三百九話 都に休日を

文字数 1,896文字

「ん?」


廊下になにか落ちてる。手帳?


『〇〇月××日 曇り

 淳蔵〇 美代△ 直治〇
 千代さん◎ 桜子さん〇

 季節の変わり目。
 美代が疲れ気味。
 青唐の味噌汁が辛くて美味しかった。』


「・・・日記だ、これ」


見てはいけないものだ。しかし見なくてはいけないらしい。親切な白い悪魔が俺の前までやってきて、オスワリをしてオテとオカワリを繰り返している。


「都に返すぞ」


ご機嫌な時の仕草をやめて、じ、と上目遣いでまるで睨むように見つめてくる。


「ジャスミンよ、こういうのは見ちゃいけないだろ?」


じっ・・・。


「・・・読めってか?」


オテ、オカワリ、オテ、オカワリ。


「わかったよ、ったく・・・」


俺は自室に戻り、一番初めのページから開いた。


『〇〇月××日 晴れ

 淳蔵〇 美代〇 直治◎
 千代さん◎ 桜子さん◎

 お餅の食べ過ぎに注意する。
 直治とデートした。
 繋いだ手が大きくてドキドキした。大好き。』


「あンの野郎ォ・・・」


嫉妬してしまった。


『〇〇月××日 晴れ

 淳蔵〇 美代〇 直治◎
 千代さん◎ 桜子さん〇

 お餅が美味しい。
 淳蔵がお汁粉の粒は許せると言っていた。
 蓋し名言である。』


「ンフッ、なんじゃこりゃ・・・」


どうやら月日と天気、俺達の体調、その日あったことを三行でまとめているようだ。


「ん?」


『〇〇月××日 曇り

 淳蔵〇 美代♡ 直治◎
 千代さん◎ 桜子さん〇

 チョコと玄米茶はおかしいと言われた。
 おかしくない!
 新しいハンドクリームが良い感じ。』


なんだろう、このハートマークは。ページをめくると時々出てくる。そして、ふと気付いた。


『〇〇月××日 雨

 淳蔵♡ 美代〇 直治〇
 千代さん◎ 桜子さん〇

 淳蔵の手、男らしくて好き。
 淳蔵の髪でマフラーを編みたいくらい好き。
 流石に気持ち悪いか。』


覚えている。雨の夜に抱かれるのが好きだから。雨が齎す閉塞感が好きだから。このハートマークは、俺達とえっちなことをした印だ。なにメモしてんだよ都。馬鹿じゃねえの。俺は恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまった。


『〇〇月××日 晴れ

 淳蔵〇 美代〇 直治〇
 千代さん◎ 桜子さん〇

 杏仁豆腐に生クリームはおかしいと言われた。
 直治許さねえ。
 ほうじ茶が美味しかったからすぐ許したけど。』


駄目だとわかっているのに、読み進めてしまう。


『〇〇月××日 曇り

 淳蔵◎ 美代〇 直治◎
 千代さん◎ 桜子さん♡

 空き時間に下着のデザインを描き始めた。
 早く桜子さんに着せたい。
 息子達にもランジェリーを作ろう。』


「勘弁してくれ・・・」


『〇〇月××日 雨

 淳蔵♡ 美代◎ 直治〇
 千代さん◎ 桜子さん〇

 お客様のために淳蔵がスーツで送迎。
 スーツ姿格好良くて大好き。我慢できなかった。
 疲れてるだろうから自重しなくちゃ。』


『〇〇月××日 晴れ

 淳蔵〇 美代◎ 直治△
 千代さん◎ 桜子さん◎

 客がベタベタしてきたから直治が不機嫌。
 美代にブーツ履いてもらおうかな。
 似合うと思う。黒か焦げ茶。』


『〇〇月××日 晴れ

 淳蔵◎ 美代◎ 直治◎
 千代さん◎ 桜子さん◎

 美代、いつも良い匂い。
 仕事する時の真剣な横顔が格好良い。
 思い出したらドキドキしてきた。大好き。』


『〇〇月××日 晴れ

 淳蔵◎ 美代〇 直治〇
 千代さん◎ 桜子さん◎

 可愛いから買ったけど着ない服を
 千代さんにあげた。喜んでくれて嬉しい。
 やっぱり可愛い服は可愛い人が着ないとね。』


「自己評価低いなァ・・・。そこが庇護欲くすぐられるんだけど・・・」


ぱらぱらと読み進める。最後のページ。昨日の日付だ。


『〇〇月××日 晴れ

 淳蔵〇 美代◎ 直治◎
 千代さん◎ 桜子さん◎

 うーん、都ちゃんは体調×かも。
 副社長に甘えてちょっと休みたい。
 でももっと働いて副社長に休日をあげたい。』


「おやまあ・・・」


ジャスミンが部屋の鍵を勝手に開けてドアを勢いよく開き、中に入ってきた。都の日記を渡すと、はむ、と慎重に咥えて、尻尾を振りながら部屋を出ていった。俺も部屋を出て、美代の事務室に向かう。

こんこん。


『どうぞ』


事務室の中には直治も居た。何故か顔を真っ赤にしている。


「あ、取り込み中だったか?」

「あー・・・。淳蔵、廊下になにか、落ちてなかったか?」


察した。


「あの馬鹿犬、プライバシーってもんがあるだろ・・・」

「二日くらい休んでもらおうと思う」

「成程。じゃあ、客の話し相手は俺がするわ」

「丁度それで呼ぼうと思ってたところなんだよ。明日一日、いいよな?」

「いいぜ」


直治は俯き、鼻で大きく息を吸い、シャツを引っ張った。


「自重中だ」


美代が言い、直治が頷く。


「お前も自重しろよ」

「お前もな」

「おう」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み