百二話 畑
文字数 2,083文字
畑作りを手伝わされるのは嫌、という意見が淳蔵と一致して、俺と淳蔵は鼠と鴉で少し離れたところから畑作りを監視していた。直治は別に手伝っても構わないと言っていたが、農家の椎名という爺さんが『一条家のご子息にそんなことさせられない』と言って無理やり館の中に直治を入れたので、直治も蛇になって合流した。
「良い土ですなあ」
膝をついてしゃがんでいる椎名の爺さんが、土を手で解しながら言う。
「水持ち、水捌け、通気性、酸度・・・。理想的です」
歯が何本か抜けた口ではあるが、柔らかい笑みを浮かべた。都と千代も笑顔になる。
「肥料は有機質肥料でよいでしょう」
椎名の爺さんは立ち上がり、畑になる場所を指差した。
「まず、土を掘り起こします。雑草や小石を取り除いて、20cmから30cmほど掘り起こします。おなごにやらせる仕事じゃありませんから、儂と倅でやりますヨ。ところで千代さん、虫は平気ですかな?」
「はい! カブトムシの幼虫とか大好きですぅ!」
「ホホ、土を掘り起こしてると、いろぉんな虫が出てきますから、虫は他の場所に逃がしてあげてくださいナ。千代さんはそのために、土を軽く掘っていただきます。スコップで10cmくらい。優しく優しく掘ってくださいナ。そっから虫達を土の中に逃がしてあげますから」
「はァい!」
「土を掘り起こしたら、鍬で土を耕します。土をフッカフカにするんですナ。そしたら、肥料と混ぜ合わせて、『畝』を作ります」
「『畝』?」
「土を盛り上げて、野菜を作る場所を作るんですナ。この規模だと四つくらい作れますかなあ。土の状態が良くなるということは、虫や菌にとっても良い環境になるということですから、最後に薬を蒔きます。これで土作りは完成ですナ」
「重労働ですねェ・・・」
「ホホ、種を蒔けるのは来月ですな。その時ァまた来ますんで、どんな野菜がいいか考えておいてくださいナ」
「来月ということは、七月、ですかァ」
「トウモロコシ、小松菜、ブロッコリー、人参、サツマイモ、あたりですかナ」
『トウモロコシ』
都と千代の声が重なった。一つは決まったみたいだ。
「ホホ、では仕事に取り掛からせてもらいますよ。おーい! 光!」
「はっ、はい!」
少し遠くに停めたトラックの横に突っ立っていた男が駆け寄ってくる。千代を見てガチガチに固まっていた。
「むっ、息子の光です! よろしくお願いします!」
「光さん、よろしくね」
「よろしくお願いしまァす!」
「では、始めましょうかネ、光、千代さんにスコップを。都さんは、ホホ、昼飯の下拵えでもしていただけますかな?」
「はい。心を込めてお作りしますね、野菜炒め」
「では・・・」
椎名の爺さんと光は土を掘り起こし始めた。千代は少し離れたところでスコップで土を掘っている。
『昼は野菜炒めか』
『棚から牡丹餅だな』
直治がだんまりなので、淳蔵が嘴でつつく。
『イテッ、なにすんだよ』
『あ、寝てるのかと思って』
「ん?」
椎名の爺さんが俺達に気付いた。淳蔵は飛び立って頭上の木の枝に乗り、俺は草むらに隠れる。
『あっ、ちょ、』
直治がとぐろを巻いた身体を解いて逃げる前に、椎名の爺さんがずんずん近寄ってきて直治を捕まえた。
「おー、『ヤマカガシ』だ」
気付いた千代と光もやってくる。
「千代さん、この森で蛇を見たことは?」
「初めて見ましたァ」
「こいつぁ『ヤマカガシ』といって、毒蛇ですヨ。『体色変異』つって、身体の模様や色が変わりやすい蛇でして、こいつは『黒化個体』ですナ」
「へえー!」
「大人しい蛇なんですが、稀に気の強い攻撃的な個体もいる。日本の蛇の中でも最も強い毒を持ってる蛇です。昔は神の蛇だなんて言われたこともあったナ。水辺を好んで寄ってくるから、噴水につられたのかねえ? それとも、さっき飛び立った鴉が捕まえた餌だったのかナ?」
「あっ、鴉ってあそこの枝にとまってる鴉ですかぁ?」
千代が淳蔵を指差す。
「『ハシブトガラス』ですナ。なんでも食べる。蛇もネ。人間の五歳児くらいの知能があるんですヨ。人間の言葉を真似て喋ることもありますヨ」
「おっ? あそこに鼠もいますね!」
「ドブ・・・? あ、いや、『アカネズミ』の黒化個体か? とりあえず、」
椎名の爺さんは淳蔵に向かって直治を投げた。ぽとり、と落下する。
「おい! 飯をとって悪かったよ!」
淳蔵は直治を掴んで、かあ、と鳴くと、館から離れた。俺も追いかける。
『なッにしてんだよトロくせえなァ』
『悪い。ちょっとデカく作り過ぎた。次からは小さくする』
『直治! お前、毒あるんだな!』
『みたいだな。ヤマカガシは図鑑で見たことあるんだが、『百聞は一見に如かず』だな。実際に見ても黒化個体だなんてわからなかったぞ』
『おい美代、お前までこっちに来ちまったら見張りが居なくなるだろ』
『別の角度から何匹か見させてるよ。抜かりはない』
『あ、そうなの』
直治がクネクネと身体を動かす。
『俺は監視には向いてない。直接見てた方が楽だ。無理を言ってでも手伝ってくるから、淳蔵、館まで運んでくれ』
『おう。美代、引き続き頼むぞ』
『はいよ』
淳蔵が直治を掴んで飛び上がる。俺は手を振って見送った。
「良い土ですなあ」
膝をついてしゃがんでいる椎名の爺さんが、土を手で解しながら言う。
「水持ち、水捌け、通気性、酸度・・・。理想的です」
歯が何本か抜けた口ではあるが、柔らかい笑みを浮かべた。都と千代も笑顔になる。
「肥料は有機質肥料でよいでしょう」
椎名の爺さんは立ち上がり、畑になる場所を指差した。
「まず、土を掘り起こします。雑草や小石を取り除いて、20cmから30cmほど掘り起こします。おなごにやらせる仕事じゃありませんから、儂と倅でやりますヨ。ところで千代さん、虫は平気ですかな?」
「はい! カブトムシの幼虫とか大好きですぅ!」
「ホホ、土を掘り起こしてると、いろぉんな虫が出てきますから、虫は他の場所に逃がしてあげてくださいナ。千代さんはそのために、土を軽く掘っていただきます。スコップで10cmくらい。優しく優しく掘ってくださいナ。そっから虫達を土の中に逃がしてあげますから」
「はァい!」
「土を掘り起こしたら、鍬で土を耕します。土をフッカフカにするんですナ。そしたら、肥料と混ぜ合わせて、『畝』を作ります」
「『畝』?」
「土を盛り上げて、野菜を作る場所を作るんですナ。この規模だと四つくらい作れますかなあ。土の状態が良くなるということは、虫や菌にとっても良い環境になるということですから、最後に薬を蒔きます。これで土作りは完成ですナ」
「重労働ですねェ・・・」
「ホホ、種を蒔けるのは来月ですな。その時ァまた来ますんで、どんな野菜がいいか考えておいてくださいナ」
「来月ということは、七月、ですかァ」
「トウモロコシ、小松菜、ブロッコリー、人参、サツマイモ、あたりですかナ」
『トウモロコシ』
都と千代の声が重なった。一つは決まったみたいだ。
「ホホ、では仕事に取り掛からせてもらいますよ。おーい! 光!」
「はっ、はい!」
少し遠くに停めたトラックの横に突っ立っていた男が駆け寄ってくる。千代を見てガチガチに固まっていた。
「むっ、息子の光です! よろしくお願いします!」
「光さん、よろしくね」
「よろしくお願いしまァす!」
「では、始めましょうかネ、光、千代さんにスコップを。都さんは、ホホ、昼飯の下拵えでもしていただけますかな?」
「はい。心を込めてお作りしますね、野菜炒め」
「では・・・」
椎名の爺さんと光は土を掘り起こし始めた。千代は少し離れたところでスコップで土を掘っている。
『昼は野菜炒めか』
『棚から牡丹餅だな』
直治がだんまりなので、淳蔵が嘴でつつく。
『イテッ、なにすんだよ』
『あ、寝てるのかと思って』
「ん?」
椎名の爺さんが俺達に気付いた。淳蔵は飛び立って頭上の木の枝に乗り、俺は草むらに隠れる。
『あっ、ちょ、』
直治がとぐろを巻いた身体を解いて逃げる前に、椎名の爺さんがずんずん近寄ってきて直治を捕まえた。
「おー、『ヤマカガシ』だ」
気付いた千代と光もやってくる。
「千代さん、この森で蛇を見たことは?」
「初めて見ましたァ」
「こいつぁ『ヤマカガシ』といって、毒蛇ですヨ。『体色変異』つって、身体の模様や色が変わりやすい蛇でして、こいつは『黒化個体』ですナ」
「へえー!」
「大人しい蛇なんですが、稀に気の強い攻撃的な個体もいる。日本の蛇の中でも最も強い毒を持ってる蛇です。昔は神の蛇だなんて言われたこともあったナ。水辺を好んで寄ってくるから、噴水につられたのかねえ? それとも、さっき飛び立った鴉が捕まえた餌だったのかナ?」
「あっ、鴉ってあそこの枝にとまってる鴉ですかぁ?」
千代が淳蔵を指差す。
「『ハシブトガラス』ですナ。なんでも食べる。蛇もネ。人間の五歳児くらいの知能があるんですヨ。人間の言葉を真似て喋ることもありますヨ」
「おっ? あそこに鼠もいますね!」
「ドブ・・・? あ、いや、『アカネズミ』の黒化個体か? とりあえず、」
椎名の爺さんは淳蔵に向かって直治を投げた。ぽとり、と落下する。
「おい! 飯をとって悪かったよ!」
淳蔵は直治を掴んで、かあ、と鳴くと、館から離れた。俺も追いかける。
『なッにしてんだよトロくせえなァ』
『悪い。ちょっとデカく作り過ぎた。次からは小さくする』
『直治! お前、毒あるんだな!』
『みたいだな。ヤマカガシは図鑑で見たことあるんだが、『百聞は一見に如かず』だな。実際に見ても黒化個体だなんてわからなかったぞ』
『おい美代、お前までこっちに来ちまったら見張りが居なくなるだろ』
『別の角度から何匹か見させてるよ。抜かりはない』
『あ、そうなの』
直治がクネクネと身体を動かす。
『俺は監視には向いてない。直接見てた方が楽だ。無理を言ってでも手伝ってくるから、淳蔵、館まで運んでくれ』
『おう。美代、引き続き頼むぞ』
『はいよ』
淳蔵が直治を掴んで飛び上がる。俺は手を振って見送った。