三百十八話 後遺症
文字数 1,938文字
都以外、食堂に来た。都は自室で食事を摂るそうだ。
「淳蔵、さっきも言ったけど無理するなよ?」
俺は頷く。
「美代、なんなんだお前のその余裕は?」
「え? うーん、まあ色々・・・」
「都は機嫌が悪いからってあんなふうに当たり散らす人じゃない。なにか理由があって、お前は知ってるから余裕なんじゃないのか?」
美代は苦笑した。
「後遺症、って言えばいいのかな・・・」
不穏な言葉に、皆の目が見開かれる。
「おさえられないんだって。『怒り』が」
「怒り・・・」
俺は言葉を繰り返す。
「都は気が長いっていうよりは、地雷さえ踏まなければ怒らない寛容な人だろう? だからちょっと失礼なヤツでも『この人ちゃんとしてなくて可哀想だな』と思うだけで仕事の付き合いはできるし、なにか他のことを始めればすぐにそいつのことは忘れるから、大きな『ストレッサー』にはならない。でも、地雷を踏んで爆発させてしまったらもう駄目だ。相手を木っ端微塵にするまで絶対に許さない」
美代は直治を見た。
「今まではさ、その怒りのいくつかは自分に向けて、自責、いや、自傷することで自分を静めていたんだ。でもそれが馬鹿らしくなったんだって。『なんで私が我慢しなくちゃいけないの』って。一度そう考えてしまったら、もう制御できなくなった。『一条都』を演じることができなくなってしまったんだよ。だから今頃、ベッドの上で自己嫌悪に駆られて悶えてるんじゃないかな」
「だから、美代のお茶の時も・・・」
「そういうこと。都の家族であるジャスミンを殺そうとした真冬に対して爆発して、真冬が俺に悪質なちょっかいをかけていたのを黙っていた皆に爆発してしまった。食べものを無駄にしてるのも駄目だったね」
美代は何故か、嬉しそうに微笑む。
「都は馬鹿だよ。『外』の世界に本当の幸せがあるんじゃないかって考えて、俺達が『外』に行くように誘導したり、一条都という存在に縛り付けられて窮屈かもしれないから、なんて考えて『メイドに手を出してもいい』と言ったり。本当はずっと傍に居てほしくて、自分のことだけ考えていてほしいくせにね」
美代が首を小さく横に振る。
「都は、自分の感情を上手に隠せなくなってしまった。一過性のものかはわからないよ。『コツ』を掴んでまた隠すようになってしまうかもしれない。でもね、俺は今の都が一番良いと思うんだ。だから皆も、許してあげてほしいとは言わないから、見守ってあげてほしい」
美代は秘書から副社長になって、かわった。役職だけではない。都の『パートナー』として立派になった。以前の美代なら、都が戦いに出る前の美代なら、激怒した都と接触したら、捕食者と対峙した小動物のように縮こまって泣いてしまっていただろう。
朝食後、俺はそっと、鴉で都の部屋を覗き見る。都はベッドに凭れ掛かってぴくりとも動かない。食事は摂ったのだろうか。直治は肉の処理をしに地下室に行ってしまったし、千代と桜子は事務室を片付けているし、美代は仕事をしている。直治はあとで都の部屋に来るだろう。でも、それまでの間に、俺は都と話がしたくなった。
かつんかつん。
嘴で窓硝子をつつく。むくりと都は起き上がり、俺を見ると、片手で髪を乱暴に掻きながら窓を開けた。髪を掻くのは苛立っている時の仕草だ。
「なに?」
『朝飯食ったかなと思って』
「食べた」
『お喋りしよう』
「・・・わかった」
都は俺を膝に抱いて、ベッドに座る。絶対に誰にも言わないが、膝から都の顔を見上げると、大きな胸で視界が物凄く幸せなことになる。本体で膝枕をしてもらっている時も中々凄い。
「当たり散らしてごめんなさい。私・・・」
もにゅ、と胸を頭で押し上げる。
「なにしてんのっ」
『慰謝料』
「・・・あっそ! 男ってほんとに馬鹿!」
都はくすくす笑った。
『なあ、都』
「なあに?」
『どうしても許せない時は、感情の赴くままに爆発したって、誰も責めないよ』
都は唇を噛み締め、俺から視線を横に逸らす。
「皆、呆れてるでしょ」
『呆れてねえよ。都はもっと我儘を言った方がいい』
「十分我儘でしょ。お説教ならやめて」
『お説教じゃなくて、もっと甘えてほしいってこと』
「・・・十分甘えてるでしょ」
『わかってるよ、都。スイッチを切り替えるようにできる話じゃないからな』
「じゃあ、少しずつ?」
『そう』
一階の廊下、直治が出てきたのが見えた。かつんかつん、と嘴で音を鳴らし、直治を呼ぶ。
『おう』
「なんだ」
『都のとこ行くだろ?』
「シャワー浴びてからな。香水のにおいがついちまった」
『謝罪するんじゃなくて、甘やかしてやれ』
直治は少しだけ驚いたあと、頷き、階段を登っていった。
『都』
「なあに?」
『もうすぐ直治が来るから、たっぷり甘やかしてもらうんだぞ』
都も少しだけ驚いたあと、頷き、頬を少し赤くした。
「淳蔵、さっきも言ったけど無理するなよ?」
俺は頷く。
「美代、なんなんだお前のその余裕は?」
「え? うーん、まあ色々・・・」
「都は機嫌が悪いからってあんなふうに当たり散らす人じゃない。なにか理由があって、お前は知ってるから余裕なんじゃないのか?」
美代は苦笑した。
「後遺症、って言えばいいのかな・・・」
不穏な言葉に、皆の目が見開かれる。
「おさえられないんだって。『怒り』が」
「怒り・・・」
俺は言葉を繰り返す。
「都は気が長いっていうよりは、地雷さえ踏まなければ怒らない寛容な人だろう? だからちょっと失礼なヤツでも『この人ちゃんとしてなくて可哀想だな』と思うだけで仕事の付き合いはできるし、なにか他のことを始めればすぐにそいつのことは忘れるから、大きな『ストレッサー』にはならない。でも、地雷を踏んで爆発させてしまったらもう駄目だ。相手を木っ端微塵にするまで絶対に許さない」
美代は直治を見た。
「今まではさ、その怒りのいくつかは自分に向けて、自責、いや、自傷することで自分を静めていたんだ。でもそれが馬鹿らしくなったんだって。『なんで私が我慢しなくちゃいけないの』って。一度そう考えてしまったら、もう制御できなくなった。『一条都』を演じることができなくなってしまったんだよ。だから今頃、ベッドの上で自己嫌悪に駆られて悶えてるんじゃないかな」
「だから、美代のお茶の時も・・・」
「そういうこと。都の家族であるジャスミンを殺そうとした真冬に対して爆発して、真冬が俺に悪質なちょっかいをかけていたのを黙っていた皆に爆発してしまった。食べものを無駄にしてるのも駄目だったね」
美代は何故か、嬉しそうに微笑む。
「都は馬鹿だよ。『外』の世界に本当の幸せがあるんじゃないかって考えて、俺達が『外』に行くように誘導したり、一条都という存在に縛り付けられて窮屈かもしれないから、なんて考えて『メイドに手を出してもいい』と言ったり。本当はずっと傍に居てほしくて、自分のことだけ考えていてほしいくせにね」
美代が首を小さく横に振る。
「都は、自分の感情を上手に隠せなくなってしまった。一過性のものかはわからないよ。『コツ』を掴んでまた隠すようになってしまうかもしれない。でもね、俺は今の都が一番良いと思うんだ。だから皆も、許してあげてほしいとは言わないから、見守ってあげてほしい」
美代は秘書から副社長になって、かわった。役職だけではない。都の『パートナー』として立派になった。以前の美代なら、都が戦いに出る前の美代なら、激怒した都と接触したら、捕食者と対峙した小動物のように縮こまって泣いてしまっていただろう。
朝食後、俺はそっと、鴉で都の部屋を覗き見る。都はベッドに凭れ掛かってぴくりとも動かない。食事は摂ったのだろうか。直治は肉の処理をしに地下室に行ってしまったし、千代と桜子は事務室を片付けているし、美代は仕事をしている。直治はあとで都の部屋に来るだろう。でも、それまでの間に、俺は都と話がしたくなった。
かつんかつん。
嘴で窓硝子をつつく。むくりと都は起き上がり、俺を見ると、片手で髪を乱暴に掻きながら窓を開けた。髪を掻くのは苛立っている時の仕草だ。
「なに?」
『朝飯食ったかなと思って』
「食べた」
『お喋りしよう』
「・・・わかった」
都は俺を膝に抱いて、ベッドに座る。絶対に誰にも言わないが、膝から都の顔を見上げると、大きな胸で視界が物凄く幸せなことになる。本体で膝枕をしてもらっている時も中々凄い。
「当たり散らしてごめんなさい。私・・・」
もにゅ、と胸を頭で押し上げる。
「なにしてんのっ」
『慰謝料』
「・・・あっそ! 男ってほんとに馬鹿!」
都はくすくす笑った。
『なあ、都』
「なあに?」
『どうしても許せない時は、感情の赴くままに爆発したって、誰も責めないよ』
都は唇を噛み締め、俺から視線を横に逸らす。
「皆、呆れてるでしょ」
『呆れてねえよ。都はもっと我儘を言った方がいい』
「十分我儘でしょ。お説教ならやめて」
『お説教じゃなくて、もっと甘えてほしいってこと』
「・・・十分甘えてるでしょ」
『わかってるよ、都。スイッチを切り替えるようにできる話じゃないからな』
「じゃあ、少しずつ?」
『そう』
一階の廊下、直治が出てきたのが見えた。かつんかつん、と嘴で音を鳴らし、直治を呼ぶ。
『おう』
「なんだ」
『都のとこ行くだろ?』
「シャワー浴びてからな。香水のにおいがついちまった」
『謝罪するんじゃなくて、甘やかしてやれ』
直治は少しだけ驚いたあと、頷き、階段を登っていった。
『都』
「なあに?」
『もうすぐ直治が来るから、たっぷり甘やかしてもらうんだぞ』
都も少しだけ驚いたあと、頷き、頬を少し赤くした。