九十六話 対決

文字数 2,210文字

直治が談話室にやって来た。


「なあ、都にどんなコスプレしてもらった? 俺、軍服」

「ぐ、軍服?」

「そう。軍服。ブーツ履いてもらって俺より身長高くなってもらってさ。男女逆転したみたいで凄く興奮したよ。淳蔵は?」

「・・・看護師」

「うーん、良いな。直治は?」

「言わねーよ」

「言うまで帰さないぞ」

「・・・・・・・・・・・・ロリータ」

「・・・はあ? ロリータファッションってこと?」

「うッるせー! そうだよ! 文句あっか!」


直治は顔を真っ赤にして頭を抱えた。俺と淳蔵は笑う。


「なあ、都から聞いたか?」

「倉橋のことか?」

「聞いた。『邪魔するな』と」

「俺は、」


そこまで言いかけたところで、


「大変ですゥ! お肉さんがお仲間連れてやってきましたァ!」


と千代が呼びに来た。俺達は顔を見合わせ、玄関に行く。


「よお、ガキ共」


倉橋の両脇に、男が一人ずつ。身長は2mを超えているであろう素手の大男と、中肉中背のどこにでも居るような冴えない男。こちらは大きな鉈のような刃物を持っている。

こつ、こつ。


「・・・貴方達、邪魔するなと言ったはずよね?」


都が俺達を見て、呆れた顔をする。


「邪魔しない。傍に居るだけだ」

「邪魔よ。消えなさい」

「駄目だ! 傍に居る!」

「邪魔だ。消えろ」

「だ、駄目だよ。俺達にとって、都は『全て』なんだ! 都が死ぬ時は俺達も死ぬんだよッ!」


俺の声が、広い玄関ホールに響いた。


「・・・なら壁になったつもりで息も吸わないことね」

「はわァ!? わ、私、息は十秒しか止められません!!」


都は千代の発言に少し驚くと、くすっと笑った。


「で、倉橋。なにをしに来た」


美月さん、ではなく、倉橋、と呼ぶ。


「ハハ、わかってんだろ、一条。あの犬が欲しい」

「で?」

「ずるいだろ、あんただけ幸せに生きてるのは」


倉橋は両腕を広げた。片手にはナイフが握られている。


「私は『あの人』と父親の慰み者だった。それだけじゃない。その日の寝床、食料、水、あの二人の酒代を稼ぐため、ある日は修行だと言ってわけのわからない男共と。天使を名乗る存在とも、悪魔を名乗る存在とも身体を交えた。そうやって手に入れたのが今の身体だ。なのに、なんだお前は。綺麗な身体のまま、莫大な金と人脈を手に入れて、お前を『全て』だとか言う男共に囲まれて。ハハハッ、ずるいだろ!」


都は心底馬鹿にしたような笑みを浮かべて、顔を横に振った。


「ガキみたいなこと言うんだな」

「そうさ! ガキさ! 五歳のまんまで時が止まってるんでな! 私はあの犬が欲しい! あの犬の血があれば、私に怖いモノなんてなくなる! さあ、死ね! 一条!」


倉橋はナイフを左右に振って都の腹を切り裂こうと狙う。都は後ろに下がってそれを避けた。今度は下から突き上げる倉橋の手首を都が拳で叩く。何度もそのやりとりをして、倉橋の手首が痛んだのか攻撃が緩くなる。その隙をついて都が倉橋の首に手刀を振りかざし、怯んだ倉橋を蹴り飛ばした。後頭部から床に激突した倉橋は意識を失った。

入れ違いで鉈を持った男が全身を回転させ、その力を利用しながら都に斬りかかろうとする。都は腕を十字に組んで男の手首にわざとぶつけて攻撃を受けた。男が大きく振りかぶり攻撃を外した隙を突き、男の手首を掴むと強引に引き寄せ、横っ面に拳をぶち込む。そして男の腕を脇でがっちり掴むと、男の顔の真ん中に何度も拳を叩き込んだ。男は最初は意識があって抵抗していたが、途中から意識がなくなり白目を剥いて、だらんと身体から力が抜けていた。それでも都は殴り続け、最後はテンポよく後頭部に肘を入れる。そして男の首を両手で持って捩じ切った。倉橋はまだ起き上がれない。


「みやぅしろぉ!」


千代が叫ぶ。大男が都の首を左手で掴んで軽々と持ち上げた。


「ああっ!」


淳蔵と直治は大男を止めようと飛びかかろうとしたが、俺が二人の腕を抱え込んで止めた。

都は苦しそうに大男の手首を引っ掻き、足をばたつかせる。右手で大男の顔に殴りかかろうとしたが、大男が都の右手を掴んでそれを止めた。都が白目を剥きかけながら舌を突き出したところで、闘志剥き出しの表情になって、大男の両目を左手の指で突いた。大男の目から血の涙が垂れる。

解放された都は機械のような感情の無い目で大男を少し見つめたあと、跪いて両手を振り回し、都を遠ざけようとする大男の胸を蹴って仰向けにさせ、大男に馬乗りになった。胸倉を掴んで、頭と床の間、僅かな空間を作る。そして、大男の顔に思いっきり拳を振り下ろした。ゴキャ、と聞いたことのない音が連続する。拳で大男にダメージを与えているのではなく、頭が固い床にぶつかる衝撃でダメージを与えているのだ。抵抗していた男も、いつしかぐったりと四肢を垂れ、声を発さず、動かなくなった。


「おにくぅ!」


倉橋が意識を取り戻し、ナイフを持つ。都は大男の上から立ち上がると、倉橋と対面して睨み合った。丁度、俺達の正面に来る形だ。都が拳を握りしめ、倉橋がナイフをゆらゆらさせる。最初にしかけたのは倉橋だった。ナイフを持った手首を都が何度も弾く。都が疲れている。少しずつ振りが大きくなっていった。それでもなんとか倉橋のナイフを手から放り出させた時、


「あぁ!!」


がら空きになった真正面。倉橋が拳を都の脳天に振り下ろした。都が拳を構えたまま、二、三歩下がる。脳震盪を起こしていることは一目でわかった。倉橋がナイフを取り戻し、都に襲い掛かる。


「都様ァッ!!」
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