二百五十六話 メイドの過去
文字数 2,970文字
事務室で美味しいチーズケーキを食べながら、今回の『ハムスター』について話していた。
「へえ、昨日の夜、そんなことがあったんだ」
「『話逸らさないでもらえますか』のインパクトは凄かったぞ」
「それで? 自分の子供を喰い殺した『ハムスター』は、どんな人生を歩んできたの?」
千代が一度頷き、語り始める。
「裕福な家庭に生まれた一人娘です。父親は中堅企業の会社の役員、母親は老人ホームの介護士。本人は『おっとりした性格』なんて言っていますが、無神経にズバズバと物を言う性格を面白がられて、小、中学校ではスクールカースト上位の女子達お抱えの『伝書鳩』として活躍していたようですよ」
千代は話がわかりやすいように、適度に区切って話す。一寸、間を置いた。
「人生の歯車が狂い始めたのは、高校生になってから。ズバズバと言い過ぎたんですね。飼い主の女子達にも鬱陶しがられるようになって、『皆でこの高校に行こうね』と約束して受験したのに、いざ高校生になってみれば、ひとりぼっち。後ろ盾を無くして、一転、虐められるようになりました。避けられ、無視されるようになったんです」
間を置く。
「本人はそれを『虐め』とは認識していませんでしたけれどね。自分は可愛いし性格も良いし勉強もできるから、周りが僻んでいるのかなあ、なんて呑気に考えていました。クラスメートと関われるのは、授業でグループワークがある時に集まる『はみ出し者』とだけ。気の弱過ぎる者や、素行の悪い者、性格に難があってはみ出した者ばかりです。小、中学校でコミュニケーション能力をきちんと育めなかった彼女は、高校で更に拗らせることになりました」
間を置く。
「両親に『お金を稼ぐ大変さを学ぶため、お小遣いは自分で稼ぎなさい』と言われて始めたファミレスのバイトも、拗れたせいで上手くいかず、シフトを減らされて、欲しい金額を稼げなかった。その話を素行の悪い誰かちゃんに相談したところ、『もっと良いバイト』を紹介されたんです」
千代は人差し指をぴんと立てた。
「『パパ活』です」
『パパ活』。男性と食事やデートをして、楽しい時間を提供し、その見返りとして金銭を受け取ること。『基本的には』身体の関係は無い。
「飢えている男性には、あの『おっとりした性格』は天真爛漫でちょいと我儘に見えて堪らないのかもしれません。なんにせよ、一気に稼げて、地道に働くのが馬鹿馬鹿しくなったんでしょう。高校を卒業して大学に入学し、両親の監視が無い自由な一人暮らしを始めると、もっと稼げるキャバ嬢にバイトをかえました。そのキャバクラで、いずれ離婚することになる夫と出会います。夫は大手企業の新入社員で、勉強だけが取り柄の、女性に耐性の無い男でした。夫は会社の先輩に無理やり連れて行かれたはずのキャバクラで女性にちやほやされて、馬鹿になったんでしょう。何度か通ううち、『枕営業』をしてきたキャバ嬢に本気で惚れこんで、『太客』になります。さて、ここからまた転落します」
間を置く。
「両親にキャバクラで働いていることがバレて、絶縁されてしまいます。それでも『女子大生』というブランドを武器として使い続けるため、そのまま大学に通い、卒業し、その後もキャバ嬢として働き続けました。しかし残酷なことに、水商売の女性は年齢が上がると価値が下がっていきます。どんどん稼ぎが少なくなり、焦って出した判断が『太客と結婚して安定した生活を得よう』だったのです」
間を置く。
「三十歳の節目に結婚しました。夫に『絶縁したご両親に結婚したことだけでも伝えた方がいい』と言われて、渋々連絡したところ、両親は絶縁を解いて、一人娘の結婚を祝福してくれたのです。両親は孫の顔が見たかったみたいですねェ」
間を置く。
「結婚してすぐに妊娠が発覚しました。しかし、時期的に夫の子供ではない。夫が遠方に出張していたので間違いありません。枕営業をした、他の男の子供です。夫が真剣に悩んでいる姿を見てとった言動が、最悪でした」
『愛情も無いしサクッと堕ろしといたよー』
「・・・と、一人で中絶手術を受けることを決め、実行したのです」
淳蔵が盛大に顔を顰めた。
「もっと、こう、言い方ってモンがあるだろ・・・」
「それで?」
「夫とは即離婚、両親とは再び絶縁。『話せばわかる』と双方に擦り寄り警察沙汰に発展。流石にまずいと思ったのか、一人で生きようとしますが、『寿退社するんだー』とキャバ嬢達に自慢しまくっていたので、仕事仲間であるキャバ嬢達に疎まれてしまい、店側も、結婚した理由と離婚した理由がちょっといただけない、ということで、キャバクラには戻れませんでした。枕営業と風俗は別なのか、風俗には流れず、フリーターになり、仕事を掛け持ちながら職を転々とします。しかしそれも、次第にその日暮らしになっていき、家賃も払えない状態に。そこで見つけたのが、住み込みで働ける、一条家のメイドの仕事だったのです。おしまいおしまい」
「成程なァ。それで『自分の子供を喰い殺したハムスター』なわけね」
「そういえば、淳蔵はメイドの過去を直接見たことないんだったな」
俺が大学に行く前は俺がメイドの管理をしていたが、大学を卒業して帰ってきてからは都の秘書になったので、直治がメイドの管理を始めるようになったんだった。
「どんな感じなんだ?」
「ジャスミンが選んだメイド候補の履歴書を手に持って、深呼吸してから目を閉じるんだ。そうすると、映像が頭の中に浮かんでくる。美影は『私欲のために子供を喰い殺したハムスター』、瞳は『虐められた過去を持ちながら、自分より弱い存在を虐め続けた鶏』ってね。全てわかるわけじゃないから、メイド候補の身辺調査も仕事ってわけ」
「ほーう。で、瞳より先に絞めるって、いつ絞めるんだ?」
「試用期間が終わったらすぐ! ですぅ。このままだと直治さんが倒れる、というご判断です。あの犬畜生にもわからないことはありますから、不確定な要素が介入して、良い結果を齎すとは限らない。美影さんが直治さんに『ほの字』になることは、想ッ定ッ外ッ! っつーことですニャ」
「あいつの試用期間、いつ終わんだ?」
「一週間と四日後です! いニャ、しかし、面接の時に直治さんに一目惚れしたみたいなんですけど、犬畜生が都さんと直治さんの夢を見せると危険だと判断して、夢を一切見せていないそうなんですよねェ。あの犬畜生、私達が癒えない傷を負ったり、死んだりすると、都さんが悲しむし自分を責めて傷付くので、そういう意味では慎重です。最初期の段階で夢は見せないと判断したのですから、相当ヤバい相手、ということになりますねェ」
「人間てピンキリだなァ、おお、怖い怖い・・・」
「直治も可哀想になあ。相手は下手に刺激するとなにをしでかすかわからないから、家族以外とは喋りたがらない男なのに、下らない問答に付き合ってやってるんだろう?」
「そうなんですよォ。大きな問題を起こさない限りは、強く出ないと決めているそうですぅ。『仕込み』も大変そうですねェ。直治様は真面目な人ですから、私と桜子さんに丸投げして自分は一切触れないなんてことはしないでしょうしィ」
「千代、適度に息抜きさせてやれ」
「お任せくださァい!」
淳蔵の言葉に、千代が頷く。俺は可哀想な弟、直治のことを思って、小さな溜息が零れた。
「へえ、昨日の夜、そんなことがあったんだ」
「『話逸らさないでもらえますか』のインパクトは凄かったぞ」
「それで? 自分の子供を喰い殺した『ハムスター』は、どんな人生を歩んできたの?」
千代が一度頷き、語り始める。
「裕福な家庭に生まれた一人娘です。父親は中堅企業の会社の役員、母親は老人ホームの介護士。本人は『おっとりした性格』なんて言っていますが、無神経にズバズバと物を言う性格を面白がられて、小、中学校ではスクールカースト上位の女子達お抱えの『伝書鳩』として活躍していたようですよ」
千代は話がわかりやすいように、適度に区切って話す。一寸、間を置いた。
「人生の歯車が狂い始めたのは、高校生になってから。ズバズバと言い過ぎたんですね。飼い主の女子達にも鬱陶しがられるようになって、『皆でこの高校に行こうね』と約束して受験したのに、いざ高校生になってみれば、ひとりぼっち。後ろ盾を無くして、一転、虐められるようになりました。避けられ、無視されるようになったんです」
間を置く。
「本人はそれを『虐め』とは認識していませんでしたけれどね。自分は可愛いし性格も良いし勉強もできるから、周りが僻んでいるのかなあ、なんて呑気に考えていました。クラスメートと関われるのは、授業でグループワークがある時に集まる『はみ出し者』とだけ。気の弱過ぎる者や、素行の悪い者、性格に難があってはみ出した者ばかりです。小、中学校でコミュニケーション能力をきちんと育めなかった彼女は、高校で更に拗らせることになりました」
間を置く。
「両親に『お金を稼ぐ大変さを学ぶため、お小遣いは自分で稼ぎなさい』と言われて始めたファミレスのバイトも、拗れたせいで上手くいかず、シフトを減らされて、欲しい金額を稼げなかった。その話を素行の悪い誰かちゃんに相談したところ、『もっと良いバイト』を紹介されたんです」
千代は人差し指をぴんと立てた。
「『パパ活』です」
『パパ活』。男性と食事やデートをして、楽しい時間を提供し、その見返りとして金銭を受け取ること。『基本的には』身体の関係は無い。
「飢えている男性には、あの『おっとりした性格』は天真爛漫でちょいと我儘に見えて堪らないのかもしれません。なんにせよ、一気に稼げて、地道に働くのが馬鹿馬鹿しくなったんでしょう。高校を卒業して大学に入学し、両親の監視が無い自由な一人暮らしを始めると、もっと稼げるキャバ嬢にバイトをかえました。そのキャバクラで、いずれ離婚することになる夫と出会います。夫は大手企業の新入社員で、勉強だけが取り柄の、女性に耐性の無い男でした。夫は会社の先輩に無理やり連れて行かれたはずのキャバクラで女性にちやほやされて、馬鹿になったんでしょう。何度か通ううち、『枕営業』をしてきたキャバ嬢に本気で惚れこんで、『太客』になります。さて、ここからまた転落します」
間を置く。
「両親にキャバクラで働いていることがバレて、絶縁されてしまいます。それでも『女子大生』というブランドを武器として使い続けるため、そのまま大学に通い、卒業し、その後もキャバ嬢として働き続けました。しかし残酷なことに、水商売の女性は年齢が上がると価値が下がっていきます。どんどん稼ぎが少なくなり、焦って出した判断が『太客と結婚して安定した生活を得よう』だったのです」
間を置く。
「三十歳の節目に結婚しました。夫に『絶縁したご両親に結婚したことだけでも伝えた方がいい』と言われて、渋々連絡したところ、両親は絶縁を解いて、一人娘の結婚を祝福してくれたのです。両親は孫の顔が見たかったみたいですねェ」
間を置く。
「結婚してすぐに妊娠が発覚しました。しかし、時期的に夫の子供ではない。夫が遠方に出張していたので間違いありません。枕営業をした、他の男の子供です。夫が真剣に悩んでいる姿を見てとった言動が、最悪でした」
『愛情も無いしサクッと堕ろしといたよー』
「・・・と、一人で中絶手術を受けることを決め、実行したのです」
淳蔵が盛大に顔を顰めた。
「もっと、こう、言い方ってモンがあるだろ・・・」
「それで?」
「夫とは即離婚、両親とは再び絶縁。『話せばわかる』と双方に擦り寄り警察沙汰に発展。流石にまずいと思ったのか、一人で生きようとしますが、『寿退社するんだー』とキャバ嬢達に自慢しまくっていたので、仕事仲間であるキャバ嬢達に疎まれてしまい、店側も、結婚した理由と離婚した理由がちょっといただけない、ということで、キャバクラには戻れませんでした。枕営業と風俗は別なのか、風俗には流れず、フリーターになり、仕事を掛け持ちながら職を転々とします。しかしそれも、次第にその日暮らしになっていき、家賃も払えない状態に。そこで見つけたのが、住み込みで働ける、一条家のメイドの仕事だったのです。おしまいおしまい」
「成程なァ。それで『自分の子供を喰い殺したハムスター』なわけね」
「そういえば、淳蔵はメイドの過去を直接見たことないんだったな」
俺が大学に行く前は俺がメイドの管理をしていたが、大学を卒業して帰ってきてからは都の秘書になったので、直治がメイドの管理を始めるようになったんだった。
「どんな感じなんだ?」
「ジャスミンが選んだメイド候補の履歴書を手に持って、深呼吸してから目を閉じるんだ。そうすると、映像が頭の中に浮かんでくる。美影は『私欲のために子供を喰い殺したハムスター』、瞳は『虐められた過去を持ちながら、自分より弱い存在を虐め続けた鶏』ってね。全てわかるわけじゃないから、メイド候補の身辺調査も仕事ってわけ」
「ほーう。で、瞳より先に絞めるって、いつ絞めるんだ?」
「試用期間が終わったらすぐ! ですぅ。このままだと直治さんが倒れる、というご判断です。あの犬畜生にもわからないことはありますから、不確定な要素が介入して、良い結果を齎すとは限らない。美影さんが直治さんに『ほの字』になることは、想ッ定ッ外ッ! っつーことですニャ」
「あいつの試用期間、いつ終わんだ?」
「一週間と四日後です! いニャ、しかし、面接の時に直治さんに一目惚れしたみたいなんですけど、犬畜生が都さんと直治さんの夢を見せると危険だと判断して、夢を一切見せていないそうなんですよねェ。あの犬畜生、私達が癒えない傷を負ったり、死んだりすると、都さんが悲しむし自分を責めて傷付くので、そういう意味では慎重です。最初期の段階で夢は見せないと判断したのですから、相当ヤバい相手、ということになりますねェ」
「人間てピンキリだなァ、おお、怖い怖い・・・」
「直治も可哀想になあ。相手は下手に刺激するとなにをしでかすかわからないから、家族以外とは喋りたがらない男なのに、下らない問答に付き合ってやってるんだろう?」
「そうなんですよォ。大きな問題を起こさない限りは、強く出ないと決めているそうですぅ。『仕込み』も大変そうですねェ。直治様は真面目な人ですから、私と桜子さんに丸投げして自分は一切触れないなんてことはしないでしょうしィ」
「千代、適度に息抜きさせてやれ」
「お任せくださァい!」
淳蔵の言葉に、千代が頷く。俺は可哀想な弟、直治のことを思って、小さな溜息が零れた。