百六十九話 悪いこと

文字数 2,376文字

「千代の勘が当たっちまったな」

「『中畑さんは厄介かもしれない』って勘ですかァ?」

「そうだ。まだなにか感じるか?」

「んー、悪知恵を働かせて、またなにかやってきそうな感じはしますねェ」

「だよな。俺もそう思う」


携帯の着信音が鳴る。


「これで六回目ですね」

「保身に身を焼いてるな」

「・・・お、上手く剥げました」

「食べていいぞ」

「えっ」

「二の腕はいつもつまみ食いしてるんだ。三番目に美味い部位だからな。捌いてる俺の特権だよ」

「じゃあ、いただきます」


千代が肉を喰う。


「んんッ、雑味が凄いですが、美味ですねェ!」


俺も肉を喰った。


「・・・さて、シャワーを浴びて着替えたら晩飯を作るぞ」

「はァい!」


携帯の電源ボタンを長押しして強制的に電源を切る。捌いた女の所持品は専用の缶の中に入れてきっちりと蓋を閉めた。あとで燃やす。地下室に備え付けてある簡素なシャワールームを千代に先に使わせ、次いで俺が血や脂を落とした。二人で肉を持ってキッチンに行き、晩飯を作る。食堂から都と淳蔵の話し声が薄っすらと聞こえた。美代がキッチンに顔を覗かせる。


「悪いね、直治。休みの日に夕飯作ってもらって」

「構わねえよ。それより、運ぶの手伝え」

「あは、そのつもりで来ました」


三人で料理を食堂に運ぶ。一番最後に中畑の分を運ぶと、中畑がぴたっと固まった。


「あ・・・、あの、これ、なンですか・・・?」


俺は答えず、自分の席に座る。


「なにって、『ミートパイ』でしょ?」


かわりに都が答える。


「直治、今日の献立は?」

「ミートパイ、トマトサラダ、キャベツのスープ」

「ほらね? ミートパイでしょ?」


中畑は目の前に置かれたパイを顔面蒼白で見つめている。


「あら、中畑さんのパイの生地、まるで人の顔みたいね」


捌いた女の顔の皮で作ったパイだ。ぱりぱりに焼いたので縮んでいるが、人の顔とわかる程度には原形を保っている。


「もしかして、知り合いに似てた?」


中畑は両手で口をおさえて、汚い声を漏らす。


「さ、いただきましょうか。いただきます」

『いただきます』


静かな食事が始まる。


「久しぶりだから、身体に染み渡るわね。これで明日からも仕事を頑張れそう・・・」


都がうっとりと言う。俺はこころの底から嬉しくなった。


「中畑さァん、明日からまたお仕事ですから、食べないとつらいですよ?」

「・・・こッ、こンなモノ、食べられるわけないじゃない!!」

「えぇ? どうしてです?」

「こッ、こンな、人の、皮ッ・・・!」

「あら、ごめんなさい。私の冗談が気に障ったかしら?」

「じょ、冗談!? 『コレ』が冗談だって言うの!? 冗談だって言うンなら、あンた食べてみなさいよッ!!」

「いいわよ」

「えっ・・・」


都が俺に目配せをする。俺は椅子から立ち上がり、中畑の目の前にあるパイを都の前に置く。

サクッ。サクサク。

額の部分を四角く切り取り、口に入れる。ゆっくりと咀嚼して、飲み込んだ。


「ほら、食べたわよ。まだなにか文句を言うの? 作ってくれた人に対して失礼じゃない?」

「う・・・、嘘・・・」

「なにが?」

「・・・・・・・・・ゆ、ゆる、して」


中畑は椅子から立ち上がり、テーブルを迂回して都の隣に行くと、土下座を始めた。俺は自分の席に座る。


「許して・・・ください・・・お願いします・・・」

「えっ? どうしたの、急に。何故、謝っているの?」

「ごめンなさい・・・ごめンなさい・・・」

「急に謝られても、理由を言ってくれないと許しようがないわよ?」

「ひ、酷いこと、しました。沢山、沢山・・・」


都が食事の手を止めたので、俺達も手を止める。


「冷めるから食べなさい」


中畑を除く全員が小さく頷いて、食事を再開した。


「酷いこと、ね。具体的に言ってくれないとなにもわからないんだけど?」


中畑は濁った泣き声を上げ始めた。聞いているだけで飯が不味くなる。


「パ、パパはがんげいないんでずっ! ぜんぶわだじがわるいんでずっ!」

「うーん?」

「はんぜいじでまずっ! もうにどとわるいごどじまぜんっ! おねがいじまずっ! ゆるじでぐだざいっ! なんでもじまずがらあっ!」


俺は都の斜め前に座っているので、都の隣で土下座している中畑の姿は見えない。食事をしながら、皆、都と中畑の成り行きを見守っている。


「なんでもするなら、警察に行って自首して、裁判を受けて刑務所に入って、被害者に謝罪して慰謝料でも払えばいいんじゃない?」

「ぞ、ぞれは・・・」

「できないの?」

「うっ・・・、ううっ・・・!」

「ねえ、中畑さん。良いことを教えてあげる。『悪いこと』ってね、バレなければ『悪いこと』じゃないのよ?」

「うえっ・・・?」

「バレないように賢く立ち回って、力で捻じ伏せればいい。貴方は今までそうやって生きてきたんだから、わかるでしょう?」

「い、いえ・・・、ぞんな・・・」

「私もそうよ。人には言えないような悪いことを沢山して、バレないように賢く立ち回って、力で捻じ伏せてきた。でね? 私の方が、貴方より、賢くて、力がある。ってだけの話なのよ。理解できる?」


沈黙。


「私、貴方が幸せになっても、不幸せになっても、どうでもいいの。貴方に興味無いから。私は貴方のお父様の中畑忍と『ビジネス』をしているだけよ。あと二ヵ月。私の機嫌を損ねなければ生かして帰してあげるから、大人しくしていなさい。わかった?」

「・・・わ、わがり、まじ、だ」

「じゃ、夕食を食べないなら部屋に戻って寝なさい」

「じ、じづれいじまず!」


中畑はバタバタと慌ただしく去っていった。


「・・・ふぅー」

「お疲れ様」

「ありがとう」


かちゃかちゃ。ジャスミンが足音を立てて食堂に現れる。


「ジャスミン? まさかこの『肉』が『私のため』とか言わないわよね?」


オテ、オカワリ、オテ、オカワリ。機嫌が良い時の仕草。


「・・・馬鹿犬」


ジャスミンはくるんと一回転して、にぱっと笑うとどこかへ行ってしまった。
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