三十九話 お誕生日パーティー

文字数 1,667文字

「雅さん、お誕生日おめでとー!」


大好きだけど意地悪な淳蔵も、怖いけど優しい美代も、不愛想だけど格好良い直治も、私が親友だって思ってる千代も、愛してるけどちょっと嫌いな都も、皆、クラッカーを鳴らしてくれる。


「あーあ、掃除が大変だな」

「私がするんですよォ!?」


楽しい話をしながら、ゆっくり時間が過ぎていく。


「ちょっと山奥だから明太子仕入れるの大変だったよ」

「たまにはこういうのも良いだろ」


今だけは、受験のことは忘れられた。


「あら? ジャスミン、なにを咥えているの?」


食堂の入り口に現れたジャスミンは、口に変なものを咥えていた。


「瓶? ・・・あっ!」


私の、お母さんの、


「あっ、私の香水!」


私は思わず席を立つ。だってそれはお母さんの形見で、


「返して! ジャスミン!」


ジャスミンは走り去る。私は慌てて追いかけた。


「もうっ! あんた二度と部屋に入れてあげないから!」


そうだ、ジャスミンはドアノブの開け方を知っている。私が頻繁に部屋に入れて遊んでいたから、きっとおもちゃかおやつを探してあの香水を見つけたんだ。

ガシャン、パリンッ!


「わあっ!? ガラス割れた!? 停電!?」


ぱきっ、


「ジャスミン! 瓶、割れちゃった!? 口の中怪我してない? 大丈夫!?」


薄明りに、ジャスミンの口の中が見える。香水のにおいが強烈に漂った。臭い。

がんっ!!

変な音がした。

身体が、熱い。


「え・・・?」


な、なに?

視界が私を中心にぐるぐる回る。


「へ、へへ、へ・・・」


醜いお爺さんが、小さな銃を持って私の後ろに立っていた。


「みやごぉ・・・!」


痛い、痛い。ぐるぐる、ぐるぐる。


「馬鹿な女だ! おめーは昔っから馬鹿な女だよ! 俺が見えねえからって、こんなガキに昔の香水振りかけただけで、俺が間違えると思ったのか!? お前を犯したあとに、こいつの死体も犯して徹底的に侮辱してやるよ!」


がん!!

ジャスミンも撃たれる。キャヒン、と胸が締め付けられるような悲鳴を上げて、ジャスミンは倒れた。


「特別な祈りを込めた銀の銃弾だ! 悪魔なんて怖くねえ!」


ぐるぐる、ぐるぐる、視界が回る。どうして、誰も居ないの?


「どこだァ、都ォ! へ、へへへ、へへ、この犬ッコロさえいなくなりゃ、もうすぐ目も見えてくる・・・! 俺が味わった苦しみを、お前に、てェェェッていてきにィ!!」


ぴたり。お爺さんの後ろに淳蔵が居る。


「あ?」

「こんばんは」


なんて表現したらいいのかわからない音が鳴った。お爺さんの銃なんて比べ物にならないくらい大きな銃を、淳蔵は片手で持っている。お爺さんは暫く立っていたけれど、お腹に穴が開いていて、いろんなものが流れ出て、仰向けに倒れた。淳蔵の顔に返り血が飛び散っていて、淳蔵は唇の横に着いた血をぺろりと舐めた。


「下種の血は不味いな」

「都の読み通り。おっさん馬鹿だろ。こんなデカい男に近付かれて気付かないなんて」


美代が淳蔵の横に立ってお爺さんを見下ろす。


「淳蔵にも香水を振りかけてにおいを消す。こんな簡単なことで騙されるなんてな」


直治も美代の横に立ってお爺さんを見下ろす。


パリ、パリン、とガラスの割れる音がする。まるで踏んで歩いているみたいな音。


「こんばんは、お父さん。都の十五歳のお誕生日パーティーへようこそ」


淳蔵、美代、直治の三人が下がると、都がお爺さんを覗き込んだ。


「私ね? 愛犬と、三人の息子達に囲まれて幸せなの」


淳蔵が顔の血飛沫を不快に思ったのか、手で撫でると犬みたいにぶるぶると顔を振った。


「時が動き出してもいいくらい幸せ・・・。だからお父さん、死んでくださいな」


ぎらぎら輝く包丁を手に握って、都は微笑んだ。そこからまた、視界がぐるぐる回って、


「やっと死んだ?」


美代が私の頭を踏みつける。


「おいおい、役目は果たしたんだからやめてやれよ」

「いやいや、俺、これくらいはしないといけない恨みがあるから」

「やらせてやれ。俺もうんざりしてた」

「おーこわ」


都があたしの顔を覗き込んだ。淳蔵と同じく、血飛沫がついている。


「雅さん、安心して?」


にっこり微笑んで、言った。


「これ、全部夢だから・・・」
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