二百十一話 愛

文字数 2,941文字

「うーん、そうねえ・・・」


都は謀をしている顔で笑う。


「じゃあ、研究所を潰しにいこっか!」

『え?』


全員の声が重なった。


「知ってる? 金に従う者は金で裏切り、暴力に従う者は暴力で裏切るのよ。快楽も、ね」


都は両手を持ち上げ、マジシャンがマジックを披露する前に手になにも持っていないことを証明するように手の平と甲を見せる。そして、右手の指でぱちんと音を鳴らした。左手に大きな茶封筒が現れた。


「ここから研究所までの地図と、研究所の一階から三階までの見取り図、研究員の顔写真入りのリスト、警備員の配置場所と交代時間のメモよ。研究員は十三人。警備員が四人。ホムンクルスは、実験用が六人、サンドバッグが二人、性処理に使われているのが二人、『予備』として三階に監禁されているのが三人。と、そんなところね」

「内通者が、居るなんて・・・」

「信憑性は薄いけどね。裏切者の言うことですから」


都は金鳳花を見た。


「それにしても、イリスが掴んだ情報、随分と古いものだったでしょう?」


『随分』にたっぷりとアクセントを付けて、言った。


「私を動揺させたいのなら、『雅さん』にするべきだったのに」


美代が一瞬、眉を顰めた。


「半田雅さん、ですか?」

「そう」

「イリスから聞いた情報では、魔術に使用するために育てていたと・・・」

「私の情報を探っていたお馬鹿さんは、こんな話を聞いたんじゃないかしら。半田雅は、母親の半田美雪が一条家でメイドとして働いている時に妊娠した子供だった。美雪は未婚で、父親である交際相手は子供のことを認知しなかった。美雪は両親にも絶縁されて、頼るあてが無かった。一条家で働くきっかけとなった不倫の慰謝料を払い終えたばかりで、子供を育てるどころか、出産するためのお金も無い。そんな美雪を見かねた私が、善意で美雪を館に住まわせ、出産費用を援助し、働かせながら雅を育てさせた。美雪がくも膜下出血で死んでしまったあとも、雅が『一条家で暮らしたい』と言うので、養子縁組は祖父母にさせ、雅は一条家で暮らして大切に育てられた」


少し、間を置く。


「しかしそれは『表向き』の話で、『裏』では魔術を使うための『生贄』として飼育していた。生贄の役目を終えた雅は『自立させる』という名目で就職させて一条家から追い出し、怪しまれないよう暫く『外』の世界で生活させたあと、一条家の情報を漏らし過ぎないように『口封じ』をした。雅の死は『原因不明の腹痛で死亡』で処理された、と・・・」

「はい。その通りです」

「ちょっとだけ嘘でちょっとだけ本当。私、この話嫌いだから、詳しく聞きたかったらあとで他の人に聞いてね」


偽りの笑顔で言う。


「で、この話には続きがあって・・・。一条都は、本当は、冷徹で、両性愛者で、小児性愛者だって、ね?」


淳蔵も、美代も、千代も、俺も、あまりの言葉に呆けながら顔を顰めた。


「慈善活動をしているのは変態であることを隠すためのカモフラージュ。気に入った男児を見つけると養子にして篭絡する。女のメイドばかり雇うのは、女は『遊び』だから。初恋の人は女学校で同じ合唱部だった、『金鳳花』と呼ばれていた可愛い女の子。たった三年の関係だった金鳳花の葬儀では号泣して手が付けられなかったのに、乳飲み子の時から十八歳になるまで一緒に居た雅は『好みじゃないから』という理由で葬儀に参加しないどころか、雅の婚約者に『二度と関わるな』と言う始末。ってね?」

「はい。その通りです」

「これは二つだけ本当。雅さんの葬儀に参加せず、婚約者に『二度と関わるな』と言ったことと、男児を養子にして篭絡していることね」

「変な冗談言ってんじゃねえよ」


淳蔵が言う。


「すぐに嘘だとわかりましたよ」


桜子が珍しく、薄くだが笑みを浮かべた。


「あら、どうして?」

「夢、ですね」


都が頷き、続きを促す。


「都様は金鳳花さんと接している時、怪しい『素振り』を全く見せませんでした。ですからわたくしは、都様は『一条都』という人物を完璧に演じられる、『完璧な人間』だと判断したのです。手強い相手だと思いました。でも・・・」


桜子は、胸の前で手を合わせる。


「都様が、淳蔵様、美代様、直治様を抱いている夢を、都様の視点で見たことがありまして・・・」


ほんのりと頬を紅潮させる。


「好きで好きで仕方がなくて、頭がどうにかなりそうで、いじらしい反応を見たくて、駄目だとわかっているのについ意地悪を。そんな自分を受け入れてくれることが堪らなく嬉しくて、もっともっと求めてほしくて、無理なおねだりでも応えてあげたくなってしまう。わたくしが初めて経験したこの感情が、都様が抱いている感情が、『愛』なのだと、思ったのです」

「あらまあ」


都はいつも通り、『一条都』を演じて笑っている。俺達の顔は真っ赤になってしまった。淳蔵は都から顔を背け、美代は俯く。俺はシャツを引っ張った。


「千代さんと話している時の夢も見たのです。性的な興奮が無いだけで、抱いている感情は『愛』に違いありませんでした。演技でできるような感情ではありません。わたくしは『演技のプロ』ですから、わかるのです」


千代は照れ臭そうに頬をぽりぽりと掻く。


「嘘を見させられているかもしれないのに、夢なんてものを信じたの?」

「どうしてでしょうね。信じてしまいました」

「・・・話が脱線したから元に戻すよ」


ぱん、と都が両手を軽く叩き合わせる。


「私のことを調べるうち、何人かの人間は金鳳花の名前を口にした。それを聞いたお馬鹿さんはこう言った。『金鳳花の写真はないか?』。一人の老婆がこう答えた。『幾ら払う?』。老婆の家系は、代々、優秀な教育者を産み出しており、家宝として卒業アルバムを受け継いでいた。その中の一つに、金鳳花の写真があった。本物であることを裏付けるように、一条都の写真も同じアルバムに、ね」


都が馬鹿にするように鼻で短く息を吐く。


「高い情報ほど、信憑性があると思うのが人間の心理。『本当か?』と疑いつつも、『これだけ高い金を払ったのだから本物の可能性は高いだろう』と思ってしまう。私はそうやってお馬鹿さんを特定して足跡を辿り、イリスの研究所を割り出した。そのあとのことは企業秘密。わかるでしょ?」


桜子と金鳳花は、深く頷いた。


「もし、送られてきたホムンクルスが雅さんだったら、イリスの企みは成功していたかもね」


都はそう締め括った。


「さて。淳蔵、美代、直治、桜子さん。命令よ。イリスの研究所に赴き、イリスと研究員達を抹殺し、ホムンクルス達を解放しなさい」

「わかりました」

「・・・はい」

「承知しました」


美代だけ返事が鈍かったが、渋々ながらも承諾した。


「わたくしも、ですか」

「貴方は案内役。それに、戦闘訓練を積んだ貴方を館に置いた状態では、息子達は外には出てくれないわよ。特に美代は貴方のことを信用していないから。そうでしょ?」

「仰る通りで」


美代が口角を吊り上げて言う。


「金鳳花さん一人なら、私と千代さんで二対一だからなんとかなるし、お馬鹿さん達は山を登っても館には辿り着けないようになってるからね。私のことは心配無用よ」

「・・・わかりました。都様のご命令を必ず遂行し、美代様達の信頼を勝ち取ってみせます」

「よろしい。では、明日・・・」


都は談話室を去っていった。
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