二百五十一話 長い二週間

文字数 2,884文字

ノックをすると、幸太郎はすぐに部屋から出てきた。


「あ、直治さん。こんばんは」


俺は人差し指を立てて唇に当てる。幸太郎は少し目を見開いてから、小さく頷いた。


「見せたいものがあるんです。カメラを持って着いて来てくれますか?」

「えっ、わかりました。ちょっと待っててください」


小声で会話する。俺が廊下で待っていると、幸太郎は撮影用の小さなカメラを持って出てきた。


「撮影していいですよ。顔も映していいです」

「え、あ、はい」


幸太郎がカメラを俺に向ける。俺は背を向けて歩き始めた。


「啓太郎さんと竜太郎さんは寝ているようでしたので、幸太郎さんに声をかけました」

「ああ、はい」

「明日の朝にお帰りになるでしょう? 当館で過ごした二週間は楽しかったですか?」

「はい。とても楽しかったです。次はちゃんとした客として来たいくらいに」

「ここです」

「えっ?」


俺は立ち止り、振り返った。幸太郎は撮影とお世辞に夢中で気付かなかったらしい。


「えっ? えっ!? こんな大きなドア、こんなところにありましたっけ?」

「いいえ。昼間は『無い』んです。このドア」

「そ、そんなこと、あります? 有り得ます?」

「偽物のドアに見えますか? ちゃんと開きますよ」


俺はそっと、ドアを開けた。


「か、階段・・・」

「地下に続いています。戦時中に防空壕として造られた部屋が中に。撮影しますか?」


幸太郎はカメラから視線を上げ、直接俺を見た。怯えている。


「あの、都さんは?」

「社長なら寝ています」

「そうじゃなくて! この部屋のこと、知ってるんですか?」

「勿論、知っていますよ。だから怖がってこの辺りには近付きません。それで俺が管理を任されているんです」

「ああ、成程・・・。い、いいんですか、入っちゃっても・・・」

「怖いのなら、無理に入らなくても結構ですよ」


幸太郎は唇を噛み締めた。馬鹿め。啓太郎も竜太郎もこの言葉で意地になって中に入ることを決めていた。


「案内してください」

「では・・・」


こつ、こつ、と、階段の踏面が硬い音を立て、反響する。

音楽と悲鳴が聞こえる。

階段を降りきり、平坦になった廊下を少し進んだところにある最後のドア。両開きのドアは薄っすらと開いており、そこからオレンジ色の光が漏れている。


「な、直治さん、中に誰かい、」


中に誰か居る。悲鳴を上げているのは竜太郎だ。そのことに気付いたらしい。自称『霊感体質』の啓太郎を一番目に連れ込んだ時は、この部屋で何百人もの人間が『肉』として処理され、或いは拷問され、惨殺されていることに全く気付かなかった。竜太郎を二番目に連れ込んだ時は、啓太郎の悲鳴を聞いて腰を抜かした。三番目の幸太郎は、勇敢にもドアを勢い良く開けて中に入った。


「いらっしゃいませ」


都が優雅に微笑む。部屋に流れている『愛の夢』がくっきりと聞こえた。立ち尽くしている幸太郎を、俺は後ろから蹴って部屋の中に入れた。


「直治、丁重に扱いなさい」

「すみません」


ドアの傍で待機していた美代が鍵をかけてポケットに入れると、幸太郎が転がった拍子に壊れたカメラの部品を拾い、観察する。


「あーあ。これ、高いんじゃないの?」


そう言って、所持品を入れておく籠に突っ込む。


「な、なにしてんだお前らっ! 竜太郎を、どうし、」


地下室には珍しい光景が広がっていた。

衣服を剥ぎ取られ、オムツを履かされた竜太郎が椅子に固定されている。開瞼器で無理やり目蓋をこじ開けられ、眼球が乾かないように千代が薬を垂らしている。竜太郎の目の前には巨大なスクリーンが置かれ、神や天使を侮辱する絵画が映し出されていた。竜太郎の反応が薄くなると、桜子がパソコンを操作して次の絵画へ切り替える。幸太郎は竜太郎と同じ絵画を見た途端、顔色を悪くしてその場に蹲った。


「りゅ、りゅうたろ・・・! うぅ・・・。け、啓太郎はっ・・・!?」


幸太郎がスクリーンを見ないように手で顔を庇いながら、地下室を見渡す。部屋の隅のベッドで、啓太郎が真っ青な顔をして横たわっていた。


「安心しなよ、眠っているだけだからさ。ま、ちょっと具合が悪くなっちゃったみたいだけどね?」


美代がにこにこ笑いながら言った。


「おッ? 出てきましたよォ!」


竜太郎が声ではなく泡を口から出すようになって数秒。ころん、と金で出来た指輪のようなもの、『ヘイロウ』を吐き出した。千代が拘束を外し、桜子は手袋を嵌めて指輪を拾い、洗浄すると、先に取り出した啓太郎のヘイロウが入っている袋に入れた。竜太郎の拘束を外して啓太郎の横に寝かせたあと、俺と美代、千代と桜子の四人掛かりで幸太郎を取り押さえる。


「なにすんだぁっ! やめろぉっ!」

「貴方で終わりですぅ! とっとと終わらせましょう!」

「おー、薄まってるとはいえ、天使の血を継ぐだけあって強いなァ」


都の護衛、のはずの淳蔵は、足を組んでソファーに座り、都の肩を抱きながらショーを楽しむように鑑賞している。


「神の寵愛を捨てる程のつらい精神的苦痛、ねえ。悪魔に唆されてやったこととはいえ、一体どれ程つらいのやら」

「私が輪姦されてる映像を見させられて、『助けたかったらお前がかわりになれ』って感じ?」

「そりゃつらいわ」


会話を聞いているだけで生きた心地がしなくなった。


「さあ、神様のご加護を捨てちゃいましょうねェ! 心霊スポットでおッもしろい映像が撮れるようになって、再生回数も視聴者もバンッバンッ増えるようになりますよォ!」


千代がチェシャ猫のように笑った。


「・・・おい、おい」

「はわァ!?」


幸太郎が目を覚ました。


「こんな早朝に、こんな山奥でなにをしている」

「へ?」


幸太郎は辺りを見渡す。右手にはぽかんと呆けている啓太郎と森。左手にはぽかんと呆けている竜太郎と森。


「あれっ? あの、俺達、あの、」

「ここは私有地だぞ。キャンプをするなら他所でやれ」

「キャンプ? あ!? 俺達の荷物っ!!」


幸太郎は更に辺りを見渡した。背後にこいつらの荷物はまとめて置いてある。啓太郎と竜太郎も意識がはっきりしてきたらしい。


「あ、あ、ある。撮影機材全部ある・・・。一つ、壊れてるけど・・・なん、なんで・・・?」


竜太郎が無言でカメラを操作し、館で撮影したのであろう動画を再生した。


「・・・なんも映ってない」


啓太郎が俺を見る。俺が手に持っている猟銃を認識すると、ビクッと身を竦ませた。


「あの、貴方、誰ですか?」

「俺はこの山の管理人だ。お前らが名乗れ、不法侵入者」

「ちがっ、俺達、あの・・・」


3Q太郎は顔を見合わせ、


『あれー?』


と声を合わせ、全く同じタイミングで首を捻った。


「おい」


振り向いた3Q太郎に見せつけるように、猟銃を軽く持ち上げる。


「この山は俺の一族が管理する神聖な山だ。慈悲深い山の生き物に免じて、今回だけ見逃してやる。早く出ていけ」

「あの、俺達、どこから来たんでしょうか?」

「なに言ってんだお前ら。ほら、すぐそこに広い山道がある。そこから山を降りろ」


俺が指差した先には、明るい陽の光に照らされる広い道が見えている。


「・・・お、お邪魔しまし、た?」


3Q太郎は、山を降りていった。


「ッチ、馬鹿共が・・・」


長い二週間だった。
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