二百十六話 ソロモンの指輪
文字数 2,753文字
談話室でいつも通り会話していると、慌ただしい足音を立てて都が現れた。
「美代! お茶淹れて二人分! 淳蔵と直治は千代さんと桜子さんを呼んできて!」
既視感。談話室を飛び出る。客は『ダンディなおじさま』という言葉がぴったり似合いそうな男と、青いドレスを着た老婆の医者だった。男の顔には見覚えがあった。年齢はかわっているが『宝石商』の男だ。
俺が茶を淹れて談話室に戻ると、上座に宝石商と医者、右手に淳蔵と直治、左手に千代と桜子が間隔を詰めて座っていて、千代が俺に座るよう手の平で促した。都は下座。俺は小さく頷いてから茶を出して、千代の隣に座る。
「都ちゃん、君はいつも僕を楽しませてくれるね」
「御託はいい。ホムンクルスを入手したってのは本当なのかい?」
都が、ちら、と桜子の方を見ると、宝石商と医者は素早く目で追った。俺達の視線の的である桜子が緊張した様子で瞬き、唇を引き締める。
「この子が?」
宝石商が問う。
「はい。手を握っていただければ、診察していただければわかります」
『おお!』と宝石商と医者が感嘆の声を上げる。医者が茶の乗ったテーブルをずりずりと淳蔵と直治の方に押し、二人は身動きが取れなくなってしまった。その間に宝石商が桜子の両手を取って握りしめ、にこにこしながら桜子を見つめる。
「おお、おお、こんな感触なのかぁ・・・」
「あ、あの、」
「なに抜け駆けしてんだい色ボケジジイ! あたしが先だよ!」
医者は医療器具を取り出して床に並べる。
「み、都様・・・?」
「おじさまは宝石商なの。両手を握ると、その人にどんなアクセサリーが似合うのかわかるんですって。先生はお医者様なのよ。まずは先生に、不調が無いか調べてもらったらどう、かな?」
医者が勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ハン、わかってるじゃないかい。さ、どきなジジイ」
「おやおやまあまあ。まっ、あとでゆっくりと味わうとするか・・・」
医者が桜子の診察を始めた。
「噂になってるんですか?」
都が問う。
「そりゃあね。モーリー家を潰しただなんて聞いた時は、ちょっとどうかと思ったよ」
宝石商が答えた。
「文句があるのなら乗り込んでくればよろしい」
都が強気に言う。宝石商も医者も少し笑った。
「あそこは『グレーゾーン』だ。我々が接触して知識を与えたら、また聖書や『グリモワール』に妙なことを書かれかねない。触ってはいけないのは暗黙の了解だっただろう?」
「そうなんですか? 知りませんでした」
「フフッ、君の魅力であり欠点だね、そういうところ。しかし、何故モーリー家なんだい? あそこは悪い意味で日本一だろう? たった一代で財を食い潰した馬鹿息子、ってね。放っておいても、そのうち人間同士で潰し合うだろうに、君がわざわざ手間暇をかけるだなんてね。ホムンクルスが欲しいのなら、本場のヨーロッパで良質なモノを仕入れればよかったのに。そのくらいの金はあるだろう?」
「私がその子を気に入ったから、わ、ざ、わ、ざ、手間暇をかけたんですよ」
「ほう。偽善者の考えることはよくわからんね」
「『一日一偽善』をモットーにしておりますから」
都が笑うと、宝石商も笑った。
「都、この子ちょいと『貧血』なんじゃないのかい?」
医者が言う。桜子は毎日ジャスミンの血が入ったカプセルを飲んでいるので、恐らくそのことだろう。
「一日一回では足りませんか?」
「二回にしな。二ヵ月もすりゃ安定して血も要らなくなる。あとは具合の悪い時に飲ませればいいよ。じゃ、満足したから帰るわ。お代は結構」
床に広げた医療器具を一つ一つ丁寧に鞄に仕舞い、医者は立ち上がる。
「先生、この後デートでも」
宝石商の言葉を無視して、医者は帰っていった。
「振られちゃったか。じゃ、商品を渡すよ」
「私はなにも。またジャスミンが?」
「いや? 君が面白いことをするから、ショーの見物代だよ」
宝石商は、桜子の手を握った。
「お嬢さんのお名前は、桜子、だね?」
「はい」
「うんうん。サファイア、だねえ」
そう言ってズボンのポケットから取り出したのは、ピアッサーだった。
「なんですか、それは?」
「ピアスの穴を開ける機械だよ。耳を挟んで、ぱちっ、とね。怖いのならやめておくが、どうする?」
「お願いします」
「取り付けたら二度と外せないけど、いいのかい?」
「はい」
桜子が耳に髪をかけた。宝石商はポケットから質量を無視して消毒液のボトルとコットンを取り出し、桜子の耳朶を消毒する。
「動いちゃ駄目だよ」
「はい」
「さん、にい、いち」
ぱちっ、と音が鳴って、桜子の耳朶に小さなサファイアが輝く。もう片方の耳朶にも、ぱちっ、という音と共に、ピアスが装着された。宝石商は風呂の入り方、洗浄の仕方を桜子に教える。
「なんの効果があるんですか?」
「『魔力の集積』と『魔力の変換』だね。この山の中や、一条家の人間の傍に居ると、無制限に魔力が集積されていく。その魔力を変換して『使い魔』や『特殊能力』を使用できる、というわけ。そのうちわかるさ」
「ありがとうございます」
都が頭を下げる。宝石商は千代に近付いた。
「ちーよちゃん」
「はァい!」
「すけべなじいじとお庭デートしてくれたら、可愛いネックレスあげちゃうゾ?」
「増幅器ですかァ?」
「そゆことそゆこと」
「では、」
「駄目よ千代さん!」
「お尻もお乳も減りませんので構いませんよう。増幅器ほしーですしィ」
「私が代金を、」
「ささっ! 行きましょうおぢさま!」
「ホホホホホッ! じゃあねー!」
千代が宝石商の腕に自分の腕を絡めると、宝石商はだらしない笑みを浮かべた。都が制止するのも虚しく、二人は談話室を出ていった。
「・・・はぁ。お茶も飲まずに帰るなんて」
「助けてくれー」
淳蔵があまり困ってない様子で言う。都が二つのお茶を手に持った。俺はちょっとだけ力を出してテーブルを持ち上げ、元の位置に戻す。都がお茶を自分の手前に置き、飲み始める。
「千代さんにお説教・・・するべきじゃない・・・かな・・・」
「だなァ」
「あの人ね、」
都が視線を逸らし、少し言い淀んだ。
「『ソロモンの指輪』を探してるのよ」
「天使や悪魔を使役できるという指輪ですか?」
「そう。・・・フフッ」
都は突然、にやりと笑った。
「アスモデウスに騙されて指輪を奪われて、海に捨てられた・・・、ってね。私なら、そんな詰めの甘いことはしないのに・・・」
俺は何故だか、どきっとした。
「ソロモン王は偶然釣り上げた魚の腸から指輪を見つけて、アスモデウスから王座を奪い返した。ソロモンの指輪は今、どこにあるのだか・・・」
「・・・都って、何者、なんだ?」
淳蔵が聞いた。直治も俺も緊張する。
「貴方のママでしょ?」
都は談話室を出ていった。
「・・・何者なんだよ、マジで」
「神様、なのでは?」
「・・・かもなァ」
淳蔵の溜息を聞いた桜子が、くすくすと笑った。
「美代! お茶淹れて二人分! 淳蔵と直治は千代さんと桜子さんを呼んできて!」
既視感。談話室を飛び出る。客は『ダンディなおじさま』という言葉がぴったり似合いそうな男と、青いドレスを着た老婆の医者だった。男の顔には見覚えがあった。年齢はかわっているが『宝石商』の男だ。
俺が茶を淹れて談話室に戻ると、上座に宝石商と医者、右手に淳蔵と直治、左手に千代と桜子が間隔を詰めて座っていて、千代が俺に座るよう手の平で促した。都は下座。俺は小さく頷いてから茶を出して、千代の隣に座る。
「都ちゃん、君はいつも僕を楽しませてくれるね」
「御託はいい。ホムンクルスを入手したってのは本当なのかい?」
都が、ちら、と桜子の方を見ると、宝石商と医者は素早く目で追った。俺達の視線の的である桜子が緊張した様子で瞬き、唇を引き締める。
「この子が?」
宝石商が問う。
「はい。手を握っていただければ、診察していただければわかります」
『おお!』と宝石商と医者が感嘆の声を上げる。医者が茶の乗ったテーブルをずりずりと淳蔵と直治の方に押し、二人は身動きが取れなくなってしまった。その間に宝石商が桜子の両手を取って握りしめ、にこにこしながら桜子を見つめる。
「おお、おお、こんな感触なのかぁ・・・」
「あ、あの、」
「なに抜け駆けしてんだい色ボケジジイ! あたしが先だよ!」
医者は医療器具を取り出して床に並べる。
「み、都様・・・?」
「おじさまは宝石商なの。両手を握ると、その人にどんなアクセサリーが似合うのかわかるんですって。先生はお医者様なのよ。まずは先生に、不調が無いか調べてもらったらどう、かな?」
医者が勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ハン、わかってるじゃないかい。さ、どきなジジイ」
「おやおやまあまあ。まっ、あとでゆっくりと味わうとするか・・・」
医者が桜子の診察を始めた。
「噂になってるんですか?」
都が問う。
「そりゃあね。モーリー家を潰しただなんて聞いた時は、ちょっとどうかと思ったよ」
宝石商が答えた。
「文句があるのなら乗り込んでくればよろしい」
都が強気に言う。宝石商も医者も少し笑った。
「あそこは『グレーゾーン』だ。我々が接触して知識を与えたら、また聖書や『グリモワール』に妙なことを書かれかねない。触ってはいけないのは暗黙の了解だっただろう?」
「そうなんですか? 知りませんでした」
「フフッ、君の魅力であり欠点だね、そういうところ。しかし、何故モーリー家なんだい? あそこは悪い意味で日本一だろう? たった一代で財を食い潰した馬鹿息子、ってね。放っておいても、そのうち人間同士で潰し合うだろうに、君がわざわざ手間暇をかけるだなんてね。ホムンクルスが欲しいのなら、本場のヨーロッパで良質なモノを仕入れればよかったのに。そのくらいの金はあるだろう?」
「私がその子を気に入ったから、わ、ざ、わ、ざ、手間暇をかけたんですよ」
「ほう。偽善者の考えることはよくわからんね」
「『一日一偽善』をモットーにしておりますから」
都が笑うと、宝石商も笑った。
「都、この子ちょいと『貧血』なんじゃないのかい?」
医者が言う。桜子は毎日ジャスミンの血が入ったカプセルを飲んでいるので、恐らくそのことだろう。
「一日一回では足りませんか?」
「二回にしな。二ヵ月もすりゃ安定して血も要らなくなる。あとは具合の悪い時に飲ませればいいよ。じゃ、満足したから帰るわ。お代は結構」
床に広げた医療器具を一つ一つ丁寧に鞄に仕舞い、医者は立ち上がる。
「先生、この後デートでも」
宝石商の言葉を無視して、医者は帰っていった。
「振られちゃったか。じゃ、商品を渡すよ」
「私はなにも。またジャスミンが?」
「いや? 君が面白いことをするから、ショーの見物代だよ」
宝石商は、桜子の手を握った。
「お嬢さんのお名前は、桜子、だね?」
「はい」
「うんうん。サファイア、だねえ」
そう言ってズボンのポケットから取り出したのは、ピアッサーだった。
「なんですか、それは?」
「ピアスの穴を開ける機械だよ。耳を挟んで、ぱちっ、とね。怖いのならやめておくが、どうする?」
「お願いします」
「取り付けたら二度と外せないけど、いいのかい?」
「はい」
桜子が耳に髪をかけた。宝石商はポケットから質量を無視して消毒液のボトルとコットンを取り出し、桜子の耳朶を消毒する。
「動いちゃ駄目だよ」
「はい」
「さん、にい、いち」
ぱちっ、と音が鳴って、桜子の耳朶に小さなサファイアが輝く。もう片方の耳朶にも、ぱちっ、という音と共に、ピアスが装着された。宝石商は風呂の入り方、洗浄の仕方を桜子に教える。
「なんの効果があるんですか?」
「『魔力の集積』と『魔力の変換』だね。この山の中や、一条家の人間の傍に居ると、無制限に魔力が集積されていく。その魔力を変換して『使い魔』や『特殊能力』を使用できる、というわけ。そのうちわかるさ」
「ありがとうございます」
都が頭を下げる。宝石商は千代に近付いた。
「ちーよちゃん」
「はァい!」
「すけべなじいじとお庭デートしてくれたら、可愛いネックレスあげちゃうゾ?」
「増幅器ですかァ?」
「そゆことそゆこと」
「では、」
「駄目よ千代さん!」
「お尻もお乳も減りませんので構いませんよう。増幅器ほしーですしィ」
「私が代金を、」
「ささっ! 行きましょうおぢさま!」
「ホホホホホッ! じゃあねー!」
千代が宝石商の腕に自分の腕を絡めると、宝石商はだらしない笑みを浮かべた。都が制止するのも虚しく、二人は談話室を出ていった。
「・・・はぁ。お茶も飲まずに帰るなんて」
「助けてくれー」
淳蔵があまり困ってない様子で言う。都が二つのお茶を手に持った。俺はちょっとだけ力を出してテーブルを持ち上げ、元の位置に戻す。都がお茶を自分の手前に置き、飲み始める。
「千代さんにお説教・・・するべきじゃない・・・かな・・・」
「だなァ」
「あの人ね、」
都が視線を逸らし、少し言い淀んだ。
「『ソロモンの指輪』を探してるのよ」
「天使や悪魔を使役できるという指輪ですか?」
「そう。・・・フフッ」
都は突然、にやりと笑った。
「アスモデウスに騙されて指輪を奪われて、海に捨てられた・・・、ってね。私なら、そんな詰めの甘いことはしないのに・・・」
俺は何故だか、どきっとした。
「ソロモン王は偶然釣り上げた魚の腸から指輪を見つけて、アスモデウスから王座を奪い返した。ソロモンの指輪は今、どこにあるのだか・・・」
「・・・都って、何者、なんだ?」
淳蔵が聞いた。直治も俺も緊張する。
「貴方のママでしょ?」
都は談話室を出ていった。
「・・・何者なんだよ、マジで」
「神様、なのでは?」
「・・・かもなァ」
淳蔵の溜息を聞いた桜子が、くすくすと笑った。