六十三話 宝石商

文字数 2,357文字

その日、俺達は正装で談話室に集まるよう都に言われていた。雅と千代も呼ばれていて、雅は制服、千代はスーツを着ている。


「都様が直々にお出迎えするお客様って、どんな方なんでしょうか・・・?」

「わ、私、緊張で汗が・・・」


こんなことは俺達も初めてだ。俺達も緊張している。かつ、こつ・・・、かつ、こつ・・・、と、二人分の足音。談話室に現れた都は男が着るような格好良いスーツを着て、高そうなネクタイをカッチリとしめていた。手には銀色のアタッシュケースを持っている。客は、穏やかな笑みを浮かべた、白い髭を蓄えた老人だった。老人は大きな茶色い袋を少し曲がった背中に抱えている。俺達は立ち上がり、出迎えた。


「こちらへどうぞ」

「失礼します」


老人は歩みが遅い。こつ・・・、こつ・・・、と靴を鳴らしながら、背中の袋をソファーに降ろし、ゆっくりと椅子に座った。都も対面に座る。


「貴方達、座っていいわよ。挨拶もしなくていいから」


言われた通り、座る。


「淳蔵さんはどちらさんですかな?」


老人が聞いた。


「はい。僕です」


淳蔵が答える。


「儂の前に来て、両手を広げて見せておくれ」

「はい」


老人の前に跪き、手を差し出す。老人は淳蔵の手をゆっくり揉んだ。


「アメジストですな」


淳蔵が少し困った顔をする。


「淳蔵、指輪を買ってあげる。どの指がいいか選んで」

「えっ」

「ホホホ、左手の薬指はどうですかな?」

「えっ! あ、ええと、」


淳蔵が視線を都に送った。


「いいわよ、淳蔵」

「い、いいえ、右手の薬指でお願いします」


老人は袋の中に手を突っ込んでごそごそやると、指輪を取り出し、淳蔵の指に嵌めた。


「次、美代さん」

「はい」


老人は手を揉む。


「エメラルド。どの指になさいます?」

「右手の、薬指で」


淳蔵にしたのと同じように、袋から指輪を取り出し、嵌める。


「次、直治さん」

「はい」

「ん、トルマリンですな。どの指になさいます?」

「右手の薬指でお願いします」


全員、指輪を嵌めた。


「ほら、この家って誕生日にお祝いしたりしないでしょう? 今までの分、まとめてプレゼントしちゃおうと思ってね」

「そんな、いいんですか、こんな高価なもの貰っても」


客用の口調で淳蔵が言う。


「気に入らなかったら質屋にでもいれてちょうだい」

「とんでもない! 有難く頂戴します」

「ありがとうございます」

「嬉しいです。ありがとうございます」

「じゃ、次は千代さんね」

「ええェッ!?」


千代が吃驚して飛び跳ねる。


「遠慮しないで。指輪だとお仕事する時に邪魔になるでしょうから、ピアスか、ネックレスはどう?」

「そ、そんな、都様! 私はメイドですから、頂戴するわけには・・・」

「私が一方的に贈りつけたいだけだから。気に入らなかったら質屋に、ね?」

「あっ、あっ、ありがとうございますゥ!」

「こちらの宝石商の方、手を握ると、どんなアクセサリーが似合うかわかるんですって。千代さんも手を握ってもらいなさい」

「はい!」


千代の手を握った老人は袋からアクセサリーをいくつか取り出し、テーブルに並べる。千代はピンクオパールのピアスを選んだ。


「ありがとうございますゥ! 早速つけてもいいですか!?」

「どうぞ」


千代がピアスをつける。都は本当に嬉しそうに笑った。


「似合ってるわよ、可愛いわ」

「ありがとうございますゥ!」

「じゃ、次は雅さんね。学校につけて行ってもバレないよう、ネックレスにしなさい。服の中に隠せるでしょう?」

「は、はい!」


老人が取り出したのは、可愛らしいペンダントトップがついたネックレスが三つ。雅はイルカが宝石を抱いたペンダントトップのネックレスを選んだ。


「お、アイオライトにいきますか。お目が高い」


老人がゆっくりと頷いた。


「あ、ありがとうございます・・・? 都さん。ありがとうございます!」

「いいのよ」

「さて、都さん。お代を」

「はい」


都はアタッシュケースをテーブルに置き、開ける。中には札束がみっしりと詰まっていた。


『えっ!?』


プレゼントを送ってもらった全員、声を揃える。


「うーん、少し足りませんな」

「あら、どうしましょう?」

「都たんのバストサイズ教えてくーりゃしゃい!」

「Gカップでーす!」

「ホホホホホホホ! やーっと聞き出せたわい! ああ、若返る若返る! 見送りは結構だよ! では失礼!」


老人はアタッシュケースを受け取ると、ゆっくり歩いていたのは嘘だったのか、踊るような足取りで談話室を出て行った。


「ッチ、エロジジイめ。貴方達、もう着替えていいわよ。私、仕事があるから戻るわね。誰も邪魔しに来ないでちょうだい。それじゃ」


都は呼び止める間も与えずに談話室を出て行ってしまった。


「な、なんだあの大金は?」

「これっ、そんなに高価なものなのか!?」

「嘘だろ・・・」

「こんなもの貰ってしまっていいんですかァ!?」

「Gカップもあるの!?」

「そこじゃないだろ馬鹿!!」

「もっとちゃんと礼を言いに行かないと・・・!」

「だ、駄目だ駄目だ。仕事だから邪魔するなって言われただろ」


そのあと、暫く混乱に飲まれたまま話し合ったが、誰も冷静になれなかったのでそれぞれ部屋に帰ることになった。俺は手を翳して指輪を見る。宝石が光を反射してきらきらと光った。


「きれいだ・・・」


誕生日プレゼントなんて貰ったことがなかった。都のところに来る前も、来たあともそうだったから、なんだかむずむずする。


「嘘だろ・・・。涙出てきちまった・・・」


淳蔵が右手の薬指を選んでくれてよかった。右手の薬指の指輪は、恋人がいるという意味の指輪。都が、俺の恋人。


「っだああー・・・。淳蔵ナイス判断・・・。お前は最高に格好良い男だよ・・・」


俺なんかの汚いキスで都がくれた綺麗な指輪を汚したくなかったが、愛おしすぎてどうしても口付けてしまった。


「はああー・・・」


ハッピーバースデー、美代。最高に、幸せ。
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