四話 直治

文字数 2,182文字

四月。明日は新しいメイドがやってくる。私は相変わらずドジで鈍間で、百子さんを苛々させていた。都様は優しい。三人の息子達とは、微妙な距離感である。私は時々、淳蔵様と美代様のあられもない夢を見た。あの高慢ちきな淳蔵様が、あの穏やかな美代様が、私の憧れの都様と・・・。そして、今、私は確かに寝た意識があった。明日、新しいメイドがやってくる。私は先輩になるのだ。だから少しでもしっかりと後輩に対応できるように、気合を入れて寝た。それがいけなかったのかもしれない。掃除以外で滅多に入らないトレーニングルームの鏡の前で、私は座って自分を見つめている。その姿は、直治様の姿だった。


「・・・新しいメイド、か」


直治様は立ち上がった。


「もうそんな時期か」


そして俺は、都の部屋へと向かった。


『どうぞ』


俺の気配を察したのか、都の声が聞こえた。ドアを開け、中に入る。都は読んでいた本をぱたんと閉じた。


「どうしたの、直治」

「遊びに来た。『アレ』してくれ」

「いいよ」


都は音もなく笑った。俺はその場でばさばさと服を脱ぎ捨てる。


「大分鍛えたね」


都が俺の胸板を撫でた。それだけでびりびりと快楽が全身に広がっていく。


「直治、まだ外は怖い?」

「怖い。出たくない」

「やっぱり敷地内が限界かあ」


俺の男根を指先で弄りながら、都が言う。俺は会話の内容なんてどうでもよくなってきて、早く滅茶苦茶にしてほしい気持ちが満ちてくる。


「もうあんな生活は御免だ・・・」


俺が俺じゃなかった頃。重度の統合失調症だった頃。俺はできもしないことを声高に叫んで両親を困らせていた。五カ国語を覚えて世界をまたにかけるチョコレートの会社を立ち上げて社長になるだの、一からロケットを組み立てて火星に移住するだの、日本で初の大統領兼シンガーソングライターになって来年の歴史の教科書を書き換えさせるだの。今、思えば、どうしてそんな発想に至ったのか全く持って謎である。それだけではない。俺は、世界中の女は全て俺に好意を寄せていると思っていた。だから俺からされることも嬉しいはずだと。幼少期の頃から女を追いかけ回して、警察沙汰になったこともある。その時は、何故母が泣いているのか、何故父に殴られたのかも理解できなかった。

俺が二十歳になった夏。

両親は無理心中を図った。俺はガムテープで縛られ、車の後部座席に。そして、人が滅多に立ち寄らないとされている小さな森に入った。そこは都の私有地だった。館に、いや、都に近付くにつれ、俺の中から病が漂白されたように抜け落ちていった。残ったのは、自分が自分であるという意識と、自分の名前。そして、奇行としかいえない過去。急に冷静になった俺の中にぽっかりと大きな穴が開いた。その中に、両親に見捨てられた悲しみと、死への恐怖が、練炭を燃やして生まれた一酸化炭素が充満していく。

そこに、あいつが現れた。

ジャスミンだ。

その時の俺には犬すら救世主だった。ジャスミンの肉球と爪がカチャカチャと音を立てて車の窓ガラスを引っ掻いていた。がちゃ、と車のドアの鍵が開いて、続いてドアが独りでに開いた。俺は身を捩って急いで外に出た。というよりぼとりと地面に落ちた。

朱い着物を着た女、都。長髪の男、淳蔵。まだ痩せていた美代。そしてジャスミンに囲まれる。


「都、危ないよぉ、一酸化炭素は・・・」


美代が言う。


「人間の毒にやられるほどヤワじゃないよ」


都が右手を振って応える。


「こいつが最後の一人? ジャスミンの基準ってほんっとわかんねーな」


淳蔵が俺を覗き込む。


「俺・・・俺は・・・俺、死に・・・。あ、あ、俺・・・」


俺は突然知らない世界に、異世界に放り出されたのだ。都は俺の頭を撫で、『お前を気に入ったから息子にする』と言った。意味がわからなかった。


「名前くらいは言えるでしょ? お名前は?」

「直治・・・」

「直治。貴方の頭はヘドロを吸ったスポンジだった。これから少しずつ清水と入れ替えていけばいい。死の世界に行くよりはいいでしょう? ね?」


それからの俺は、自分が統合失調だったことを始めて理解した。二度とあんな生活には戻りたくないと、本を読んで知識を蓄え、健康的な肉体を得ようと身体を鍛えた。


「私とイチャイチャしているのに考え事ですかぁ、直治さん」


都は手淫で完全に勃起させた俺の尿道に、ローションを塗りたくったプラグをぐいぐいと挿入した。異物感、僅かな苦痛、それを遥かに上回る快楽に意識が飛びそうになる。こうやって頭が真っ白になるのは怖くない。好きだ。ローション塗れの手で男根を弄られると立っていられなくなる。俺は思わず膝をついた。都は俺に寄り添う。


「あ、淳蔵に言ってくれよ・・・。外が、怖いって言ってるのに、面白がって連れ出して・・・」

「困ったねえ。鞭打ってもご褒美になっちゃうからなあ。連れ出すのはいいんだけど、淳蔵の場合面白がってるのが駄目なんだよなあ」


都は俺の尿道に入ったプラグをじりじりと抜き始めた。


「あっ、ああっ! あああっ!」

「うーん、あとでお説教するか」


プラグが抜けた途端、精液だか尿だか潮だかわからないものが大量に放出される。俺は四つん這いになって息を吐いた。


『・・・都様ぁ』


私は確信した。今までの夢は、きっと、現実に起こったことで、三人の息子達は都様の情夫なのだ。でなければあんな美青年ばかり揃えないだろう。

私は酷く、興奮した。
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