六十五話 プルダックポックンミョン

文字数 2,479文字

雅を学校に送ったあと、車を出そうと思ったら、女学生が車に駆け寄ってきて運転席の窓をコンコンと叩いた。邪険にして雅に影響を及ぼすとあとで俺が面倒な目に遭うので、窓を開ける。


「なに? なんか用?」

「あのっ、一条淳蔵さんですよね?」

「そうだけど」

「私、雅ちゃんと同じクラスの初音百合っていいます! いつも貴方のこと見てました! 貴方が好きです! 私のこと、彼女にしてください!」


そう言って、ラブレターであろう手紙を差し出してきた。ああ、面倒臭い。


「ごめんね、俺、恋人が居るんだ」


右手の指輪を見せると、初音は顔を真っ赤にして目に涙を浮かべながら手紙を押し付けようとする。


「二番目でもいいです! お願いします!」

「俺、浮気しないから」

「お願いします! 好きになってもらえるよう、努力しますから!」

「興味無い。ごめんね」


俺は窓を閉めた。初音は泣き叫びながら手紙を窓に叩きつけると、校内に駆け込んでいった。


「あーあ。面倒なことにならなきゃいいけど・・・」


俺は車を走らせる。ハンドルを握る右手には、きらきらと輝く指輪。見つめるだけで気分が高揚する。都から貰った初めての誕生日プレゼントで、都が俺達を守ろうと思って大金をはたいてまで授けてくれたもの。愛おしくて、そっと口付けて、そんな自分が恥ずかしくなって頭を振った。

館に帰ると、千代が玄関をモップで掃除していた。


「淳蔵様ァ! おかえりなさいませ!」

「ただいま」

「あのォ、ちょーっと相談がありましてぇ」

「ん?」

「都様って辛いモノはお好きですかねェ?」

「辛いモノ? あー、どうだろう・・・」

「ストレス溜まってる時に辛いモノを食べるとスッキリするじゃないですかぁ。都様、最近お疲れのご様子なので、プルダックポックンミョンのカルボナーラ味を買ってみたんですけど」

「プル・・・?」

「プルダックポックンミョン、です。カップ麺なんですけど、流石にカップ麺は失礼ですかねェ? あと、お口直しにペットボトルのミルクティーも買ったんですけど・・・」

「あー、それなら大丈夫だ。コンビニの商品よく食べてるし気にしないと思うぞ」

「おおッ!」

「じゃ、談話室に呼ぶか」

「はいッ!」


俺が都を呼びに行き、千代が美代と直治を呼ぶ。そのあと千代はキッチンに行き、カップ麺を作って戻ってきた。


「おお、凄いにおいだな」


刺激的なにおいがする。


「都様、スプーンにちょびっと取って、お召し上がりください。絶対啜っちゃ駄目ですよ! 咽ますから! 氷たっぷりのミルクティーも用意しましたので、辛過ぎたら流し込んでください!」

「凄い色とにおいね・・・。いただきます・・・」


木製のスプーンの上で麺をくるくると回転させて小さな塊を作り、口に含む。


「あッ! か、辛い! あー、でもクセになるかも・・・!」

「都、俺にも一口」


美代のヤツ、また間接キス目当てでいきやがった。


「んんんッ!?」


悶えながらハンカチを取り出すと口元をおさえ、膝をバンバンと叩く。


「だっ、大丈夫ですかァ!?」


千代がミルクティーを渡す。美代はそれを凄い勢いで飲み干した。


「み、みや、ゲホッゲホッ! づがれでるよ、じだおがじい!」

「え、う、嘘ぉ・・・」

「な、なおじ!」

「絶対やだ!」

「うんめいぎょうどうだいだろッ!」

「うー、わかったわかった。食えばいいんだろ食えば・・・」


直治が恐る恐るといった様子で口に運ぶ。


「く、う!?」


美代と全く同じ反応をしている。吐き出さないようにハンカチで口元をおさえ、なんとか堪えるとミルクティーで流し込む。


「あづぞう!」

「ええー・・・」


仕方なく、受け取る。カップ麺は真っ赤と真っ黒が混ざったグロテスクな色をして、食欲をそそる、というには刺激的すぎるにおい。麺をスプーンにとり、口に運ぶ。


「あッ、辛ッ! うわ、滅茶苦茶辛いな! 辛い!」

「ええ・・・。なんでその程度のダメージなんだよ・・・」

「ちょ、美代! コップ寄こせ! 独り占めすんな!」

「兄貴に譲れ!」

「お兄ちゃんだろ我慢しろ!」

「おい、長兄の俺がまだお口直しできてないんですけど・・・」


不毛な争いをしている。


「うーん、美味しいのになあ・・・。千代さん、また面白いものがあったらよろしくね?」

「はいッ!」

「都、舌おかしいって! 絶対疲れてるから!」

「そ、そんなことないってば!」

「こんなもん食ったら腹壊さねえ?」

「食べ過ぎるとお腹壊しちゃいますねェ」


結局、残りは都がぺろりと食べてしまった。

時間が経過して、俺は雅を迎えに行く。


「ただいま!」

「おかえり」

「ねえ、淳蔵。初音さんとなにかあったの?」

「初音?」

「朝、ラブレター渡されたでしょ?」

「・・・ああー、なんか渡されたな」


すっかり忘れていた。


「初音さんのグループが私に話しかけてきてね、『一条家の居候のくせにお前生意気なんだよ』って言われちゃったの」

「ふうん」

「『これを淳蔵さんに渡すかうちらに無視されるか選んで』って言って、淳蔵宛のラブレターを渡されたから、ビリビリに破いてやったの」

「えっ、お前、そんなことしたの?」

「うん。そしたら、机をバンッて叩かれて、私を睨みながら無言で帰って行ったよ」

「そんなことして大丈夫か? 虐められるんじゃねーの?」

「気にしてなーい。初音さんのグループ、勉強できない馬鹿ばっかりだから赤点取りまくっていつも補修受けてて進学も怪しいし、進学したとしてもクラス替えがあるし、クラスが一緒になっても無視してくれるなら有難いじゃん。私、一条都に認められて同じ館で暮らしてる一員として堂々とするもん」

「ほー、車出すぞ」

「うん」


車を走らせる。


「あれ? どこ行くの?」

「強くなったご褒美やるよ。アイスクリームとパンケーキ、どっちがいい?」

「パンケーキ!」


俺はパンケーキ専門店に車を走らせた。もうすぐ三年生。あと一年の我慢だ。気持ち良く出て行ってもらうために、これくらいのことはしてやってもいいだろう。後部座席の雅をルームミラーで見る。目元に美雪が居る。もう少し背を縮めて太らせたらかなり美雪に似るだろう。


「雅」

「なに?」

「ありがとよ」

「うん!」


雅は幸せそうに、笑った。
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