百六十一話 最早『神』

文字数 2,864文字

こんこんこん。ノック三回。変な気配は感じないということは。


「はい」

「あっ、淳蔵さん!」


やっぱり、中畑だった。


「なんか用ですか?」

「休憩時間なンです。ちょっとお話に付き合ってもらえると嬉しいなーって」

「ああ、どうぞ」


部屋に招き入れ、設えてあるテーブルと椅子に向かい合って座る。


「淳蔵さんの部屋の家具、大きいですね! もしかして特注ですか?」

「そうですよ」

「身長何センチなンですか?」

「184cm」

「体重は?」

「72kg」

「ええっ、体重、直治さんと同じだぁ! 筋肉って凄いけど、身長も凄いンですねえ」


なにが目的なんだろう。企みが無いとは思えない顔をしている。


「淳蔵さんって年収はいくらなんですか?」


こいつ、美代に同じことを聞いて、それを茶化して都にブッ叩かれたんじゃなかったのか?


「一条家の息子は一律二百四十万ですよ」

「えっ、じゃあ直治さんも? どうして?」

「月の小遣いが二十万って決まってるんです。必要なものがあったら社長に申請して買ってもらう。あとは社長の好意で贈ってもらったりとか」

「なんでも買ってもらうンですか? 好意で贈ってもらうものって?」


質問は一つずつにしてほしいが、俺はそう言うのを堪える。それにしてもこいつ、他所の家庭の金銭事情に興味津々なんて下卑ていやがる。下卑ていやがるが、答えるしかない。都から『中畑さんはもしかしたら『産業スパイ』かもしれないから、ある程度の情報は与えて泳がせなさい』と言われているからだ。


「嗜好品以外は全て社長が買い与えてくれますよ」

「じゃあ、月のお小遣いが丸々二十万ってこと?」


今さっきそう言っただろうが。


「そうです」

「贈り物って?」

「社長の気分次第で色々。多過ぎてわかりませんね」

「一番高価なものは?」


右手の指輪、と答えるか迷ったが、答えない方が良いだろうと判断した。


「・・・直治のトレーニングルームかな?」

「エッ!?」


中畑は硬直した。


「トレーニングルームって、二階の奥にあるあの部屋丸ごと?」

「そうです」

「トレーニングする機械とかも全部?」

「そうです」

「何万円かかったんですか?」

「さあ? 知りませんね」

「えっえっ、えー・・・」


中畑は白くて大きい顔に両手を添えた。


「都さん、すーっごいお金持ちで、羨ましいなあ。でも、遺産争いとか、結構ドロドロなンじゃないンですかぁ?」


俺はキレそうになるのを笑顔を作ることで相殺した。


「遺産争い? 無いですよそんなの」

「もう分配が決まってるんですか?」

「いや、社長が死んだら全て寄付することが決まっています」

「えっ? 全て、寄付?」


成程。産業スパイだとしたら、この辺りを探りに来たのかもしれない。


「はい。寄付する場所も金額も決まっていて、館の中にあるものは一切合切、金に換えろと。時価のものもあるんで、足りなかったら俺達息子が負担します」

「えっ!?」

「館も取り壊しますよ。山も譲る先が決まってますね」

「淳蔵さん達はどうするンですか?」

「美代と直治はどうか知らないけど、俺は社長が死んだら俺も死にます」

「はあ!?」

「なんかおかしいですか? 俺は社長のことが死ぬ程好きなだけですよ」

「そ、そーう、ですかぁ、あはは・・・。あっ、あの、私、休憩が終わっちゃうンで、もう戻りますね、ありがとうございました・・・」


中畑はお辞儀をしてから部屋を出ていった。


「あほくさ・・・」


そのあと、気分が乗らなかったので昼食は摂らずに鴉で敷地内をパトロールし、趣味の資格勉強をしながら談話室に行くまでの時間を過ごす。良い話の種が出来た。俺達にとっては一つの禁忌でもあるが。談話室で待っていると、ノートパソコンを抱えた美代がやってくる。


「よう」

「なんだ、雑誌も読まずに」

「直治待ち」

「そう? 悪いけど俺は仕事させてもらうよ」

「ちゃんと休憩してんのぉ?」

「適度にね」


美代がパソコンを叩いて暫くすると、直治がやってくる。


「淳蔵、具合でも悪いのか?」

「気分が悪い。最悪だ」

「そうは見えないけど・・・」

「中畑が一条家のお財布事情を探りに来たぞ」


美代も直治も眉を顰める。


「遺産の話に思いっ切り喰らい付いてきてな。ブチ殺しそうになったぜ」

「生かして帰したからにはわけがあるんだろうな?」

「ちょっと面白い話の種を仕入れてな。『もし』の話しようぜ。お前ら、都が死んだらどうする?」


二人共、ぽかんと呆けた。


「決まってるだろ」


美代が爽やかに笑い、ガッツポーズをする。


「なんとしてでも生き返らせる!」

「凄い方向性で来たな・・・」


直治が苦笑した。


「俺はずっと墓の傍に居るかな」

「ほう」

「時々指輪と見比べながら、都の思い出に一日中浸るよ。天国に行くより気持ち良いだろ?」

「確かに・・・」

「言い出しっぺのお前は?」

「俺は一緒に死ぬ。天の果てだろうが地の果てだろうが追いかけ回してやるね」

「全員、愛が重すぎないか? 重力を感じるよ」

「恥ずかしくなってきた・・・」

「そうそう、中畑のことだけど、都が前に言ってたんだよなァ。『楽しいだけの生活は死んでいることと同じだ』って。だからジャスミンが、都に人間らしい感情を忘れさせないように、時々悪い方向に刺激するんだと。今回もそうなんじゃないか?」


美代が溜息を吐いた。


「言いたいことはわかるんだけどな・・・。あの馬鹿犬・・・」


直治は腕を組んで背凭れに身体を預ける。


「もっと、こう、やり方ってもんがあるだろ・・・」


俺は頬に流れてきた髪を指で掬い上げ、耳にかけ直す。美代が唇に人差し指を添えた。


「『もし』の話、ねえ。もし、都とデートに行けるとしたら、どこに行く?」

「喫茶店」


直治が即答した。


「お? なんか理由あるの?」

「教えない」

「なんだそりゃ」

「俺は海かなァ、ずっと行きたがってるし」

「俺は動物園に連れて行くかな」


ひょこ、と千代が談話室に顔を出す。


「直治さァん」

「休憩の前に、千代、都とデートに行くとしたらどこに行く?」

「へっ?」

「おいおい」

「千代君にまで」

「都さんとデート、ですかァ。そうですねェ、韓国旅行です!」

『韓国旅行?』


三人の声が揃った。


「はァい! 私、夢は世界征服と韓国旅行なんですよォ!」


千代のことだから、多分、大真面目に言っているんだろう。


「世界征服したら都はどうすんの?」

「ふわっふわっのドレスを着ていただいて、そのお姿を彫刻にしたものを一家に一台、絵画にしたものを一家に一枚飾らせますゥ!」

「そこまでいくと最早『神』だな・・・」

「ふえ? 『悪魔』より偉い存在なんて『神』しか居ないじゃありませんか。都さんは神ですよ?」


都は『神』。あながち間違いでもないのかもしれない。あの親切な白い悪魔が、おちょくりつつも忠誠を誓っているのだから。

ばたばた、と慌ただしい足音。


「ねえっ、誰かっ、印鑑持ってないっ? なんでもいいのっ、『一条』のヤツならなんでもいいのっ」


焦った様子でそう言う都の右手には、印鑑が握られている。


「・・・都さん、右手に持ってるものなんですか?」

「え?」


手に持ったものをうっかり『失くしちゃった』と勘違いする神様は、笑いながら膝から崩れ落ちた。
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