百二十四話 一緒に寝て欲しい

文字数 1,704文字

仕事を終えて自室に戻ると、俺のベッドの上で美代が寝転んで携帯を弄っていた。


「おわっ、なにしてんだよ」

「おう、弟よ。ちょっと頼みがあってだな」

「なんだ?」

「添い寝してほしくて」

「はあー??」


人生最大の疑問が今ここで出たかもしれない。


「いや、この前、淳蔵に添い寝してもらったんだけど、結構良かったんだよ。お前も、」

「待て待て待て。さらっと爆弾発言すんな。淳蔵と添い寝したこと恥ずかしくないのか?」

「うん。なんか問題あるか?」


俺は額に手を当てた。


「あー、一応聞いておくけど、どういう経緯でそうなったんだ?」

「最初は酒」

「さ、最初? 何度もあるのか?」

「うん。週に一回くらいは」

「なにしてんだお前ら・・・」


美代にも吃驚したが、淳蔵にも吃驚だ。本当になにしてるんだこいつら。


「頼むよ」


なんで断る気になれないんだ、俺。


「・・・わ、わかったよ。ちょっと、明日の準備して筋トレして風呂入ってくるから」

「はーい」


一時間半程で全ての用事を片付けたが、俺は滅ッ茶苦茶緊張していた。部屋の電気を消して美代に枕を押し付ける。


「ほら、奥に詰めろ」

「枕、いいのか?」

「奥に詰めろつってんだろ」


美代が大人しく従う。俺は美代に背を向けて自分の腕を枕にして布団を被った。

するり。

美代が俺の背中にぴったりと張り付く。


「美代」

「ん?」

「・・・なに揉んでんだよ」

「いや、筋肉は柔らかいっていうだろ? 本当かなあと思って」


賢いんだか馬鹿なんだかわからない。むにむにと背中を手の平で揉まれて、くすぐったい。


「んー、柔らかいな」

「そうかよ」


するり。


「おい」

「いや、腕も柔らかいのかなと。柔らかいな」

「・・・胸は触るなよ。絶対だぞ」


するり。


「腹も柔らかいな」


美代はそのまま、俺の腹を抱えるようにして大人しくなった。


「お、おい、このまま寝るつもりか?」


返答は無い。


「・・・寝たのか?」


返答は無い。


「マジか・・・」


こいつ、都に言われなくても結構自由奔放に生きている気がする。シャツ越しに寝息が背中に当たる。美代は時折すりすりと俺の背中に押し付けるようにして、頭の位置をかえて寝ていた。俺は悶々としてなかなか眠れなかった。

翌朝。

いつの間にか俺は寝返りを打っていたらしい。美代を抱く形で寝ていた。


「び、吃驚した・・・」


小声で言う。いつもならもぞもぞとベッドの中で眠気の余韻を楽しむのだが、今日は一発で目が覚めた。床に脱ぎっぱなしのジャージに着替えて、軽く庭を走る。自室に戻るとベッドに美代は居なかったが、シャワーを浴びようと脱衣所のドアを開けたら洗面台で化粧をしていた。


「おはよう、直治」

「お、おはよう」

「ありがとう。よく眠れたよ。俺、誰かに添い寝してもらうとぐっすり眠れるみたい」

「そうかよ。その化粧品どうしたんだよ?」

「部屋から持ってきた。これ塗ったら終わるからちょっと待ってくれ」


美代は口紅を塗る。大して色はかわらないが艶が出た。


「よし、終わり。じゃあまた頼むわ」

「エッ」


いくつかの化粧品を洗面台の棚に置いたまま、美代は俺の部屋を出て行った。俺は少し迷ってから、シャワーを浴びずに淳蔵の部屋に行く。

こんこん。


『どうぞ』


部屋に入ると、淳蔵はオイルで髪の手入れをしていた。


「お前・・・」

「ん?」

「お前馬鹿だろ」

「なんだァいきなり」

「昨日の夜、美代が俺の部屋に来た。『一緒に寝てほしい』つって・・・」

「あ、悪ィ。俺が変なクセつけちまったみたいで」

「自覚あんのかよ」


俺はベッドに腰掛ける。


「いや、ちょっと複雑な事情でな。二人で飲んでたら美代が珍しく酔っぱらっちまって、介抱してたらその流れでよ」

「美代から聞いた」

「まあそういうわけだ」

「抱いてやって寝てるのか?」

「ああ、美代がそうしてくれっていうから抱いてるけど?」

「男同士でなにしてるんだお前ら・・・」

「お前もやってやれよ。あの生意気な美代がしおらしくなって可愛くなるぜ」

「アホが・・・」

「それともなに、お前も抱かれに来たの?」

「帰ります」

「またのお越しをお待ちしております」


俺は淳蔵の部屋を出て自室に戻り、シャワーを浴びた。


「・・・アホは俺もか」


次は抱いてやるか、という気になっていて、俺は人生最大の溜息を吐いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み