二百三十四話 『O』

文字数 1,714文字

談話室で美代と雑談していると、やたらと上機嫌な直治がやってきた。にこにこしている。


「都から良い話を聞いたぞ」


そう言いながら、ソファーに座る。


「『小鳥』は二度と飼わない」

「ほーう・・・。確かに良い話だ」

「詳しく聞きたいね」

「まず一羽目の小鳥、ジャスミンが千代を気に入った理由だ。頭のネジの飛び具合でも、メイドとしての働きぶりでもない。『都との相性が抜群に良い』からだ。一つ目に話し相手として、二つ目に都好みの可愛い容姿、三つ目に料理の腕、だそうだ。『悪魔祓い』の刺青の女、倉橋さえ来なけりゃ、千代は人間として暮らし続けるはずだった。ジャスミンが約束を反故にしたのは、倉橋が千代を殺した時に都が感じる悲しみの量より、千代を『こちら側』に引き摺り込んででも生かすことで、都が今後得られるであろう喜びの量が多いと判断したからだ」


直治は珍しくにんまりと笑う。


「二羽目。都が千代のためにもう少しメイドを増やそうかと考えていたところに桜子が現れた。千代と同じ、一つ目に話し相手、二つ目に都好みの綺麗な容姿、三つ目に料理の腕が良いと判断したジャスミンは、金鳳花と同じ修道院には送らず、小鳥にしてはどうかと提案した。都はそれを受け入れた。ハハッ、あの馬鹿犬、千代と桜子の相性なんてこれっぽっちも考えていなかったんだよ。俺達息子と同じにな」

「成程ぉ? 確かに若い頃の俺達は『都を取り合うライバル』だったからなァ。バチバチじゃないだけで今もそうだけど」

「『都』という『目的』のために共同生活してる、って感じだったし、都は『緩衝材』でもあったね」

「今は淳蔵も美代も愛してるぞ」


直治が、にこっ、とこれまた珍しい笑い方をして、珍しくストレートに愛情表現をしたので、俺と美代も笑ってしまった。


「はいはい俺もだよ」

「俺もだよ。それで?」

「二人共、メイドとしても最上級だからな。かなり余裕ができてる。もう一日休日を増やしてもいいし、『肉料理』を再開して客に振舞ってもいいかもしれん」

「ほお、そこまで」

「それはそれは」

「都もジャスミンも『増やす理由が無いし、増やしたくない』んだとよ。で、俺はこう聞いた。『千代と桜子がいがみ合うようになったらどうするんだ』とな。都は『それは無いと思うけど』と前置きして、こう言った」


あんまり面倒なら食べちゃおうか。


「最後は敬愛する都様の血肉になれるんだ。これ以上の幸せはないぞ」


直治はくすくすと笑った。直治も都も、ちょっと怖い。


「『冗談だよ、直治』・・・。だとよ」


美代も薄く笑う。


「嘘は吐かないくせに冗談は言うんだから、怖い女」


俺も笑った。


「違いない」


ぱたぱた、と足音がして、ひょこっと千代が談話室に顔を覗かせる。


「直治さァん」

「休憩だな、いいぞ」

「ありがとうございまァす!」


都のお気に入りの黒猫が髪の毛を揺らしながら去っていく。


「そうそう、愛坂が出ていったら、新しいメイドを雇うぞ」

「なんだ、良い話ばかりじゃねえか」

「メニューは?」

「酢豚」

「いいねぇ」

「フフッ、いいな」


そのあと、暫く雑談を楽しんだ。直治が事務室に戻ろうと立ち上がったタイミングで、桜子が談話室にやってきた。


「ん? 休憩か?」

「いえ、面白いお話を都様にお聞きしまして、皆様と共有しようと思いました」

「なんだ?」


桜子はくすっと笑う。


「都様の初恋の人はどなたなのか、ご存じですか?」


ぴたっ、と俺と美代が固まり、直治は静かに座り直す。


「『この時間なら、談話室に居るはずよ』とくすくす笑っていましたよ」

「誰だ?」

「誰なんだい?」

「誰だよ?」

「都様はこう仰いました。『アルファベットの『O』が名前に入っている』と・・・」


俺達は考え込み、


『俺か?』


と声を合わせ、顔を見合わせ、


『お前じゃねえ!!』


と同時に頭を抱えた。


淳蔵、『ATSUZOU』。

美代、『MIYO』。

直治、『NAOJI』。


三人共、『O』が入っている。


「都様はウィットに富んだお方ですね。好きな女性にも『O』が入っていると仰いました。千代さんにもわたくしにも『O』が入っています」


千代、『CHIYO』。

桜子、『SAKURAKO』。


「意地悪な女だ・・・」


俺がそう言うと、美代と直治が大きく頷き、桜子はくすくす笑った。
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