二百七話 ホムンクルス

文字数 2,829文字

夢を見ていた。


「ねえ、281」


窓の外を見ていた桜子が振り返る。


「なに?」

「夜、毎日のように都様の部屋に行っているけれどぉ、なにをしているの?」

「任務よ」

「嘘だぁ」


ベッドに腰掛けて片膝を抱いている金鳳花が拗ねたような顔をする。


「逃げたい、よね・・・」


金鳳花が、どこか遠くを見つめながら言う。


「・・・逃げたいの?」

「都様には、その力が、あるかも・・・」


金鳳花が桜子を見る。桜子は再び、窓の外を見た。


「878、何故逃げたいの? 貴方は最新作であり、最高傑作でもあるのよ」

「・・・ねえ、281。ううん、」


金鳳花がベッドから立ち上がり、桜子の目の前に立つ。桜子は黙って見下ろしていた。


「桜子さん」


にこり、と金鳳花が笑う。


「都様にね」


両手を広げ、くるくると踊るように回る。


「ぜーんぶ喋っちゃった!」

「なっ、全部って、なにを!?」


金鳳花が回るのをやめた。寝巻のワンピースがふわりと空気を孕む。


「逃げたいから窓の傍に居るんでしょ? 研究所では『窓』なんてたいそうな名前で呼んでいたけれど、鉄格子が嵌められた『換気口』から差し込むお日様の光を少しでも浴びたくて、私達は、」

「やめなさい!」


金鳳花は、湖のように澄んだ瞳で桜子を見つめた。


「878、話はそれだけ?」

「うん。だからぁ、桜子さんはいーっぱい都様に甘えてくるといいよっ」

「・・・任務のためです」


桜子は金鳳花の部屋を出た。呼吸を落ち着けて、階段を登っていく。

こんこん。


『どうぞ』

「失礼します」


桜子は、わたくしは、都様の部屋に入った。


「こんばんは、桜子さん」

「こんばんは・・・」

「お喋り、ではないわね?」

「いいえ。少し、お喋りも」


わたくしは部屋の鍵をかける。


「金鳳花さんが、全てを話したと・・・」

「貴方から聞いた話と同じ」

「どうなさるおつもりですか?」

「ひけらかすほど馬鹿じゃない」


胸が、痛い。

教えてほしい。

不安・・・。

切ない・・・?


「メイドを管理しているのは直治だし、次に『小鳥』を飼うかどうかは千代さんとの相性もあるし・・・」


都様は唇に人差し指添えて、笑いながら言う。


「淳蔵と美代も許すかどうか・・・」

「お、お許しを、いただいてみせます」

「あまり私に拘らない方がいいわよ。貴方は任務のために抑圧された生活から一時的に解放されているだけ。偽りの生活。貴方は今、冷静な状態ではない。判断力を失っているの。夢を見るのは勝手だけれど、現実を叩きつけられた時に死にたくなるかもしれないわよ」

「構いません。わたくしに飽きた時は、殺してください」

「物騒ねえ」

「お慕いしております。抱いてください」


わたくしは服を脱ぎ、下着姿になった。


「奥のソファーへ」


寝転がる。都様が覆い被さる。


「ベッドは、許してくれないのですか・・・」

「貴方は一生ソファーよ。文句ある?」

「・・・ありません」

「良い子ね」


そこで目が覚めた。


「あのクソ女ぁ・・・!」


苛ついて、眠ることはできなかった。

翌朝。

都は朝食の席に参加しなかった。食事が終わったあとにプライベート用の携帯で『話がある』とメッセージを送ったが『私はない』と返されてしまった。

こんこん。


「どうぞ」

『失礼しまァす!』


千代が事務室に入ってきた。


「千代君、どうしたの?」

「桜子さんと金鳳花さんが話があるそうでェ、直治さんの事務室に呼んできてほしいって言われたんですよォ」

「俺はない」

「まあまあ、そう仰らずにィ。私の顔に免じて!」

「ボコボコに殴っていいってこと?」

「ヒェッ・・・」


仕方なく、俺は椅子から立ち上がった。直治の事務室の前で桜子が俺達を待っていて、俺を見ると頭を下げた。事務室に入る。淳蔵と直治、金鳳花が居た。桜子が最後に入ってきて、鍵をかける。


「真理君は?」

「ジャスミンの散歩」


直治が答えた。


「で? 俺、暇じゃないんだけど」


桜子と金鳳花は横に並ぶと、ゆっくりと土下座をした。


「お話があります。どうか、聞いてください」


沈黙。


「・・・話せ」


直治が言った。


「わたくし達は、『イリス・モーリー』という名の錬金術師に作られた、人造人間『ホムンクルス』です」


馬鹿なことを言っている、と一瞬思ったが、俺達も十分に馬鹿馬鹿しい存在なので、言葉を飲み込んだ。


「イリスは『完璧なホムンクルス』を作ることを目標としています。そのために、どうしても必要なのが『賢者の石』と呼ばれる、赤い物質です。その物質を、都様が所有していることを、イリスは突き止めたのです」


顔を伏せたまま、桜子は続ける。


「かつて、高名な錬金術師『パラケルスス』が持っていた『アゾット』という名の短剣。その短剣の中には、一匹の悪魔が住み着いていました。パラケルススはその悪魔の血を『賢者の石』と呼び、薬として人々に与え、病や怪我を治療していたのです」


金鳳花はなにも言わず、頭を下げ続けている。


「『賢者の石』の正体は、悪魔の血なのです」

「『生理食塩水』」


直治が口を挟む。


「錬金術師が作る賢者の石は、悪魔の血を人工的に作り出そうとしたものだ。精密に作られたものならある程度の効果を発揮する」

「その通りです。イリスのご先祖様は、パラケルスス様と交流がありました。若くして錬金術の才に溢れていたご先祖様に、パラケルスス様が授けたのが、賢者の石でした。ご先祖様は流行り病で失った愛娘を『造ろう』とホムンクルス研究の道へ。その研究が、賢者の石と共にモーリー家に代々受け継がれてきました。金鳳花さんは今回の任務のために作られたホムンクルスです。イリスが得た情報では、金鳳花さんは都様の学生時代の親友であったと。都様を金鳳花さんで動揺させて隙を作り、わたくしが賢者の石を探して盗み出す計画を立てておりました」


悪魔の血。

俺達は精神安定剤としてジャスミンの血が入ったカプセルを支給されている。

成程、そういう理屈だったとは。


「わたくし達の血液は、本物の賢者の石、悪魔の血が1%、人間が作った紛い物の賢者の石、生理食塩水が99%の割合で流れている状態なのです。この生理食塩水を血液として機能するまで高めることが、人類が賢者の石を造るということ。希少な悪魔の血を絶対条件とせず、自らの手で賢者の石を造り出し、その賢者の石で造ったホムンクルスこそが、人類の叡智の結晶である、完璧なホムンクルスであると、イリスは信じているのです」

「イリスは、完璧なホムンクルスを作って、どうするんだ?」

「初めは、闇の世界の住人に売り捌きます。愛玩用、労働力、奴隷、伴侶。そうして資金と人脈を得て、ホムンクルスが量産できるようになれば、『教育』という名の『洗脳』を受け、戦闘訓練を積んだ、恐れも悲しみもわからぬ兵士が出来上がるでしょう」

「話が壮大になってきたなァ。俺達には関係無いけど」

「その通り」

「・・・ま、そうだな」


この世界はジャスミンが都のために作った、地球とは違う異世界だ。桜子と金鳳花が住む世界のことは、俺達には関係無い。


「お願いがあります」


桜子が頭を上げる。


「私を、『小鳥』にしてください」
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