五十一話 大爆発
文字数 2,205文字
宿泊客の居ない日は談話室で雅に勉強を教え、淳蔵は雑誌を読み、直治は休憩に軽い会話を楽しみ、千代はちょこまか働いたり休憩したりするのが習慣になっていた。そこに珍しく現れた都は、誰が見てもわかるくらい不機嫌だった。いつもはお手本のような綺麗な歩き方をしているのに、ドスドスと足音を立てて淳蔵が座っているソファーの前に立ち、音を立てずに座るのではなく、ぎし、と深く腰掛ける。淳蔵はかなり緊張した様子で、なるべく音を立てないように読んでいた雑誌を膝に置いた。
「雅、千代を誘って、ジャスミンの散歩に行っておいで。直治、いいよね」
「行ってきてくれ。頼む」
「は、はい・・・」
能天気な雅にも流石にわかるのか、そそくさと退散した。俺はそおーっと直治の横に座る。直治は姿勢を正した。
「皆様! 行って参りますゥ!」
「行ってらっしゃい」
都がいつも通りの声で言う。事態を把握していない千代は上機嫌で出掛けて行った。静かになった。静か過ぎて痛い。
「疲れた」
「水を、」
「要らん」
口が悪い。やばい。かなり怒っている。
「ッチ、馬鹿がッ!!」
テーブルを蹴っ飛ばす。俺達は全員身を竦めた。
「何度も何度も断ってんだろうがッ!! 伝手全部使って完封するのに四ヵ月!! 四ヵ月だよッ!! なァにが『口コミでオススメ』だッ!! 誰がくっちゃべってんのか知らねえが余計なことしやがって蛆虫めッ!!」
都が肩で息をする。
「な、なにかの取材、ですか」
直治が恐る恐る聞いた。都がこうやって暴れるのは初めてではない。『外』の世界から過剰に接触されると、排除しようとしてとても攻撃的になる。一番多いのは、テレビなどの取材。その次が俺達への執拗なストーカーなど。
「テレビ」
やっぱりテレビだった。
「直治」
「はい」
「新しいメイド、キャンセルして」
「でも、」
「あ?」
「い、いいえ、わかりました」
アレルギー反応のように、『外』の世界のモノを攻撃している。直治は多分、肉は喰った方が良いと言おうとしたのだろうが、ざらざらの都の神経を逆撫でしてしまった。
「ッチ、たく・・・」
ガタン! と都はテーブルを蹴り上げて、談話室から去っていった。俺達は都の足音が完全に聞こえなくなるまで耳を澄ませる。バタン、と都の部屋のドアが閉まる音がした。
「ぅぷ、おえッ・・・」
「淳蔵、大丈夫か?」
直治ははあはあと荒い呼吸を繰り返している。都が全てである俺達にとって、都の怒りは刺激が強すぎた。暫くは安静にするしかない。直治の呼吸が深いものに変わり、淳蔵の顔色が少し良くなった頃。
「ただいま戻りましたァ!」
千代が帰ってきた。
「あれっ、皆さん、顔色悪いですよ?」
「淳蔵、水要るか?」
淳蔵は右手で口をおさえながら、左手を左右に振る。否定の意味だ。
「千代君、水を二人分。それと淳蔵が吐きそうだから掃除用のバケツを」
「はいッ」
千代なりに声をおさえたらしい。それでも十分デカいが。
「皆、なにがあったの・・・?」
雅が恐る恐る聞いて来る。
「都が滅茶苦茶怒ってるから、絶対に余計なことするなよ」
「は、はい・・・」
「皆様ァッ、お水とバケツですッ」
「ありがとう」
直治はコップを受け取ったが、手が震えてビチョビチョになっていた。俺も受け取ったはいいが喉がつっかえて舐めるようにしか飲めない。淳蔵は動いたら吐いてしまうくらいキているらしく、バケツを抱えたまま俯いた。
「雅、今日はもういいから。千代君はいつも通り好きなタイミングで休憩を。今日は直治の許可は要らないから」
「はい」
「はいッ」
「暫く、談話室には、ちか、づかない、ように・・・」
二人が去っていく。俺は都が怖くて、俺の力では都が満たされないのが悲しくて、涙を堪えきれなった。
夕食の時間になる。誰も呼びに来ない。静かな時間が過ぎて、千代の退勤時間になったのか、千代が談話室の前に来ると一礼をしてから去っていった。良いメイドだ。淳蔵が黙って立ち上がり、よたよたとした歩きで自室に帰っていった。直治もつらそうに帰っていく。俺も自室に戻った。俺達は過去にトラウマがあるから、精神安定剤としてジャスミンの血が入ったカプセルを支給されている。俺は滅多に飲まないが、その日は飲んだ。ちゃんと眠れた。
翌日。一食抜いたのでそれなりに腹が減り、朝食を摂る。
「雅さん、千代さん」
「はい」
「はいッ」
「あのね、真剣なお話なの。もし、テレビや雑誌の取材が来ても、きちんと断ってね」
「わかりました」
「わかりましたッ」
食事を摂り終え、それぞれ過ごし、再び雅の勉強の時間がやってきた。直治がソファーに座ると、語り始めた。
「昨日、夢を見た」
「・・・おー」
「都の夢だ。寝室で暴れてグチャグチャにしたあと、ベッドに凭れ掛かって泣いていた。髪を掻きむしったり握り拳でベッドを叩いたりしていた。啜り泣きながら部屋を片付けて、寝ずに朝を迎えた」
「夢、だよね・・・?」
雅が問う。
「夢だよ。俺は昨日、都に怒られたからな。そんな夢を見たんだろう」
「そうなんだ・・・」
「凄く悲しい夢だぞ。都の悲しんでる気持ちがとめどなく流れ込んでくる。お前はそんな夢を見ないように精々気をつけろ」
それだけ言って、直治は談話室から出て行った。
「直治は不器用だね」
「・・・もしかして、テレビ取材の話?」
珍しく察しが良い。
「そうだよ」
「うん。わかった。気を付ける」
しっかりした声色で言って問題集に向き直ったので、雅が精神的に少し成長しているのを感じた。
「雅、千代を誘って、ジャスミンの散歩に行っておいで。直治、いいよね」
「行ってきてくれ。頼む」
「は、はい・・・」
能天気な雅にも流石にわかるのか、そそくさと退散した。俺はそおーっと直治の横に座る。直治は姿勢を正した。
「皆様! 行って参りますゥ!」
「行ってらっしゃい」
都がいつも通りの声で言う。事態を把握していない千代は上機嫌で出掛けて行った。静かになった。静か過ぎて痛い。
「疲れた」
「水を、」
「要らん」
口が悪い。やばい。かなり怒っている。
「ッチ、馬鹿がッ!!」
テーブルを蹴っ飛ばす。俺達は全員身を竦めた。
「何度も何度も断ってんだろうがッ!! 伝手全部使って完封するのに四ヵ月!! 四ヵ月だよッ!! なァにが『口コミでオススメ』だッ!! 誰がくっちゃべってんのか知らねえが余計なことしやがって蛆虫めッ!!」
都が肩で息をする。
「な、なにかの取材、ですか」
直治が恐る恐る聞いた。都がこうやって暴れるのは初めてではない。『外』の世界から過剰に接触されると、排除しようとしてとても攻撃的になる。一番多いのは、テレビなどの取材。その次が俺達への執拗なストーカーなど。
「テレビ」
やっぱりテレビだった。
「直治」
「はい」
「新しいメイド、キャンセルして」
「でも、」
「あ?」
「い、いいえ、わかりました」
アレルギー反応のように、『外』の世界のモノを攻撃している。直治は多分、肉は喰った方が良いと言おうとしたのだろうが、ざらざらの都の神経を逆撫でしてしまった。
「ッチ、たく・・・」
ガタン! と都はテーブルを蹴り上げて、談話室から去っていった。俺達は都の足音が完全に聞こえなくなるまで耳を澄ませる。バタン、と都の部屋のドアが閉まる音がした。
「ぅぷ、おえッ・・・」
「淳蔵、大丈夫か?」
直治ははあはあと荒い呼吸を繰り返している。都が全てである俺達にとって、都の怒りは刺激が強すぎた。暫くは安静にするしかない。直治の呼吸が深いものに変わり、淳蔵の顔色が少し良くなった頃。
「ただいま戻りましたァ!」
千代が帰ってきた。
「あれっ、皆さん、顔色悪いですよ?」
「淳蔵、水要るか?」
淳蔵は右手で口をおさえながら、左手を左右に振る。否定の意味だ。
「千代君、水を二人分。それと淳蔵が吐きそうだから掃除用のバケツを」
「はいッ」
千代なりに声をおさえたらしい。それでも十分デカいが。
「皆、なにがあったの・・・?」
雅が恐る恐る聞いて来る。
「都が滅茶苦茶怒ってるから、絶対に余計なことするなよ」
「は、はい・・・」
「皆様ァッ、お水とバケツですッ」
「ありがとう」
直治はコップを受け取ったが、手が震えてビチョビチョになっていた。俺も受け取ったはいいが喉がつっかえて舐めるようにしか飲めない。淳蔵は動いたら吐いてしまうくらいキているらしく、バケツを抱えたまま俯いた。
「雅、今日はもういいから。千代君はいつも通り好きなタイミングで休憩を。今日は直治の許可は要らないから」
「はい」
「はいッ」
「暫く、談話室には、ちか、づかない、ように・・・」
二人が去っていく。俺は都が怖くて、俺の力では都が満たされないのが悲しくて、涙を堪えきれなった。
夕食の時間になる。誰も呼びに来ない。静かな時間が過ぎて、千代の退勤時間になったのか、千代が談話室の前に来ると一礼をしてから去っていった。良いメイドだ。淳蔵が黙って立ち上がり、よたよたとした歩きで自室に帰っていった。直治もつらそうに帰っていく。俺も自室に戻った。俺達は過去にトラウマがあるから、精神安定剤としてジャスミンの血が入ったカプセルを支給されている。俺は滅多に飲まないが、その日は飲んだ。ちゃんと眠れた。
翌日。一食抜いたのでそれなりに腹が減り、朝食を摂る。
「雅さん、千代さん」
「はい」
「はいッ」
「あのね、真剣なお話なの。もし、テレビや雑誌の取材が来ても、きちんと断ってね」
「わかりました」
「わかりましたッ」
食事を摂り終え、それぞれ過ごし、再び雅の勉強の時間がやってきた。直治がソファーに座ると、語り始めた。
「昨日、夢を見た」
「・・・おー」
「都の夢だ。寝室で暴れてグチャグチャにしたあと、ベッドに凭れ掛かって泣いていた。髪を掻きむしったり握り拳でベッドを叩いたりしていた。啜り泣きながら部屋を片付けて、寝ずに朝を迎えた」
「夢、だよね・・・?」
雅が問う。
「夢だよ。俺は昨日、都に怒られたからな。そんな夢を見たんだろう」
「そうなんだ・・・」
「凄く悲しい夢だぞ。都の悲しんでる気持ちがとめどなく流れ込んでくる。お前はそんな夢を見ないように精々気をつけろ」
それだけ言って、直治は談話室から出て行った。
「直治は不器用だね」
「・・・もしかして、テレビ取材の話?」
珍しく察しが良い。
「そうだよ」
「うん。わかった。気を付ける」
しっかりした声色で言って問題集に向き直ったので、雅が精神的に少し成長しているのを感じた。