百四十話 迎撃

文字数 2,679文字

ぞくっ、と背筋に氷を滑らされたような感覚が走って、俺は目を覚ました。悪魔祓いの倉橋が館にやってきた時のような悪寒ではない。都が怒っている時の寒気だ。

部屋の外に気配を感じる。八人、か?

俺は部屋を出た。ドアの傍に居た、目出し帽を被った男に首筋にナイフを突きつけられ、そっと両手を上げる。


「跪いて両手を後ろに回せ。抵抗すれば殺す」


言う通りにする。もう一人、ドアの陰に居た男が俺の手首を結束バンドで縛った。お粗末な連中だ。こんなモノ、ちょっとコツを知っていれば簡単に切れるのに。成程、都が怒っている原因はこいつらか。


「長身で長髪の男、一条淳蔵だな?」

「そうです」

「弟達を部屋の外に呼び出せ。妙な真似してみろ、殺す」

「はい。ドアを『三回』ノックしてください。部屋の外に出てきます」


三回のノックは呼び出す合図だ。滅多に使わない。つまりよからぬ用向きであるということ。俺を縛った男がノックを三回する手振りをすると、床に置いていた金属製のバットを拾う。恐らく武器だろう。美代と直治と千代の部屋の前でそれぞれ待機していたのであろう六人が頷き、こんこんこん、と美代の部屋をノックして美代を捕まえ、次いで直治を捕まえる。千代の部屋は反応が無い。男達はそっとドアノブに手をかけ、鍵がかかっていないことを確認すると、慎重に中を覗き込んでから、ドアを閉めた。千代は居ないらしい。

階段を登ってすぐ左手が俺の部屋、その横が美代、直治、一部屋開いて、千代の部屋。更に一部屋開いて、一番奥はトレーニングルーム。階段の反対側は、美代の事務室と、滅多に使わない応接室や、空き部屋、倉庫など。

とっ、とっ、とっ。

軽やかな足音。千代が二階に来た。


「ヒッ!?」


演技が上手い。一番近くに居た、俺を縛った男が千代を捕まえた。


「名前を言え」

「さ、櫻田千代です・・・」

「よし、人質は全員確保だ。一条都はどこに居る?」

「み、都様は、」


千代がチェシャ猫のように笑った。


「ここに居ます」


瞬きをした、本当にほんの一瞬の間。千代を捕まえた男の目の前に都が立っていた。都は片手で男の顔を壁に叩きつける。男の顔と身体がおさらばして、身体が崩れ落ちた。都が返り血を浴びながら壁から手を離すと、ぐしゃぐしゃに潰れた顔がべっとりと壁に張り付いていた。


「こんばんは」


目が完全にイッちゃってる。


「これだけしかいないの?」


都はゆっくり歩いて近付いてきて、事態を飲み込めていないのであろう、俺の首にナイフを突きつけていた男の頭を、拳で上から思いっきり叩いた。男の顔が身体にめり込み、ばたんと倒れる。


「みょっ、妙な真似したら! 息子の首をっ!」


美代の髪を乱暴に掴み上げた男が、そこまで言ってびくんと身を竦ませる。


「首を、首、くび、く、っくくくくくく・・・」


目出し帽の隙間から見える目は真っ赤になっていた。男はガクガクと痙攣する。美代の髪から手を放し、五秒程、無言で立ったあと、前のめりに倒れ込んだ。びしゃあっと血の波が広がる。


「ひっ!?」

「な、な、なにが・・・」


目を見開いて男達を見つめたまま、都が首を横に振る。


「人のモンに手ェ出して、タダで済むと思ってんのか?」


やばい、本気で怒っている。俺はにやけるのをおさえるのに必死になった。

男達が咆哮を上げる。残り五人。

ナイフを持った男が突進する。都はひらりと身体を横に躱し、カウンターで手を突き出して男の顔面を掴み、軽々と持ち上げる。ギリギリともジリジリともいえない怖い音が鳴っている。バットを持った男が、都の頭や首、肩や胴体を滅多打ちにするが、がちっ、ばちっ、と人体からは絶対に聞こえない音が響くだけで、都は痛がる素振りも見せなった。

ばちゅんっ、と男の顔面を抉り取り、手を軽く振って顔を床に捨てる。バットで都を殴っていた男の首を掴んで一度下に振り下ろすと、勢いをつけて天井に叩きつける。真っ赤な内容物がびたびたと垂れる中を都は歩いて、男達に近付いていく。

残り三人。直治の傍に一人と、千代の部屋の両脇に居る二人。

都は直治の傍にいる男の前に立つと、イカれた笑みを浮かべながら首を傾げた。男はバットを放り投げて両手を上げ、降参の意を示す。都は首を横に振り、両手で素早く男の首を掴むと、ゆっくりゆっくりと縦に引き千切ろうとした。男は呻き声を上げ、都の手を引き剥がそうと両手で手首を掴み、足をじたばたさせて抵抗するが、都は意に介さず、男の首をティッシュを千切るような気軽さで引き千切った。直治が恍惚の表情で都を見上げている。美代も幸せそうにうっとりと都を見つめていた。

残り二人。

腰を抜かして倒れ込んだ男の足首を掴むと、タオルを振るかのように、振り返って床に叩きつける。振り返って床に叩きつけ、振り返って床に叩きつけ。手足がバキボキに折れてあらぬ方向を向き、煎餅みたいに平たくなった男を都は壁に叩きつける。派手な血飛沫を浴びて、都はどろどろに汚れていた。

残り一人。


「・・・なさい、・・・ごめん、なさい、・・・ごめんなさい」


男は目出し帽を脱ぎ、武器を捨て、泣きながら土下座した。


「ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・、ゆるしてください・・・」

「他に仲間は?」

「う、運転手、一人、見張り、四人・・・」

「女は居る?」

「いません・・・」

「なぁんだ。つまんねーの」


都は土下座している男の頭を踏み潰した。


「ひゃはあ! 都様、素敵ですゥ!」


千代がぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ。俺達は結束バントを引き千切って腕の拘束を解いた。都が大暴れしたから俺達も血塗れだ。


「美代、髪が、」


美代に近付いた都はそう言って美代の髪に手を伸ばしかけ、自分の血塗れの手を見て引っ込める。


「あ、ごめんなさいね」

「気にしないで。あはっ、都、最高に格好良いよ」

「ありがとう。淳蔵、鴉をお願い。残りは回収して、おもちゃにしましょう」

「全部殺すのか? 情報吐かせなくていいの?」

「白木の手下」


俺達は一瞬、困惑した。


「・・・あいつ、警察なんじゃなかったっけ」

「警察だから得られるゴロツキの弱味もあるでしょう」

「あ、そういうこと」

「そう。だからジャスミンが通したの。私から白木への『贈り物』が惨ければ惨いほど、白木は面白い反応をするでしょう」

「いいなァ」

「いいね」

「いいな」

「いいですねェ! しかし都様、お肉さん達と戦った時はテクニックって感じでしたけれど、今回はパワーって感じでしたねェ」

「女の子は週によって体調が違うからね。そうでしょ?」

「おっとっと、確かにその通り! これは失礼しました、お許しを」

「フフッ、よくってよ。さあ、遊びの続きをしましょう・・・」
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