三十二話 不憫
文字数 2,324文字
「うーん、怪しいヤツは居ねえなあ・・・」
雅の登下校を車で送り迎えしている俺は、毎日、都の父親の手掛かりを探していた。今のところ成果は無い。
「クソッ、美代は大学行ってる間にペーパードライバーになっちまったし、直治は道を覚えられないし、なんで俺がガキの送り迎えを・・・」
とっとと十五歳になればいいのに。ぎり、とハンドルを握る。
「・・・ただいま戻りました」
今日は客が居るので、館の中だが外面を良くする。
「淳蔵ー? ちょっと」
談話室からにょきっと顔を出した都が手招きする。都、美代、直治と、客の赤沢夫婦が居た。
「朝だけどローストビーフ囲んでるの。食べる?」
「食べる」
俺が開いている席に座ると、参加するのを見越していたのか用意されていた食器を直治が手渡した。そして、とんとん、と下瞼を指で軽く叩く。
あ、メイドの『瞳』ね。
「長男の淳蔵です」
都が上品な声で言うので、俺もとびっきりの笑顔を浮かべた。
「こんにちは」
「さ、食べて」
「いただきます」
俺は料理のセンスは壊滅的だが、美代と直治は抜群だ。美味い。
「ジャスちゃん、可愛いですねぇ。あんなにおーおきな骨を、ぼりぼり食べちゃって。わたくし、もう、ジャスちゃんにメロメロですよ」
「ありがとうございます。よかったね、ジャスミン」
ジャスミンは、多分太腿かなんかの骨を食べていた。がろがろと咀嚼音が響く。
「あ、淳蔵君、年は幾つだい?」
旦那の方がちょっと声を上擦らせながら聞いてきた。
「さんじゅう、」
「エッ!?」
最後まで言い終わる前に、旦那が大きな声を上げる。
「いやあ、背も高いし、髪も綺麗で、格好良いねえ!」
「ありがとうございます」
「ハ、ハハ、ハ・・・」
俺は何故か、男、それもこういったおじさん、というかおっさんに好かれることが多い。美代が口元を手で覆い、直治が『んん』と喉を鳴らした。笑ってんじゃねえ。
「身長幾つだい?」
「184cmですね」
「モデル並みだなあ・・・。美代君と直治君は?」
「俺は174cmですね」
「178cmです」
「た、体重は、」
「貴方? 男の子に鼻の下伸ばしてるの?」
夫人が呆れた声で言うと、旦那は慌ててぺこぺこと頭を下げた。
「それにしても、美味しいローストビーフですねぇ。誰が作ったんですか?」
「直治が作りました」
「あら! いいですねぇ、うちの娘は全ッ然料理しないんですよ。いつまでも親の料理が食べられると思ってるみたいで、ちょっと困っちゃうわ。嬉しくもあるんですけどね」
よー喋るなあ・・・。
「本当に美味い肉ですなぁ、ローストビーフってなんの肉なんですか?」
「牛の肉です」
「ほお。いや本当に美味い! 『夢の館』の目玉商品は、ハハハ、夢なんてメルヒェンなモノもそうですが、肉料理が抜群に美味いと評判でしたから、食べるのを楽しみにしていたんですよ」
「ありがとうございます」
「あー、他にはなんの肉が食べられるんですかな? 牛、豚、鶏・・・。ハハハ、犬とか猫とか、人とか?」
「貴方ったら! 食欲が失せるでしょ!」
「冗談冗談! ワハハハハ!」
今まさにその人肉を食べてるんだけどな、とほくそ笑む。
「まったく! 無理を言って料理を作ってもらったというのに!」
「そんなに怒るなってぇ。ねえ、都さん」
「フフフ、もう一泊されるんでしょう? 今日はお客様は赤沢様しかいらっしゃいませんし、夕食はお望みの物をお作りしましょうか?」
「え! よろしいんですか!?」
旦那ではなく夫人の方が食いついた。
「海の幸はあまり手に入りませんけど、野菜とお肉なら。ね? 美代、直治」
「はい」
「お作りします」
「あの、では、肉じゃがを!」
おっと、雅の嫌いなメニューだ。
「では、今夜は肉じゃがで」
と、言った都の様子を、迎えに行った雅に伝えると、久しぶりに癇癪を起した。
「私、肉じゃが嫌いって言ったよね!? ゲロみたいで嫌いだって言ったよね!?」
「客が食いたがってんだから仕方ねーだろうるせーな・・・」
「ねーえー! どっか食べに連れてってよ! たまにはいいでしょ? デートしよ!」
「ざけんな。ったく」
いや、待て。
「・・・お前、美雪と行ってた喫茶店ってどこ?」
「ふえ? すぐ近くの『カサブランカ』って喫茶店だけど・・・」
「行くか」
「えっ? いいの?」
「いいよ」
「行く!」
そこは、古き良き、といったレトロな喫茶店だった。朝から晩までやっているらしいが、今は空いている。
「いつもね、あの席に座ってたの」
雅が席を指差す。俺達はそこに座った。
「好きなモノ頼んでいい?」
「いいぞ」
「やった!」
俺は軽食を注文し、辺りを観察する。わかっていたことだが手掛かりになりそうなものは無い。店の場所は覚えておいても損はないだろうと頭を切り替えて、俺は食事を摂った。
館に帰ると、メイドの一人が玄関の近くを偶然通りかかり、俺を見るとちょっと驚いた。
「あら、淳蔵様。美代様がカンカンに怒ってましたよ」
「え?」
「帰りが遅くなるなら電話の一つくらい寄こせと」
「あ、やばっ」
「私とのデートが楽しくて忘れちゃったんだよねー!」
雅がケラケラ笑いながら階段を駆け上がっていく。それと入れ違いに都が降りてきたので、俺は真っ青になった。
「あう、あう」
「ど、どうしたの?」
「ちちち、ちが、デートじゃない!」
「はい?」
「い、いいんだ! やましいことはしてないから!」
「あ、ああ、そう?」
「は、ハハハ、失礼します!」
ぽかんとしてる都を放り出して自室に戻ると、俺のベッドの上で美代が腕を組んで待っていた。
「あ・・・、俺、死んだ?」
「うん」
「説明する! マジで! 誠心誠意!」
「俺がキレる前に喋り終われよ」
くすっ、と笑い声が聞こえたので振り返ると、直治が手をひらひらさせながら去っていった。
最悪の一日だった。
雅の登下校を車で送り迎えしている俺は、毎日、都の父親の手掛かりを探していた。今のところ成果は無い。
「クソッ、美代は大学行ってる間にペーパードライバーになっちまったし、直治は道を覚えられないし、なんで俺がガキの送り迎えを・・・」
とっとと十五歳になればいいのに。ぎり、とハンドルを握る。
「・・・ただいま戻りました」
今日は客が居るので、館の中だが外面を良くする。
「淳蔵ー? ちょっと」
談話室からにょきっと顔を出した都が手招きする。都、美代、直治と、客の赤沢夫婦が居た。
「朝だけどローストビーフ囲んでるの。食べる?」
「食べる」
俺が開いている席に座ると、参加するのを見越していたのか用意されていた食器を直治が手渡した。そして、とんとん、と下瞼を指で軽く叩く。
あ、メイドの『瞳』ね。
「長男の淳蔵です」
都が上品な声で言うので、俺もとびっきりの笑顔を浮かべた。
「こんにちは」
「さ、食べて」
「いただきます」
俺は料理のセンスは壊滅的だが、美代と直治は抜群だ。美味い。
「ジャスちゃん、可愛いですねぇ。あんなにおーおきな骨を、ぼりぼり食べちゃって。わたくし、もう、ジャスちゃんにメロメロですよ」
「ありがとうございます。よかったね、ジャスミン」
ジャスミンは、多分太腿かなんかの骨を食べていた。がろがろと咀嚼音が響く。
「あ、淳蔵君、年は幾つだい?」
旦那の方がちょっと声を上擦らせながら聞いてきた。
「さんじゅう、」
「エッ!?」
最後まで言い終わる前に、旦那が大きな声を上げる。
「いやあ、背も高いし、髪も綺麗で、格好良いねえ!」
「ありがとうございます」
「ハ、ハハ、ハ・・・」
俺は何故か、男、それもこういったおじさん、というかおっさんに好かれることが多い。美代が口元を手で覆い、直治が『んん』と喉を鳴らした。笑ってんじゃねえ。
「身長幾つだい?」
「184cmですね」
「モデル並みだなあ・・・。美代君と直治君は?」
「俺は174cmですね」
「178cmです」
「た、体重は、」
「貴方? 男の子に鼻の下伸ばしてるの?」
夫人が呆れた声で言うと、旦那は慌ててぺこぺこと頭を下げた。
「それにしても、美味しいローストビーフですねぇ。誰が作ったんですか?」
「直治が作りました」
「あら! いいですねぇ、うちの娘は全ッ然料理しないんですよ。いつまでも親の料理が食べられると思ってるみたいで、ちょっと困っちゃうわ。嬉しくもあるんですけどね」
よー喋るなあ・・・。
「本当に美味い肉ですなぁ、ローストビーフってなんの肉なんですか?」
「牛の肉です」
「ほお。いや本当に美味い! 『夢の館』の目玉商品は、ハハハ、夢なんてメルヒェンなモノもそうですが、肉料理が抜群に美味いと評判でしたから、食べるのを楽しみにしていたんですよ」
「ありがとうございます」
「あー、他にはなんの肉が食べられるんですかな? 牛、豚、鶏・・・。ハハハ、犬とか猫とか、人とか?」
「貴方ったら! 食欲が失せるでしょ!」
「冗談冗談! ワハハハハ!」
今まさにその人肉を食べてるんだけどな、とほくそ笑む。
「まったく! 無理を言って料理を作ってもらったというのに!」
「そんなに怒るなってぇ。ねえ、都さん」
「フフフ、もう一泊されるんでしょう? 今日はお客様は赤沢様しかいらっしゃいませんし、夕食はお望みの物をお作りしましょうか?」
「え! よろしいんですか!?」
旦那ではなく夫人の方が食いついた。
「海の幸はあまり手に入りませんけど、野菜とお肉なら。ね? 美代、直治」
「はい」
「お作りします」
「あの、では、肉じゃがを!」
おっと、雅の嫌いなメニューだ。
「では、今夜は肉じゃがで」
と、言った都の様子を、迎えに行った雅に伝えると、久しぶりに癇癪を起した。
「私、肉じゃが嫌いって言ったよね!? ゲロみたいで嫌いだって言ったよね!?」
「客が食いたがってんだから仕方ねーだろうるせーな・・・」
「ねーえー! どっか食べに連れてってよ! たまにはいいでしょ? デートしよ!」
「ざけんな。ったく」
いや、待て。
「・・・お前、美雪と行ってた喫茶店ってどこ?」
「ふえ? すぐ近くの『カサブランカ』って喫茶店だけど・・・」
「行くか」
「えっ? いいの?」
「いいよ」
「行く!」
そこは、古き良き、といったレトロな喫茶店だった。朝から晩までやっているらしいが、今は空いている。
「いつもね、あの席に座ってたの」
雅が席を指差す。俺達はそこに座った。
「好きなモノ頼んでいい?」
「いいぞ」
「やった!」
俺は軽食を注文し、辺りを観察する。わかっていたことだが手掛かりになりそうなものは無い。店の場所は覚えておいても損はないだろうと頭を切り替えて、俺は食事を摂った。
館に帰ると、メイドの一人が玄関の近くを偶然通りかかり、俺を見るとちょっと驚いた。
「あら、淳蔵様。美代様がカンカンに怒ってましたよ」
「え?」
「帰りが遅くなるなら電話の一つくらい寄こせと」
「あ、やばっ」
「私とのデートが楽しくて忘れちゃったんだよねー!」
雅がケラケラ笑いながら階段を駆け上がっていく。それと入れ違いに都が降りてきたので、俺は真っ青になった。
「あう、あう」
「ど、どうしたの?」
「ちちち、ちが、デートじゃない!」
「はい?」
「い、いいんだ! やましいことはしてないから!」
「あ、ああ、そう?」
「は、ハハハ、失礼します!」
ぽかんとしてる都を放り出して自室に戻ると、俺のベッドの上で美代が腕を組んで待っていた。
「あ・・・、俺、死んだ?」
「うん」
「説明する! マジで! 誠心誠意!」
「俺がキレる前に喋り終われよ」
くすっ、と笑い声が聞こえたので振り返ると、直治が手をひらひらさせながら去っていった。
最悪の一日だった。