二百二十四話 ハッピーウェディング
文字数 2,009文字
十月。一条家の誰しもが指折り数えて待った、結婚式の日。
「おおっ! 皆さん、よくお似合いですよ!」
「本当に素敵です!」
私と桜子さんが言うと、礼服を着たお三方がはにかむ。少し緊張しているらしい。
「鼻血出さないようにしねえと・・・」
「人生最良の日になりそうだ」
「すぅー・・・ふぅ・・・」
広いお庭を使って作った簡易の待合室。カメラマンのアシスタントがやってきて、美代さんを見てにこりと笑う。
「美代さん、花嫁の準備が整いましたので、どうぞ」
「は、はい」
私達も外に出る。美代さん以外は、初めて都さんのAラインのウェディングドレス姿を見る。
なんてお美しい。
恥じらって笑うお顔の愛らしいこと。
「いいな・・・」
「いい・・・」
淳蔵さんと直治さんはそう会話したっきり、動かなくなった。撮影が始まり、カメラマンがポーズを指示する。撮影は一人あたり一時間を予定している。貰える写真は一枚だけらしい。初めは表情を引き締めていた美代さんだが、シャッターを押す合間に都さんと小さな声で話し合うと、次第に自然な表情にかわっていった。
「はい、お疲れ様です。では、誓いのキスを」
私と桜子さんは知っていたが、新郎達は聞かされていないことだ。美代さんが吃驚して都さんを見ると、都さんは悪戯っぽく笑っていた。そして、少し背伸びをして美代さんの右頬にキスをする。美代さんも悪戯っぽく笑って、少し赤くなった顔で都さんの左頬にキスをした。
「都さんは次のドレスに着替えましょう。美代さんは写真を一枚選んでください」
都さんは縫製職人の弟子に連れられて、ドレスを着替えに行った。私達は待合室に戻る。アシスタントが写真のデータを持ってきて、端末を操作してディスプレイに表示した。美代さんは熟考したあと、手を握り合って柔らかに微笑んでいる写真を選んだ。アシスタントが端末を操作し、待合室を出ていく。待っている時間は結構長かったのに、誰も言葉を交わさなかった。
「淳蔵さん、花嫁の準備が整いましたので、どうぞ」
「はい」
待合室を出る。今度はベルラインのドレス。
素晴らしい美しさだ。
オルゴールの中で踊るお人形のように可愛らしい。
撮影が始まった。カメラマンがポーズの指示をする。身長差があるので、美代さんの時とは違ったポーズが多い。シャッターの間にどんな会話をしているのかはわからないが、緊張していた淳蔵さんも、次第に穏やかな表情にかわっていった。一時間程で撮影が終わる。
「はい、お疲れ様です。では、誓いのキスを」
淳蔵さんが都さんを見て幸せそうに笑うと、都さんに右頬を寄せる。都さんがキスをすると、淳蔵さんも左頬にキスを返した。
「都さんは次のドレスに着替えましょう。淳蔵さんは写真を一枚選んでください」
淳蔵さんも熟考し、一枚選ぶ。淳蔵さんが都さんの肩を抱き、二人で微笑んでいる写真だ。アシスタントが待合室を出ていく。次は直治さんの番。緊張が酷くなってきたらしく、いつもは涼しい目元が見開かれ、鼻で繰り返す呼吸は音が聞こえる程大きくなっている。
「直治さん、花嫁の準備が整いましたので、どうぞ」
「は、はいっ」
待合室を出る。都さんのマーメイドラインのドレス姿。
美し過ぎて死人が出るかもしれない。
現に直治さんが死にかけてるし。
撮影が始まる。直治さんの表情が硬いので、何度かカメラマンから『リラックスしてください』と言われる。都さんが、ぽんぽん、と直治さんの胸板を手の平で叩いた。そして、直治さんになにか耳打ちをする。直治さんは口元を手でおさえて視線を逸らしたあと、コクコクと頷いて一つ深呼吸をした。表情が大分柔らかくなった。時間が経過すると、リラックスできたのか穏やかな表情になっていた。
「はい、お疲れ様です。では、誓いのキスを」
都さんが直治さんの右頬に、直治さんが都さんの左頬に、慈しむようにキスをする。
「都さん、お疲れ様でした。直治さんは写真を一枚選んでください」
一通り写真を見た直治さんは、お二人とは違ってすぐに写真を選んだ。腕を組んで微笑んでいる写真だ。アシスタントは端末を操作すると、『一週間でお届けします』と言って、待合室を出ていった。
暫くすると、普段着に着替えた都さんが待合室に入ってきた。
「皆、お疲れ様。着替えたら館に戻って、ゆっくり休んでね」
全員が『はい』と答え、頷く。都さんと入れ違いに弟子が入ってきて、新郎のお三方を着替えさせるために待合室から出ていった。桜子さんは軽食を作るため、館に戻る。私は都さんと共にお客様の相手をする。特に問題は起こらず、縫製職人達もカメラマン達も、今日、一条家に訪れた幸せを共に感じ取ってくれたのか、にっこりと笑いながら山を降りていった。
一週間後。写真が届いた。
シンプルだけど大きな写真立てに、それぞれ一枚ずつ、幸せな瞬間が詰まっている。
「大切にしてね」
都さんが笑う。
「私が貴方達に贈る、最初で最後の一枚なんだから」
そのお顔は、どこか切なかった。
「おおっ! 皆さん、よくお似合いですよ!」
「本当に素敵です!」
私と桜子さんが言うと、礼服を着たお三方がはにかむ。少し緊張しているらしい。
「鼻血出さないようにしねえと・・・」
「人生最良の日になりそうだ」
「すぅー・・・ふぅ・・・」
広いお庭を使って作った簡易の待合室。カメラマンのアシスタントがやってきて、美代さんを見てにこりと笑う。
「美代さん、花嫁の準備が整いましたので、どうぞ」
「は、はい」
私達も外に出る。美代さん以外は、初めて都さんのAラインのウェディングドレス姿を見る。
なんてお美しい。
恥じらって笑うお顔の愛らしいこと。
「いいな・・・」
「いい・・・」
淳蔵さんと直治さんはそう会話したっきり、動かなくなった。撮影が始まり、カメラマンがポーズを指示する。撮影は一人あたり一時間を予定している。貰える写真は一枚だけらしい。初めは表情を引き締めていた美代さんだが、シャッターを押す合間に都さんと小さな声で話し合うと、次第に自然な表情にかわっていった。
「はい、お疲れ様です。では、誓いのキスを」
私と桜子さんは知っていたが、新郎達は聞かされていないことだ。美代さんが吃驚して都さんを見ると、都さんは悪戯っぽく笑っていた。そして、少し背伸びをして美代さんの右頬にキスをする。美代さんも悪戯っぽく笑って、少し赤くなった顔で都さんの左頬にキスをした。
「都さんは次のドレスに着替えましょう。美代さんは写真を一枚選んでください」
都さんは縫製職人の弟子に連れられて、ドレスを着替えに行った。私達は待合室に戻る。アシスタントが写真のデータを持ってきて、端末を操作してディスプレイに表示した。美代さんは熟考したあと、手を握り合って柔らかに微笑んでいる写真を選んだ。アシスタントが端末を操作し、待合室を出ていく。待っている時間は結構長かったのに、誰も言葉を交わさなかった。
「淳蔵さん、花嫁の準備が整いましたので、どうぞ」
「はい」
待合室を出る。今度はベルラインのドレス。
素晴らしい美しさだ。
オルゴールの中で踊るお人形のように可愛らしい。
撮影が始まった。カメラマンがポーズの指示をする。身長差があるので、美代さんの時とは違ったポーズが多い。シャッターの間にどんな会話をしているのかはわからないが、緊張していた淳蔵さんも、次第に穏やかな表情にかわっていった。一時間程で撮影が終わる。
「はい、お疲れ様です。では、誓いのキスを」
淳蔵さんが都さんを見て幸せそうに笑うと、都さんに右頬を寄せる。都さんがキスをすると、淳蔵さんも左頬にキスを返した。
「都さんは次のドレスに着替えましょう。淳蔵さんは写真を一枚選んでください」
淳蔵さんも熟考し、一枚選ぶ。淳蔵さんが都さんの肩を抱き、二人で微笑んでいる写真だ。アシスタントが待合室を出ていく。次は直治さんの番。緊張が酷くなってきたらしく、いつもは涼しい目元が見開かれ、鼻で繰り返す呼吸は音が聞こえる程大きくなっている。
「直治さん、花嫁の準備が整いましたので、どうぞ」
「は、はいっ」
待合室を出る。都さんのマーメイドラインのドレス姿。
美し過ぎて死人が出るかもしれない。
現に直治さんが死にかけてるし。
撮影が始まる。直治さんの表情が硬いので、何度かカメラマンから『リラックスしてください』と言われる。都さんが、ぽんぽん、と直治さんの胸板を手の平で叩いた。そして、直治さんになにか耳打ちをする。直治さんは口元を手でおさえて視線を逸らしたあと、コクコクと頷いて一つ深呼吸をした。表情が大分柔らかくなった。時間が経過すると、リラックスできたのか穏やかな表情になっていた。
「はい、お疲れ様です。では、誓いのキスを」
都さんが直治さんの右頬に、直治さんが都さんの左頬に、慈しむようにキスをする。
「都さん、お疲れ様でした。直治さんは写真を一枚選んでください」
一通り写真を見た直治さんは、お二人とは違ってすぐに写真を選んだ。腕を組んで微笑んでいる写真だ。アシスタントは端末を操作すると、『一週間でお届けします』と言って、待合室を出ていった。
暫くすると、普段着に着替えた都さんが待合室に入ってきた。
「皆、お疲れ様。着替えたら館に戻って、ゆっくり休んでね」
全員が『はい』と答え、頷く。都さんと入れ違いに弟子が入ってきて、新郎のお三方を着替えさせるために待合室から出ていった。桜子さんは軽食を作るため、館に戻る。私は都さんと共にお客様の相手をする。特に問題は起こらず、縫製職人達もカメラマン達も、今日、一条家に訪れた幸せを共に感じ取ってくれたのか、にっこりと笑いながら山を降りていった。
一週間後。写真が届いた。
シンプルだけど大きな写真立てに、それぞれ一枚ずつ、幸せな瞬間が詰まっている。
「大切にしてね」
都さんが笑う。
「私が貴方達に贈る、最初で最後の一枚なんだから」
そのお顔は、どこか切なかった。