三話 美代

文字数 2,568文字

季節は三月。百子さんは相変わらず微妙な態度だが、私はなんとか仕事を覚えて日々が少しずつ楽しくなってきた。


『都』


あれ?

私の声じゃない。私の身体じゃない。瞬きした途端、景色が、呼吸が、こきうが、くるしい。胸が、身体が張り裂けそう。


「美代、おいで」


興奮している。私は、俺は、俺は興奮している。今日の都はストッキングを履いていた。ストッキングの日は『アレ』の日だ。今朝会ってからもうそのことしか考えられない。


「人払いは済ませたの?」

「抜かるわけないだろ・・・」

「えっちですねぇ、美代君。勃起したままこの部屋まで歩いてきたんですか?」


都は音もなく笑った。俺は服を脱いで都のベッドに寝転がる。身体が熱い。早く、早く。都が準備をしている。ぎし、ベッドに都が腰掛けてストッキングを脱ぐ。それを準備した洗面器の中、ローションの中に突っ込んだ。


「都・・・。耳、噛んで・・・」


ローションが浸るまでの間、俺は愛撫をせがむ。都は俺の耳元に唇を寄せ、にゅるにゅるとした舌でべろべろと舐めると、耳朶を軽く噛んで引っ張った。


「好き・・・。都、好き・・・」


嬉しい。世界一幸せで、溢れてしまう。


「自分のことも、もうちょっと好きになってくれると嬉しいんだけどね」

「それは無理」

「あちゃー」


都が俺用の枕をぼふんと俺の胸に乗せた。俺は『うるさい』ので仕方がない。口元を押さえるように枕を抱えると、都が洗面器からローション塗れのストッキングを取り出した。そして俺のいきり立った男根の亀頭に纏わせ、勢い良く擦り始めた。


「んあああああああああああああああああッ!!」

「良い絶叫だね」


腰が浮く。出し慣れた小便と潮が出そうになる。男の身体は亀頭の刺激だけでは射精できない。苛烈な刺激に頭が真っ白になる。蛋白質で出来た脳は刺激で焼かれて固まってしまう。


「都ォッ!! あっ、あっ、あああああああああああッ!! 俺、おれ、みやこのこと愛してる・・・!! もっと!! もっと虐めて!! んおおおぉおぉっ!!」


枕を貫通する俺の声。呼吸が苦しい。折角化粧したのに汗と涙と鼻水と涎でべろべろだ。嫌だ、私、私は、こんな刺激強すぎる。私? 私はどうして、都様と、俺はどうして、都と、ああ、そういえば、俺は十六の時に都に拾ってもらったんだった。初めて会った時、都は痩せたのっぽの男を従えていて、そいつは俺を見て心底嫌そうな顔をしていた。淳蔵だ。都は、言った。


『美代君。お腹が空いているでしょう。ごはんにしましょう』


その一言に、俺は涙が止まらなかった。俺の人生は最低だった。俺の名前は美代。『美しい者の代わり』という意味だ。つまり、『女の代わり』という意味だ。俺の母親は女のガキを欲しがったが俺は男として生まれてしまった。だから、母方の祖母と母親に女として育てられた。それ以外の血縁関係のことなんてなにも知らない。知りたくもない。だが父親の遺伝子が残したものは残酷で、俺の背はひょろひょろと伸びた。成長を阻止するため、母親と祖母は俺の食事を何度も抜いた、運動することを禁じられ、痛苦と汚辱の世界で俺は生きていた。

俺の母親は商売女だった。興味本位で俺に近付いて、余計な知識ばかりを教えていく大人達に囲まれ、学校では虐められながら過ごし、いざ高校進学という時。『制服のスカートが履けないから』という理由で、俺は高校進学を諦めさせられた。『工場勤務なら男女平等でしょ』と母親と祖母がにこやかに話し合っていたのを覚えている。俺は母親に古臭い化粧を教えられながら日々を過ごし、ただただ無気力に生きていた。そんな時、俺の生命力を爆発させる事件が起こった。母の商売相手の男が、俺をレイプしようとしたのである。俺は怖いと感じた。だから逃げた。逃げる際、咄嗟に相手の右目を殴って流血させた。一部始終を演劇の一つとして見ていた母親と祖母は慌てて逃げる俺を追いかけた。


『そっちはいかん! そっちだけはいかん!』

『お願い、帰ってきて! なんでもするから!』


俺は小さな森に逃げ込み、宛てもなく必死に歩いた。そこに、ヤツは居た。

ジャスミンだ。

ジャスミンはニパッと笑って館の方に走っていく。気付いたら、館に近いところまで来てしまっていた。暫くするとジャスミンと痩せのっぽの淳蔵が戻って来て、俺は館の中に導かれた。


「お名前は?」


俺は何故だか、答えられなかった。


「大丈夫か? こいつ、話通じないんじゃあないの?」

「ジャスミンが選んだんでしょう、なら間違いないから」


都はへたり込む俺の目の前に屈んで目線を合わせた。俺は人生で初めて、女を綺麗だと思った。


「お名前は?」

「み、美代です・・・」


今度は答えられた。


「美代君。お腹が空いているでしょう。ごはんにしましょう」


聖母のようなまなざしに、俺は初めて許しを得たような気持になった。今まで、男として生まれてきてしまった罪を罰せられてきたのだ。それがようやく報われる。そんな気がした。


「んぎぼぢいいいいいいいいい!! でるっ!! でるでるでるうううううっ!!」


とっくに小便も潮も噴いている。爆発的な刺激が連続し、四肢に広がる。とてつもない疲労感が背中に広がった。


「はい、射精しないのは身体に良くないですよぉ。最後にぴゅっぴゅっだけ頑張ろうねぇ」


都が男根をしごく。あっけなく射精してしまった。


「ああ・・・ああぁあ・・・」


都は『お前を気に入ったから息子にする』と言った。数年振りに腹いっぱい食事をして風呂に入ったあと、丁寧に化粧を落とし、都と対面して座って、初めて本物の化粧をしてもらった時の顔を、俺は忘れられない。俺は美しいのだ。男としても女としても。あんな醜い祖母とは、違う。醜い母親とは、違う。母親の客の男達とも、違う。父親とも、違う。俺が居る世界は、都が居る世界。この世界を守るためなら、俺はなんだってする。


『都様・・・!』


館の庭の物置小屋の陰で、私はいつのまにか寝てしまっていた。今の夢は、なんだったんだろう。怖いくらい感覚が鮮明で、驚いたことに私は小便を漏らしながら涎を垂らしてその場に座り込んでいた。


「う、う、う、やばい。『夢の館』ってこういうこと・・・?」


私はこそこそと自室に戻って着替え、遅れた仕事を取り戻そうと必死に仕事に打ち込んだ。なんとかバレずに済んだが、胸は罪悪感でいっぱいだった。
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