百二十二話 勘?
文字数 1,700文字
白木が客として館にやってきた。
「おはようございます。素敵な夢は見られましたか?」
「その前に」
「なんでしょう」
「『エノク語』についてです。貴方の言った通り、『SEE YOU LATER』、『また会おう』でしたよ」
「また会えましたか?」
「・・・はい」
白木は鈍い反応をした。
「私はタクシーの運転手になっていました。助手席にはあの男が。客席に乗り込んできたのは、大きな荷物を持った愛美でした。愛美は泣いていました。運転席の窓をこんこんと叩かれたので窓を開けると、都さん、貴方が万札を三枚渡して、『駅まで送ってあげてください。お釣りはどうぞ』と私に言いました。私は、ラッキー、と思い、頷き、窓を閉めて車を発進させました」
白木は顔を横に振る。
「私は問います。『一条家を追い出されるなんて、お嬢さん一体なにをしたんだい?』と。愛美の返答は要領を得ないもので、少し会話するだけで健常者ではないとわかるようなものでした。私は愛美と話がしたくて、何故か男に『話をさせてくれ』と頼みました。男は人差し指で私が握っていたハンドルをつんつんとつつくと、車が独りでに走り出したんです。私は運転席から身を捻って愛美を見て、話し始めました」
都が考えるような仕草をした。
「実はね、私の両親は愛美が産まれる前に他界して、愛美の父である私の弟も、愛美の大学卒業と同時に病で他界しているんです。だから私には、『家族』と呼べる存在は愛美しか居ないんですよ」
都が頷いた。
「母親の束縛から目が覚めて独り立ちして、貧しいなりに一人で立派に暮らしていたのに、ホストなんかに入れ込んで多額の借金を抱えて、風俗で働いて精神を病んで、〇〇事件の犯人に。刑務所を出たあとも、春を鬻いで糊口を凌ぐ生活を送っていただなんて。どうしてそうなる前に、伯父である私に相談してくれなかったのか。私は愛美に伝わるよう、なるべく噛み砕いて、優しく言いました」
白木はぽろぽろと涙を流し、ハンカチを取り出すとそれを拭った。
「私にはねえっ、都さん。幼い頃の可愛い愛美の姿が、瞼の裏に焼き付いて、焦げ付いてとれないんですよっ・・・」
「それで、愛美さんは貴方の質問になんと返答を?」
「・・・タクシーはどんどん駅に近付いてゆき、ついに駅に着いてしまいました。愛美は荷物を持って座席から外に出ると、開けたドアから私を覗き込んで、こう言いました」
『悠にぃ、また会えて嬉しい。悪い子になってごめんなさい。いつかまた会おうね』
「私は、あれは愛美だと確信しました。『悠にぃ』は、二人っきりの秘密の呼び名だったのです。愛美は駅に行ったあと、消息を絶ってしまったのです」
「それは、勘ですか?」
「勘です」
「では、疑いは晴れたかしら?」
「・・・少なくとも、愛美の失踪に関しては、ですな」
「田崎さんの件ではまだ疑っているんですね」
「・・・警察官は身内に犯罪者が出ると、昇進が難しくなる。本来なら責任を取る形でやめるべきところを、私はしがみついて続けている。私は内部では鼻つまみ者です。その内、田崎浩の自殺についても、『これ以上、国民から貰った税金を無駄に使うな』と言われて調べられなくなるでしょうね」
「あらまあ」
「・・・不愉快な思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした」
白木が頭を下げた。
「構いませんよ、白木さん。面白い体験をさせていただきましたから」
白木が頭を上げる。
かちゃかちゃ。
ジャスミンの足音。
「・・・犬を飼っているんですか?」
「ええ。ジャスミンという名前です。撫でてもいいですよ。毛だらけになりますけど」
白木はジャスミンを撫でる。
「ハハハ、本当に毛だらけだ」
「室内飼いですので、遅い換毛期がきているんです」
「成程成程」
俺は見逃さなかった。白木がジャスミンの毛を手に握り込んだのを。
「では、帰ります。また客として来ても?」
「ええ、是非。またのお越しをお待ちしております」
チェックアウトし、帰って行く。
「都」
「わかってる」
都はテーブルに肘をつき、顔の前で祈るように手を組んだ。
「次はどんな夢を見るのか、どんな手土産を持ってくるのか、楽しみじゃない?」
都はにたりと笑う。ジャスミンもにぱっと笑った。
「おはようございます。素敵な夢は見られましたか?」
「その前に」
「なんでしょう」
「『エノク語』についてです。貴方の言った通り、『SEE YOU LATER』、『また会おう』でしたよ」
「また会えましたか?」
「・・・はい」
白木は鈍い反応をした。
「私はタクシーの運転手になっていました。助手席にはあの男が。客席に乗り込んできたのは、大きな荷物を持った愛美でした。愛美は泣いていました。運転席の窓をこんこんと叩かれたので窓を開けると、都さん、貴方が万札を三枚渡して、『駅まで送ってあげてください。お釣りはどうぞ』と私に言いました。私は、ラッキー、と思い、頷き、窓を閉めて車を発進させました」
白木は顔を横に振る。
「私は問います。『一条家を追い出されるなんて、お嬢さん一体なにをしたんだい?』と。愛美の返答は要領を得ないもので、少し会話するだけで健常者ではないとわかるようなものでした。私は愛美と話がしたくて、何故か男に『話をさせてくれ』と頼みました。男は人差し指で私が握っていたハンドルをつんつんとつつくと、車が独りでに走り出したんです。私は運転席から身を捻って愛美を見て、話し始めました」
都が考えるような仕草をした。
「実はね、私の両親は愛美が産まれる前に他界して、愛美の父である私の弟も、愛美の大学卒業と同時に病で他界しているんです。だから私には、『家族』と呼べる存在は愛美しか居ないんですよ」
都が頷いた。
「母親の束縛から目が覚めて独り立ちして、貧しいなりに一人で立派に暮らしていたのに、ホストなんかに入れ込んで多額の借金を抱えて、風俗で働いて精神を病んで、〇〇事件の犯人に。刑務所を出たあとも、春を鬻いで糊口を凌ぐ生活を送っていただなんて。どうしてそうなる前に、伯父である私に相談してくれなかったのか。私は愛美に伝わるよう、なるべく噛み砕いて、優しく言いました」
白木はぽろぽろと涙を流し、ハンカチを取り出すとそれを拭った。
「私にはねえっ、都さん。幼い頃の可愛い愛美の姿が、瞼の裏に焼き付いて、焦げ付いてとれないんですよっ・・・」
「それで、愛美さんは貴方の質問になんと返答を?」
「・・・タクシーはどんどん駅に近付いてゆき、ついに駅に着いてしまいました。愛美は荷物を持って座席から外に出ると、開けたドアから私を覗き込んで、こう言いました」
『悠にぃ、また会えて嬉しい。悪い子になってごめんなさい。いつかまた会おうね』
「私は、あれは愛美だと確信しました。『悠にぃ』は、二人っきりの秘密の呼び名だったのです。愛美は駅に行ったあと、消息を絶ってしまったのです」
「それは、勘ですか?」
「勘です」
「では、疑いは晴れたかしら?」
「・・・少なくとも、愛美の失踪に関しては、ですな」
「田崎さんの件ではまだ疑っているんですね」
「・・・警察官は身内に犯罪者が出ると、昇進が難しくなる。本来なら責任を取る形でやめるべきところを、私はしがみついて続けている。私は内部では鼻つまみ者です。その内、田崎浩の自殺についても、『これ以上、国民から貰った税金を無駄に使うな』と言われて調べられなくなるでしょうね」
「あらまあ」
「・・・不愉快な思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした」
白木が頭を下げた。
「構いませんよ、白木さん。面白い体験をさせていただきましたから」
白木が頭を上げる。
かちゃかちゃ。
ジャスミンの足音。
「・・・犬を飼っているんですか?」
「ええ。ジャスミンという名前です。撫でてもいいですよ。毛だらけになりますけど」
白木はジャスミンを撫でる。
「ハハハ、本当に毛だらけだ」
「室内飼いですので、遅い換毛期がきているんです」
「成程成程」
俺は見逃さなかった。白木がジャスミンの毛を手に握り込んだのを。
「では、帰ります。また客として来ても?」
「ええ、是非。またのお越しをお待ちしております」
チェックアウトし、帰って行く。
「都」
「わかってる」
都はテーブルに肘をつき、顔の前で祈るように手を組んだ。
「次はどんな夢を見るのか、どんな手土産を持ってくるのか、楽しみじゃない?」
都はにたりと笑う。ジャスミンもにぱっと笑った。