六十話 悪魔祓い

文字数 2,160文字

「淳蔵、今日は一段と顔がいいじゃねえか」

「うるせばーか」


淳蔵の頬には湿布が貼られていた。


「美代、雅のライン見ただろ。クール便で蟹がくるぞ」

「ああ、見た見た。そのまま食うのはちょっとな。パスタにするか」


下らない話を続けていると、突然、ぞわ、と寒気が走った。


「っ」

「う!」

「あっ」


淳蔵と直治もそうらしい。


「なんだ」

「敷地の入り口だ」

「行こう」


なにか、来た。走って館の外に出ると、敷地の入り口、本当にギリギリのところに都が立っていた。


「なっ!?」


都の対面に誰か居る。俺達は全力疾走した。淳蔵が都と誰かの間に割って入り、直治が都を引っ張って後退させる。俺は淳蔵の斜め後ろに立った。


「お、ぞろぞろ出てきた」


短髪の若い女だ。全身刺青だらけの。


「なんだテメェ」

「悪魔祓い」


淳蔵の威嚇に、馬鹿みたいな答えが返ってくる。


「淳蔵」

「みや、」

「下がってろ喋ってんだ」


都が怒っている。淳蔵はビクッと身を竦ませて都の顔を見た後、そっと身体を躱した。


「入れろよ」

「入りたきゃ入れよ」

「入れないから言ってんだろ」

「門扉開いてんだろ? あ?」


俺はそっと都の顔を見た。直治も見たらしい。客用の笑顔で言っている。かなり怖い。


「口の悪いばあさんだな。イライラしてんのか? 更年期障害か?」

「テメェは生理か? 臭ぇぞ?」

「顔のいい男ばっか揃えて変態か?」

「そーです変態おじさんです。それがなにか?」

「雑魚に興味ないんだよ。親玉出せや」

「俺で十分だつってんだよ。かかってこいや」


お、俺。都が自分のことをそう呼ぶなんて。


「出られねえくせに大口叩くな」

「入れねえくせに大口叩くな」

「出てこいや」

「入ってこいよ」


話が平行線を辿っている。


「で、て、こ、い」

「は、い、れ」

「出てくるまで帰らねえぞ」

「好きなだけそこで野宿しろボケが」

「ほんとにするぞ」

「しろや」

「・・・埒が明かねえ」

「こっちの台詞だよ」

「なあ、兄さん達。この女になにかしらの形で利用されてるんだろ? 解放してやるから、私を中に入れさせるか、中に居る親玉連れてきてくれよ」

「俺と喋ってる途中だろうが!」

「テメェ口臭ぇんだよ、喋る気失せたわ」

「失せたんなら帰れや」

「帰らねーつってんだよ」


わん! とジャスミンの鳴き声がした。刺青の女がぴたっと固まる。


「あーれー? 皆さんお揃いで、なーにしてるんですかー?」


ジャスミンの散歩のために外に出たのであろう千代が、呑気な声を出した。


「あっ! ジャス! 引っ張っちゃ駄目! ああっ!」


馬鹿力で千代の手からリードを奪ったジャスミンが、尻尾をぶんぶん振りながら近寄ってくる。


「あああっ! すみませんーッ!」


ジャスミンは刺青の女の周りをくるくると回り、女の前に座ると、オテとオカワリを繰り返した。


「ほんッとーにすみません! ああっ、お客様ですか!? いらっしゃいませェ!」

「千代さん、こちらの方は道を尋ねに来ただけなの。お客様じゃないわよ」

「あっ、そうでしたかァ! ジャスミンの散歩、行って参りまァす!」


千代はリードを拾うと、くいくいと引っ張る。ジャスミンは大人しく着いて行った。沈黙が横たわる。


「どうしたクソガキ。かかってこいよ」

「・・・帰る」

「またお越しくださいませ」

「二度と来ねえよ」


都の足元に唾を吐き、刺青の女は言葉通り帰っていった。都は苛立った様子で髪をバリバリと掻く。


「み、都、今のは?」

「キチガイじゃね?」

「あ、そ、そうですね・・・」


淳蔵が消え入りそうな声で言う。


「疲れた。寝る」


都が館に向かって歩いていく。俺達は都が怖くて、ただそこに突っ立っていた。


「お、俺、吐きそう」

「・・・悪魔祓いって言ってたな」

「都の態度を見る限り、本物なん、だろうな」

「うぅ」

「淳蔵! しっかりしろ! 今回、お前は悪くない」

「はぁ・・・。戻るか」


その日の夕食。千代が食べる前にぺらぺら喋り始めた。


「あのォ、都様。直治様にはもうお話したんですけど、先程の道を尋ねてきた人、不審者じゃないですかねェ?」

「あら、なにかあったの?」

「ジャスミンの散歩に着いてきてたんですよォ。立ち止まって振り返ったらそのまま近付いてきて、『お前はあの家の家政婦か』と聞かれたので、『メイドです』と訂正しましたら、ちょっと首を傾げたあとに『内部事情に詳しいよな?』と言いまして、『個人情報ですのでなにを聞かれてもお答えできません』と返しました」

「それで?」

「ジャスミンが尻尾を振りながらお腹を見せて寝転んだり、遊びに誘ってる仕草を見せたんです。そしたらその人、『可愛い犬だな、触っていいか』と言うので、不審者に触らせるのはどうかなァと思ってお断りしましたら、黙って帰って行きました」

「そう。次見かけたら通報してちょうだい」

「はい!」

「直治」

「ん?」

「どうしてすぐ報告に来ない」

「す、すみません。寝ていると思ったので」

「・・・優先順位もわからないのか?」

「すみません・・・」

「ああ、そうそう都様、もひとつ報告があってェ」

「なあに?」

「雅さんが北海道で蟹を買ったそうです! クール便で送ってくださるそうですよ!」


ぴた、と都が手を止めた。


「ほんと?」

「はい!」

「やった! 大好物なの!」

「あ、都。パスタにするのはどうかな?」

「いいわね。楽しみにしてるわ」


都の機嫌が直ったので、漸く俺達は安心して食事することができた。
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