三十話 激怒
文字数 1,744文字
「ね、ねえ、美代」
談話室で休憩していたら雅が話しかけてきた。鬱陶しい。
「なんだい?」
「お化粧、教えて・・・?」
「男の俺じゃなくて女のメイドに教わった方が効率良いよ」
「美代の方が綺麗だよ・・・」
「お世辞をありがとう。俺、仕事で忙しいから」
立ち去ろうとしたところを、両手を広げて塞がれる。
「なんの真似?」
「そ、そんなに私のこと嫌い?」
「うん」
すぐ泣く。嫌いだ。母親の美雪は愛想が良くて茶目っ気があったが、こいつは父親の遺伝子を引き継いだのか、喜怒哀楽が激しく、思い込みが激しいというか、悲観的というか、兎に角付き合っているとしんどかった。
「わ、私、学校でも嫌われてるの・・・」
「へー、通して?」
「い、虐められてるの!」
「ふうん」
そんなん俺もだわ、と思ったのを飲み込む。
「お母さんが生きてた頃にお母さんにやっちゃった横暴な態度ってヤツ、友達にもやっちゃって・・・」
「俺に言われてもねえ」
「お、お願い。相談に乗って? 淳蔵は昔から冷たいし、直治は怖いし、メイドさん達はよそよそしいし、美代しかいないの・・・」
「都がいるじゃん」
「・・・都にはわかんないよ。お嬢様だもん」
雅は美雪が死んでから、都を徹底的に嫌っている。むかむかしたが、あまり邪険にして十五歳になる前に出て行かれても困るので、相手をしてやることにした。
「はいはいわかりましたよ。ったく、なんで俺なんだか・・・」
「だって、美代なら女の子の気持ち、わかるでしょ?」
「んん?」
「お化粧してるのって、女の子になりたいからじゃないの?」
俺は不安気に見上げてくる雅の顔を、
思いっきり引っ叩いた。
「な、なんの音ですか!?」
メイドの瞳がすっ飛んできた。俺はもう、頭が真っ白になって、
「美代様、だ、駄目です駄目です、落ち着いてください!」
「落ち着いてる」
「いえ、いいえ、落ち着いてません! お願いですからちょっと下がってください!」
「冷静だよ」
直治と視線が合った。直治は僅かに眉を顰めた。
「なにしてんだ、美代!」
「ん? 落ち着いてるよ?」
「おい、意識あるか? おーい」
「うん、冷静冷静」
ふ、と。
すーっと頭から真っ白が引いていった。
ジャスミンが俺の前で腹を出して寝転がり、尻尾を振っている。
「あ・・・。あれ、俺、なにしてたんだっけ?」
「お、戻った戻った」
淳蔵が俺の目の前で手を振る。
「美代君さぁ、ちょっと余裕無いんでないの。仕事で疲れてる?」
「へ?」
「お前、雅をぶったんだよ。舌噛み千切っちまうくらい。もうちょっと力入ってたら顎外れてたぞ。どんな怪力してんだよ」
「・・・なんでぶった?」
「俺に聞くな馬鹿」
「そ、そうだな。なんでぶったんだろ」
「駄目だこりゃ」
淳蔵は俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「怒るなよ、ぜーったい怒るなよ」
「お、おう・・・」
「雅が『美代が化粧してるのは女になりたがってるからだ』って言った瞬間、光の速さで叩かれたと」
「・・・あー」
「思い出した?」
「かも・・・」
「雅、謝ってたぜ」
「そ、そうか。俺も謝るべきか?」
「だろうな」
「・・・都は?」
「ハハハ、俺達の悪い癖だな。都はなんにも」
「そうか・・・。自分で考えろってことだな・・・」
「で? どうすんの?」
「・・・謝るよ」
俺は淳蔵に連れられて、談話室に行った。ソファーには直治と雅が座っている。雅の顔はパンパンに腫れていた。
「美代、見ればわかるだろ。喋れないからな」
直治が言う。雅はぽろぽろ涙を零しながら、ゆっくりと頭を下げた。俺は自分のやったことが情けなくて仕方がなかった。
「・・・ぶったりして、ごめんね」
頭をぽんぽんと撫でてやる。ビクッと震えた。
「雅、許してやるのか?」
直治が問うと、雅は頷いた。
「大人げなかったよ。大好きな都を馬鹿にされて、ちょっと余裕が無くなっちゃったんだ。本当に、ごめんね」
淳蔵が目を見開き、直治がちらっと視線を送る。
「俺達は君を邪険にしているわけじゃないから・・・」
「元々こういう性格だから諦めろ」
「淳蔵!」
直治がキツく言うが、淳蔵はケラケラ笑った。頭をあげた雅も、泣きながら笑っている。
あと二年。
俺は大人、というか中身はおじさんなんだから、振り回されないように余裕を持たないと。雅はムカつくガキには変わりないが、表面上は穏やかな日々を送れるよう、努力することを誓った。
談話室で休憩していたら雅が話しかけてきた。鬱陶しい。
「なんだい?」
「お化粧、教えて・・・?」
「男の俺じゃなくて女のメイドに教わった方が効率良いよ」
「美代の方が綺麗だよ・・・」
「お世辞をありがとう。俺、仕事で忙しいから」
立ち去ろうとしたところを、両手を広げて塞がれる。
「なんの真似?」
「そ、そんなに私のこと嫌い?」
「うん」
すぐ泣く。嫌いだ。母親の美雪は愛想が良くて茶目っ気があったが、こいつは父親の遺伝子を引き継いだのか、喜怒哀楽が激しく、思い込みが激しいというか、悲観的というか、兎に角付き合っているとしんどかった。
「わ、私、学校でも嫌われてるの・・・」
「へー、通して?」
「い、虐められてるの!」
「ふうん」
そんなん俺もだわ、と思ったのを飲み込む。
「お母さんが生きてた頃にお母さんにやっちゃった横暴な態度ってヤツ、友達にもやっちゃって・・・」
「俺に言われてもねえ」
「お、お願い。相談に乗って? 淳蔵は昔から冷たいし、直治は怖いし、メイドさん達はよそよそしいし、美代しかいないの・・・」
「都がいるじゃん」
「・・・都にはわかんないよ。お嬢様だもん」
雅は美雪が死んでから、都を徹底的に嫌っている。むかむかしたが、あまり邪険にして十五歳になる前に出て行かれても困るので、相手をしてやることにした。
「はいはいわかりましたよ。ったく、なんで俺なんだか・・・」
「だって、美代なら女の子の気持ち、わかるでしょ?」
「んん?」
「お化粧してるのって、女の子になりたいからじゃないの?」
俺は不安気に見上げてくる雅の顔を、
思いっきり引っ叩いた。
「な、なんの音ですか!?」
メイドの瞳がすっ飛んできた。俺はもう、頭が真っ白になって、
「美代様、だ、駄目です駄目です、落ち着いてください!」
「落ち着いてる」
「いえ、いいえ、落ち着いてません! お願いですからちょっと下がってください!」
「冷静だよ」
直治と視線が合った。直治は僅かに眉を顰めた。
「なにしてんだ、美代!」
「ん? 落ち着いてるよ?」
「おい、意識あるか? おーい」
「うん、冷静冷静」
ふ、と。
すーっと頭から真っ白が引いていった。
ジャスミンが俺の前で腹を出して寝転がり、尻尾を振っている。
「あ・・・。あれ、俺、なにしてたんだっけ?」
「お、戻った戻った」
淳蔵が俺の目の前で手を振る。
「美代君さぁ、ちょっと余裕無いんでないの。仕事で疲れてる?」
「へ?」
「お前、雅をぶったんだよ。舌噛み千切っちまうくらい。もうちょっと力入ってたら顎外れてたぞ。どんな怪力してんだよ」
「・・・なんでぶった?」
「俺に聞くな馬鹿」
「そ、そうだな。なんでぶったんだろ」
「駄目だこりゃ」
淳蔵は俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「怒るなよ、ぜーったい怒るなよ」
「お、おう・・・」
「雅が『美代が化粧してるのは女になりたがってるからだ』って言った瞬間、光の速さで叩かれたと」
「・・・あー」
「思い出した?」
「かも・・・」
「雅、謝ってたぜ」
「そ、そうか。俺も謝るべきか?」
「だろうな」
「・・・都は?」
「ハハハ、俺達の悪い癖だな。都はなんにも」
「そうか・・・。自分で考えろってことだな・・・」
「で? どうすんの?」
「・・・謝るよ」
俺は淳蔵に連れられて、談話室に行った。ソファーには直治と雅が座っている。雅の顔はパンパンに腫れていた。
「美代、見ればわかるだろ。喋れないからな」
直治が言う。雅はぽろぽろ涙を零しながら、ゆっくりと頭を下げた。俺は自分のやったことが情けなくて仕方がなかった。
「・・・ぶったりして、ごめんね」
頭をぽんぽんと撫でてやる。ビクッと震えた。
「雅、許してやるのか?」
直治が問うと、雅は頷いた。
「大人げなかったよ。大好きな都を馬鹿にされて、ちょっと余裕が無くなっちゃったんだ。本当に、ごめんね」
淳蔵が目を見開き、直治がちらっと視線を送る。
「俺達は君を邪険にしているわけじゃないから・・・」
「元々こういう性格だから諦めろ」
「淳蔵!」
直治がキツく言うが、淳蔵はケラケラ笑った。頭をあげた雅も、泣きながら笑っている。
あと二年。
俺は大人、というか中身はおじさんなんだから、振り回されないように余裕を持たないと。雅はムカつくガキには変わりないが、表面上は穏やかな日々を送れるよう、努力することを誓った。