二百七十四話 雑談

文字数 2,892文字

メイドの試用期間は二ヵ月。最初の一週間が終わった。椿は直属の上司である直治に反抗的な態度を取るのは得策ではないと判断したのか、今は大人しいらしい。裕美子も問題を起こしていない。


「おっ?」


いつもの時間に談話室に行くと、淳蔵と、珍しく都が居た。都は一番奥のソファーに座り、酒を飲んでいる。


「珍しいね」

「一人でゆっくり飲むのもいいけど、たまには河岸をかえてね」

「あは、成程」

「美人とかわいこちゃんを見ながら飲む酒は美味いですなあ」

「もうすぐ格好良いおにいさんも来るよ」

「ンヘヘヘヘヘヘヘ」


これまた珍しく、酔っているようだ。それもかなり。淳蔵も都に構ってもらえて嬉しいのか、一言も話していないのに上機嫌なのがわかる。俺はノートパソコンをテーブルに置き、仕事はせずに話に混じった。少しすると直治もやってきた。


「おーっ、格好良いおにいさんが来たぁ」

「なんだなんだ珍しい。出来上がってんな」

「あのねえ、相談があってさあ」


直治がソファーに座る。


「二階にいくつも空き部屋があるでしょ? 一つ和室にしたいなーって」

『和室に?』


三人の声が重なる。都はふにゃふにゃした顔で笑う。


「床のフローリングはそのままで小上がりの和室をね? 壁紙も貼り替えて、洒落た家具や小物も置いて、カーテンで間仕切りして、冬は炬燵を置いたりなんかしちゃって・・・」

「それって工事するんだよね? 美代君、知らない人をおうちに入れてほしくないなあ」

「駄目?」

「・・・駄目とは言ってないでしょ。拗ねた顔しないの」

「エヘヘ、淳蔵と直治はー?」

「おじさん、都ちゃんの言うことならなんでも聞いちゃう」

「仕方ないなあ・・・」


直治が了承したところで、二人分の足音が近付いてくるのが聞こえた。


「社長、お疲れ様です」


椿だ。裕美子も居る。


「椿さん、裕美子さん、お仕事お疲れ様」


都は猫を被る理性はまだ残っているのか、上品な笑みと声色を作った。


「社長、お酒を飲んでいるんですか?」

「ええ。息抜きに。息子達に雑談に付き合ってもらってね」

「雑談! 私達もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」


都から許可が出た。俺はノートパソコンを持って直治の横に座り直す。椿と裕美子が都の対面に座る形になる。


「裕美子さんと『一度社長とお話したいね』と言っていたところなんです。社長はご多忙と聞いていたので、お話ができて嬉しいです」

「食事の席以外でなら、いつでも気軽に話しかけてね」


椿は、ほんの僅かの間だが、瞬きもせずにぴたりと固まってから、


「はい」


と答えた。都が『仕事はどうか』と聞き、椿と裕美子がそれぞれ答える。数分、雑談が続いた。


「社長のご趣味はなんですか?」


椿の問いに、都が『うーん』と少し考える。


「色々あるけど・・・。読書と、」

「読書!」


椿が都の言葉を遮り、嬉しそうに笑う。


「私も読書が趣味なんです! 読書は素晴らしい趣味ですよね。本は知識の集合体ですから、なにを読んでも学びになります」

「フフ、そうね」

「直治さんから『書斎の本は好きに読んでいい』と言われたので、書斎を見て回ったんですけど、色んなジャンルの本が沢山あって吃驚しました! 本がきっちり整理されていて、とても美しい空間でした」

「あら、ありがとう」

「書斎はお客様にも開放しているんですよね?」

「そうよ」

「本の選別や管理は誰がしているんですか?」

「んー、選別というか、アレは私の蔵書なの」


椿はぴたりと固まり、間を置いてから、


「蔵書?」


と聞き返した。


「そう。私の部屋から溢れた本の中から、お客様が手に取りやすいような本をあの部屋に置いているの」

「絵本や漫画もありましたけど、アレもですか?」

「そうよ」

「蔵書ってことは、絵本も漫画も読んだんですよね?」

「ええ」

「社長の自室から溢れた本の中から、お客様が手に取りやすいような本を置いてるんですよね?」

「そうよ」

「他にも本があるってことですか?」

「あるわよ。二階の二部屋を書庫にしているの」

「そうなんですか。凄いですねー」


椿は笑顔は保っているが、声色はあからさまに変化している。しかし都は気にしていないのか酔っぱらっているせいで気付いていないのか、機嫌良く笑っている。


「社長、私達、そろそろお仕事に戻りますね。お話してくださってありがとうございました」

「いえいえ。またどうぞ」

「では、失礼します」


退散するように椿と裕美子は談話室を出ていった。


「頑張ってお喋りしたら目が回ってきたよぉ」

「都ちゃん、どれくらいお酒飲んだか覚えてる?」

「えーっとぉ・・・」


かちゃかちゃ。ジャスミンの足音。


「ほら、お迎えが来たからお部屋に帰ってねんねしなさい」

「はーい。おやすみなさーい」


都はジャスミンに連れられて部屋に帰っていった。静かになった談話室で、直治が渋い顔をして横に振る。


「気にしていないのか、酔っぱらって気付いていないのか・・・」

「ありゃ酔ってる方だなァ」

「会話が成立しているようで成立していないようで成立してるの、凄くむずむずしたよ」

「椿の『癖』、見ただろ? ぴたっと固まって少し間を置いてから返事をするヤツ。気に入らないことがあるとアレが出る。逆にわかりやすくはあるんだが・・・」

「で、敬称で呼びたくないから『社長』に『直治さん』か。俺は構わねえけどお前どう?」

「俺も構わないよ。どうせ喰うんだし」

「都が困ったこと言ってんだよなあ。次の料理は『餃子』の予定なんだが、『浴びる程食べたい』って言ってて・・・」

「おいおい、肉足りるか? それに皮で具を包む手間がヤバそう」

「仕方ない、美代君も手伝いますかね」

「ありがてえ。肉の代案もいくつか考えてある。ニンニクをあまり食べられない子供向けのツナやコーンの餃子と、千代が貧乏時代に餃子の皮にジャムを包んで揚げて食ってたらしいからそれも。あとは水餃子のスープでかさ増しする。もやしを入れた辛さ強めのスープと、溶き卵入りの優しい味付けのスープだ。餃子自体も飽きないように変わり種を。チーズ、大葉、カレー粉にする」

「直治お母さん大変ですね」

「兄貴、笑い事じゃないんだぞ。都は食に対して好奇心旺盛な上にちょっと自制が効かないから、太ったら隠れて無理なダイエットをして、俺に見つかって怒られるの繰り返し。それでもまッたく懲りないんだから・・・」

「・・・なあ、ずっと疑問に思ってるんだが、いいか?」


直治は真剣な顔で、


「都って細くないか?」


と言った。


「・・・弟よ、『細い』って言うのは千代みたいな女のことを言うんだぞ」

「自分で言うのもアレだけど、俺より身長低いのに体重あるんだぞ」


納得がいかない、という顔をしている。


「あー、アレだ。直治は100kg超えてた時期もあるし、痩せた今も筋肉でデケえから、ちょっと感覚がおかしいんだな」

「淳蔵の言う通り」

「うーん、そうですか」


直治は何故か、客用の笑顔をしてソファーから立ち上がる。


「細いかどうか確かめてきます」


俺は直治を捕まえられず、直治はあっという間に談話室から出ていってしまった。


「仕事中じゃねえのあいつ・・・」

「クソッ! いつかあいつの乳首でダーツをしてやる・・・!」

「おーこわ」
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