五十話 同衾

文字数 1,842文字

俺と直治は珍しく美代の部屋に呼び出されていた。俺はベッドに腰掛け、直治は備え付けてある椅子に座る。


「なんだ、話って」

「頼みがある」

「なんだよ」

「都と同衾したい」


あんまりにも真剣に言うので、俺は表情が引き攣った。


「そんなに羨ましかった?」

「詳しく聞かせろ」


今にも刺してきそうな顔をしている。お願いする立場の顔ではない。


「可愛かったよ」

「わかっとるわ!」

「最後まで聞けよ。俺の腕に都の頭を乗せたら、都が寝ながらもぞもぞ動いて位置を調節するから、俺も丁度良い体勢を探して暫く身体を引っ付けあったんだよ」

「っぐ・・・」

「で、ぴったりはまる形になったから、そのまま目を閉じた。柔らかくてぷにぷにしてて良かったなァ。肌はすべすべだし、髪もいいにおい。あったかいし。で、目が覚めたら俺の首筋に顔をうずめてたから、朝からドキッとしたな。寝息がくすぐったかったよ」

「お前マジ絶対殺すかんな」

「まだあるけど」

「全部喋れ全部」

「目が覚めた都は暫くぼーっとして、目の前に俺が居るって気付いたら顔を真っ赤にしてたよ。俺が『おはよう』って言ったら小さな声で『おはよう』って返してきた。額にキスしたら抱き着いてきたからそのまま二度寝して、ジャスミンが起こしに来た。終わり」

「あああ!」

「な、なあ、俺、帰っていいか?」

「直治! そもそもテメェが始めたんだろうが!」

「勘弁してくれよ・・・」


直治は顔が真っ赤だった。


「喋るのは一回だけだ・・・。二度と蒸し返すなよ・・・」


手で顔を覆い、首を振る。


「出会って二年くらいの頃はまだ、いろんなことがフラッシュバックしてつらかったんだ。夜中に一人、キッチンで酒を飲んでいたら、都が来て、『眠くなるまで私の部屋でお喋りしよう』って言うから、その、都が椅子に座って、俺がベッドに寝転んで喋ってたんだよ」

「でェ?」

「ちょっと寒い夜で、寂しかったから、素直に伝えたら、『一緒に寝よう』って言って抱きしめてくれたんだ。胸に顔をうずめたらクセになって、ちょこちょこ・・・」

「あ、お前が抱いてもらったの」


俺が言うと、直治はがっくりと項垂れた。


「うーん、抱いてもらうのもいいなァ。ベッドから足がはみ出るだろうけど」

「折り畳んでやろうか?」

「お願いすんのか脅迫すんのかどっちかにしろや」

「お前らとは長い付き合いだ。俺の性格は熟知してるだろ。俺が都と同衾できるような台詞を考えろ」

「一緒のお布団で寝てください」

「淳蔵! テメェ!」

「落ちつけ美代! 外に聞こえる!」


仕方がないので、真剣に考えてやることにした。


「お前、雅の世話頑張ってるんだから、ご褒美に一晩一緒に寝てくださいって言えば?」

「・・・直治、どう思う」

「一発で最適解が出たと思う」

「よし、採用だ」

「何様だよ」

「とっとと俺の部屋から出て行け。俺のプライベートな空間をお前らが占領していると思うと吐き気がする」

「はいはいわかりましたよ。行くぞ直治」

「今日は最悪だ・・・」


俺と直治は部屋を出た。


「あっ、都」


廊下の向こうを都が歩いていた。俺の声に気付いたのか、こちらに近寄ってくる。


「呼んだ?」


こてん、と首を傾げる。


「都、美代が話があるって」


直治が嫌がらせを思いついたのか、こんこん、と美代の部屋のドアをノックした。俺達が出てきたすぐ後だから、戻ってきたんだと思うに違いない。


「なんだよ!」


ガチャッと荒っぽくドアが開き、目付きの悪い美代が飛び出してくる。


「あっ・・・、み、なん・・・」

「美代、都に話があるって言ってただろ、呼んでおいたぜ」

「あの、私、美代になにか悪いことしちゃった・・・?」

「ち、ちが! ち、ちゲフッゲフッ!」


都が慌てて美代の背中を擦る。


「込み入った話らしいから俺達行くわ」

「ええっ、ちょっと・・・」


ざまあみろ馬鹿美代、という言葉は飲み込んで、その場を去った。

翌日。

談話室でいつも通り過ごしていると、勉強を教えられていた雅がトイレに行った。


「お前、昨日同衾できたのか?」


直治が珍しく積極的に絡む。自分の恥ずかしい過去に触れられた仕返しだろう。


「できたけどできなかった」

「あ?」

「興奮して一睡も・・・」

「馬ッ鹿じゃねえの?」

「お前は猿か。もっと穏やかな心を持て」

「次は絶対成功させる」

「寝るだけなのに気合入れんなよ・・・」

「こんな気持ち、受験以来だわ」

「駄目だこりゃ。やっぱ寝ないと人間っておかしくなるんだな」

「俺達は人間じゃないだろ」

「直治はこまけーなァ」


雅が戻ってきた。美代は眠いのを悟られないよう、いつも通り、勉強を教えていた。
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