百九十四話 絞めて

文字数 1,606文字

「やきもち、かァ・・・」


『あの優しさが、一条都の最も美しい点なのです』


「馬ッ鹿じゃねえの」


自室を出て、都の部屋に向かう。ノックせずにドアを開けた。都とじゅえりは向かい合ってソファーに座っていた。お茶をしていたらしい。


「都、話がある」

「ノックぐらいしなさい」

「早くしろ」


都は呆れたように溜息を吐いた。


「じゅえりさん、今日は部屋に戻って休んでちょうだい」

「は、はい。失礼します」


じゅえりは怯えた瞳で俺を見ると、お辞儀をしてから部屋を出ていく。俺は鍵をかけた。


「やきもち焼いてんだ?」

「そーだよ」


都の対面に座る。


「おじさん困っちゃうなあ」

「茶化すな」

「真剣だよ」

「・・・恣意的な女だ」


都は顔を少し横に背け、視線だけは俺に向けて、どういう感情からきているのか汲み取りにくい笑みを浮かべた。挑発されて喜んでいるような、馬鹿にされて楽しんでいるような、そんな矛盾した笑みだ。


「・・・いいね。『優し過ぎる』って言われるより、ずっといいよ」

「どっちにしろ、俺には付き合いきれないけどな」


都は顔を正面に向け、唇に人差し指を添える。


「・・・怒んねーの?」

「どうして?」

「反抗的な態度とってる」

「楽しい」

「俺は怒ってるんだけど?」

「喧嘩しようよ」

「・・・勝てねーからやめとくわ」


口喧嘩は絶対勝てないし、殴り合いも勝てないと思う。


「愚痴を言ってもいい?」


珍しい。都がこんなことを言うなんて。


「いいよ」


都の顔から笑みが消える。


「・・・どうして『人間』が、我が子や妹を犯そうなんて発想に至るのかねぇ」


俺は首を横に振る。


「野生の動物はさ、『種の保存のための選択肢が他に無いから』とか、『近親の個体を見分ける術が無い』とか、『自分の遺伝子を少しでも多く残したいから』とか、理由があるけど、人間は違う。完全に趣味嗜好の話なんだよね」


都は髪をガリガリと掻く。


「子供ってさ、親の『道具』なんだよね」


唇を結ぶ。


「大抵は『可愛いから』って理由で欲しがる。他の不純な動機も沢山ある。子供の自我が芽生えて育つうちに、一つの『個』として認識して、尊重しなくちゃいけないのにね。『養ってやってるんだ』だとか、『子供は無条件で親を慕っている』だとか、そういう勘違いをして、その考えを飛躍させて、『親は子供になにをしてもいい』と思ってる人間が、多過ぎるんだよ」


そう言って、ぎこちなく笑った。


「ごめんね」

「いいよ」

「息子に手を出してる母親が言う台詞じゃないね」

「えっちなママで最高ですよ?」


都ははにかんだ。


「都は最高の母親だよ」

「・・・ありがとう」


俺は立ち上がり、都の横に座り直し、肩を抱く。都はそっと、俺の身体に凭れ掛かった。


「ねえ」

「ん?」

「・・・お願いがあるんだけど」


都は俺と一瞬だけ視線を合わせると、目を伏せてきょろきょろと泳がした。


「なんだよ?」

「手、貸して」


都が差し出した手の平に、俺の手を乗せる。都はゆっくりと握り替えると、自分の首に俺の手を添えた。


「絞めて」


俺は都の肩を抱いている手を外し、そっと、都の首を握った。


「う、」


細い。


「ぅう、」


折れちまう。


「あ、ぇ・・・」


喉に、俺の指が食い込む。


『わんっ!!』


身体中にビリビリと電気信号が走って、俺は都の首から手を放した。いつの間にか馬乗りになっていたらしい。俺の身体の下で、横を向いた都が激しく咳き込んでいる。俺は全身にびっしょりと汗を掻いて、上がった体温を逃すために、静かに、荒く、呼吸していた。ソファーの向こう側で、ジャスミンが牙を剥いて音も無く唸っている。


「あは・・・」


涎を垂らしながら、都が笑う。


「ありがとう・・・。良い思い出になったよ・・・」

「・・・はっ、そいつは良かった」

「これからは陸で溺れる度に、淳蔵のことを思い出すね」

「・・・悲しい」

「ごめんね」

「父親のトラウマを消すために、息子に首を絞めさせるヤツがあるか」

「ごめん」


くたくたになった都を無理やり起こし、抱きしめる。


「・・・馬鹿な女だ」
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