二話 淳蔵

文字数 2,556文字

「都」

「なあに?」

「直治を散歩に連れてった」

「ジャスミンの散歩でしょ」

「どっちでもいいだろ! それより、褒美に『アレ』してくれよ」

「今すぐ?」

「今すぐ!」


都は読んでいる本をぱたんと閉じた。都の自室に繋がっている風呂場の脱衣所に二人で入り、服を脱ぐ。俺は全裸で都は下着姿だ。色気もなにもない薄い灰色の下着。もう少し気を遣えばいいのにと余計なことを考えたが、余計なので口には出さない。俺達は浴室に入る。初めてここに入った時は、金持ちは無駄に部屋を広くするもんだと嫌味を言ったものだ。今はこの広さに感謝している。都が膝をつき、俺は椅子に座って頭を都に差し出す。都はシャワーの温度を調節すると、そっと俺の身体に湯を伝わせた。


「熱い?」

「んー、丁度良い」

「髪にかけるよ」


湯が頭皮を通って髪の先まで走っていく。都の右手が優しく俺の頭皮を揉み解す。俺の身体から緊張や不安が溶けてなくなっていくのを感じた。


「シャンプーするよ」

「んー」


かしゅかしゅとポンプを押す音がする。髪がシャンプーで泡立つ。何も考えられない。目が眩むくらい気持ちいい。


「お客様、痒いところはありませんか?」

「あいません・・・」


呂律も回らない。都はたっぷりのお湯を使って俺の髪からシャンプーを流すと、リンス、コンディショナーと洗剤を変えていった。


「都」

「はい」

「勃っちまった・・・」

「いつものやつ、する?」

「うん」


俺は髪をかき上げて都に口付けると、椅子から腰を上げた。都は膝をつき、腹の前で手を組んで待っている。俺は都の顔に男根を擦りつけた。肌理の細かい柔らかい肌の感触。征服欲が満たされ、腰にゾクゾクと電流が走る。くらくらくらんで気を失いそうだ。


「都・・・」

「なあに?」

「都がなんでもしてくれるから、俺も都のためになんでも・・・」


都は音もなく笑った。そして俺の男根をしゃぶり始めた。どうしてこんな女神みたいな人が、俺みたいなクズを母性と情欲に満ちた愛でくるんでくれるのだろう。

俺と都の出会いは最悪だった。

俺は所謂『ヤク中』で、薬のためなら殺人以外はなんでもやった。そうするうち小さなグループの一員になって、ただのチンピラから反社会的勢力の『犬』になった。犬になって暫く経った頃、俺達のグループは殺人の依頼を受けた。夢の館の主、一条都を殺すこと。なんでも、組のお偉いさんが妾にならないかと都に持ち掛けたが、都は必要以上に貶して手酷く断ったらしい。それに腹を立てたお偉いさんが、酷い目に遭わせてから殺せ、金目の物は持って来いと俺達に命令した。俺達は六人のグループだった。二人は運転役に車に。残り四人で都の館に突入した。女の一人暮らしにしては広い、いや、広すぎる館だ。そこに、ヤツがいた。

ジャスミンだ。

体重40キロの少し大きいラブラドール・レトリーバー。ジャスミンは玄関のホールで俺達を待っていた。充血した目をひん剥いて、泡を吹きながら牙だらけの口をがつがつと噛み合わせ、全身の筋肉が盛り上がり血管の波が広がっていた。催涙スプレーもスタンガンも効かなかった。異常だ。二人やられ、一人は逃げた。残った俺は、突然背後に現れた都に椅子で殴られて気を失った。

次に目が覚めたとき、俺は館の地下室に居た。

ベッドにガチガチに固定され、動くことはできない。都は俺の頭を撫でると、こう言った。


『お前を気に入ったから息子にする』


監禁生活が始まった。薬は一切もらえない。俺は禁断症状に苦しんだ。糞便を部屋中に巻き散らかしたこともある。それでも都は優しい態度で俺に接し続けた。三年の時を経て、俺は地下室から館に、更に二年の時を経て館の外の町にまで出られるようになった。その頃にはもう、俺は都に夢中だった。


「都、もう・・・」


俺がそう言うと、都は俺の男根から口を放し、這って移動すると俺の尻の穴を舐め始めた。気持ち良い。気持ち良すぎる。俺は利き腕で男根をしごく。


『都様ッ!!』


私は自分の声で吃驚して跳ね起きた。秘書検定の勉強をしながら眠っていたらしい。


「い、い、い、今のは・・・?」


とんでもない夢を見てしまった気がする。


「絵葉ちゃんったら、疲れてるのかな・・・」


自分の下着が濡れているのに気が付いて、


「・・・いや、健康なのかも」


と額に手を当てて溜息を吐いた。あと一時間で休憩が終わる。一時間なんてあっという間だ。次の勤務時間のために参考書を片付けて、ほっと一息だけついて、仕事の準備していると、本当にあっという間に終わってしまった。

仕事が始まる。

百子さんに叱られながらもなんとか仕事をこなす。今日は宿泊客はいない。客が居ない日は、都様も三人の息子達も、メイドの私達も同じ食堂で食事を摂る。美代様が料理当番の日は、美代様も食事や食器を運ぶのを手伝ってくださる。

都様は一番奥の上座。その左手に淳蔵様と美代様、右手に直治様。二つ席を開けて百子さんと私が座る。私は食堂で淳蔵様を見た時、思わず顔を背けてしまった。頬が熱くなるのを感じる。あんな、あんなにも、感触さえはっきりとわかるような夢を見て、直視することなんてできなかった。


「絵葉っ! 早くしなさい!」


百子さんに小声で叱られ、私は慌てて配膳を手伝い、席に着いた。


「いただきます」

『いただきます』


食事が始まってすぐ、


「百子さん、絵葉さんはどう?」


と、都様が聞いた。


「え・・・、ええ! とってもよく働いてくれます!」

「そう。実は半年後の八月に、宿泊客を増やす予定なの。私と美代も手伝うけど、貴方達二人で回せそう? あんまり人は雇いたくないんだけど、人手が足りないようならもう一人雇おうかなって思ってるの。どう?」

「ど、どう、ですか。そうですねぇ、絵葉さんだけでは少々足りないかもしれません!」


百子さんは弾けるような笑顔で言った。食器が触れ合う音が静かに響く。


「絵葉さんは、どう?」

「あ、はい、もう一人居ると、良いと思います」


私はぎこちなく答えた。


「じゃあもう一人雇いましょうか。良さそうな人を見つけておくから、二人共期待しておいてね」

「はい!」

「は、はい・・・」


なんだか最近、百子さんの態度が、徐々に冷たくなっていってるような気がする。でも、もう一人居れば、仕事が楽になるのも事実だ。

今は二月。半年後の八月までの間に、もう一人、メイドが増える・・・。
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