!!」


千代が失言した。直治は腕を組んで呆れかえった様子で首を横に振った。俺は上機嫌になって部屋に戻る。キスの余韻を楽しもうとベッドに横になって口の中を舐めていると、ジャスミンが勝手に部屋に入ってきた。


「ンだよ馬鹿犬」


ジャスミンはベッドの上に飛び乗り、俺の身体の上に乗っかった。


「おもっ! 降りろ馬鹿!」


途端に、眠たくなってくる。


「あ・・・」


夢を見せようとしている。抗えない。


「淳蔵の馬鹿馬鹿馬鹿!」


都がベッドの上で悶えている。


「なんで千代さんが居る前でキスなんてするの!」


ぼふぼふとベッドを叩く。


「なんで・・・」


顔を真っ赤にして、


「なんであんなに格好良いの・・・」


と言った。


「チクショー! なんで雅さんは毎日淳蔵とドライブに行けて、私は行けないの!」


ドライブじゃなくて送迎だ。


「運転してる淳蔵、絶対格好良い! 悔しい! 悔しい!」


キンキンする声で叫んでいる。らしくない。


「私の王子様なのにぃぃぃ!!」


と、そこで目が覚めた。


「おいマジかよ・・・」


ジャスミンがニパッと笑う。


「愛してるぜ、クソ犬」


額を撫でながら鼻にキスしてやると、無言で牙を剥いた。嫌だったらしい。俺の身体を踏みながらベッドから降りると、どこかへ行ってしまった。
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