二百四十三話 3Q太郎

文字数 2,809文字

都が『怖い夢』を見てから一週間。俺達の誰にも、なにも喋らない。いや、喋れないのかもしれないが。


「まだ顔色が良くならないな・・・」

「都の性格上、干渉し過ぎると気丈に振舞おうとしてどんどん無理をするし・・・」

「あの夢を見せたのは馬鹿犬じゃないなら、一体誰が・・・」


談話室に沈黙が横たわる。


「皆さん、ごきげんよう」


千代と桜子を従えた都が現れた。少し肌が青い。都は上座に座り、千代がテレビを弄り始め、桜子は俺達に一枚の紙を渡して回った。





『3Q太郎様へ。

 3Q太郎の皆様、怖くも楽しい動画をいつも拝見しています。
 今回はお願いがあって、お手紙を送りました。
 私は『夢の館』と呼ばれる宿泊施設を経営しています。
 館に宿泊されたお客様は、必ず、不思議な夢を見るのです。
 どうしてそのような夢を見るのかはわかりません。
 代々受け継いでいる山がそうさせるのか、
 古い館になにかが住み着いているのか。
 どうか、3Q太郎の皆様で、
 夢の謎を解明していただけないでしょうか?
 宿泊費などは全額、こちらが負担いたします。
 詳しいお話は、同封している連絡先にお願いします。

 一条都より』





「また悪巧みか?」

「そう」


千代がテレビをつけ、動画配信サイトに繋ぎ、一つの動画を再生する。


『ハイハイハイ! 見てくれて3Q! レッド幸太郎! ブルー啓太郎! イエロー竜太郎! 三人合わせて3Q太郎!』


赤、青、黄色の服を着た若い男達が声を合わせてそう言う。


「チャンネル登録者七万人、オカルトマニアでリーダーの幸太郎、親戚に住職が居る『霊感体質』の啓太郎、ムードメーカーでトラブルメーカーの怖がりな竜太郎。全員二十四歳。この三人を二週間、宿泊客として館に迎え入れる」


3Q太郎のはしゃぐような声が談話室の中に響く。


「ある程度泳がせること、邪険に扱わないこと、殺さないこと。以上よ」

「待ってよ、都」


ソファーから立ち上がって談話室から出ようとした都を、いつも入り口から一番近い位置に座っている美代が立ち上がって先回りし、道を塞ぐ。


「言わないの? 言えないの? どっち?」

「両方」

「ジャスミンが? 都が?」

「今回は私が」

「新しいメイドも雇うのに、こいつらも館に?」

「そう」

「・・・馬鹿共が館にいる間は、一人で出歩かない。約束して」

「じゃあ、服の下に直治を」


美代が直治を見る。


「わかった」


直治が答えると、美代は道を開けた。

一週間後、メイドの佳代子がやってきた。

一ヵ月後、3Q太郎がやってきた。


「いらっしゃいませ、3Q太郎の皆様」


全員で3Q太郎を出迎える。


「社長の一条都です」

「田中幸太朗です! よろしくお願いします!」

「鈴木啓太郎です。よろしくお願いします」

「佐藤竜太郎です! よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします。さ、貴方達も自己紹介を」


俺達は客用のとびっきりの笑顔を浮かべた。


「長男の淳蔵です。運転手をしています」

「次男の美代です。社長の秘書です」

「三男の直治です。管理人をしています」

「メイド長の櫻田千代です! よろしくお願いしまァす!」

「副長の黒木桜子です。よろしくお願いします」

「森宮佳代子です、よろしくお願いします」


わん! とジャスミンが吠える。


「フフッ、この子はジャスミンです。よろしくお願いしますね」

「はい!」

「当館は二週間、貸し切りとなっておりますので、ゆっくりと楽しんでくださいね」

「はい! ありがとうございます!」

「館内の案内と撮影の取り決め、食事の時間などの説明は千代さんと桜子さんにしてもらいます。私は仕事で忙しいので、あまりお話ができないかもしれませんけれど、なるべく時間を作りますので、気軽に話しかけてくださいね」

「はい!」

「息子達にも気軽に声をかけてください。では、失礼します」


都はお辞儀をしてから、自室に戻るために階段を登っていった。俺達は直治の部屋に集まる。千代と桜子に許可をとって腰に直治の蛇を巻き付け、家具の隙間に隠してある美代の鼠、窓の外から見張っている俺の鴉が音を拾う。


「すッごい広いですねえ・・・! 映画に出てきそうな・・・!」

「まずはお部屋にご案内しますねェ!」

「はい!」


一人一部屋割り振り、鍵を渡す。


「うおっ!? すっげえ広い!!」

「テレビも冷蔵庫もデカい・・・。風呂とトイレ別だし・・・」

「ベランダあるじゃん・・・。俺ん家より広いよ・・・」

「取り敢えず、荷物を置いてくださァい!」

「はい!」

「では、こちらに!」


千代が館内を案内する。3Q太郎は『広い』『凄い』『デカい』と言って圧倒されていた。


「食事は基本、この食堂で集まって摂ることになっておりまァす! 食事はお部屋に運ぶこともできまァす! 時間は朝七時、正午、夜八時です! 食事当番は息子の美代さんとメイド長の私、副長の桜子さんと、たまーに直治さんが作っていまァす! なにか食べたいメニューがありましたら、食事係の誰かにお伝えください! 材料などを買い集め次第、お作りしますねェ!」

「ありがとうございます!」


一階を案内したあと、千代達は二階に上がる。


「か、階段もすっげえ・・・」


千代がくるんと振り返った。


「3Q太郎さん、二階は家族と従業員の居住と、トレーニングルーム、物置部屋などになっているので、撮影以外では基本的に立ち入り禁止です! トレーニングルームを使いたい場合は、一階の事務室に居る直治さんか、桜子さんを捕まえて、許可を得てくださァい!」

「はい!」

「そ、れ、か、ら、三階は絶対に立ち入ってはいけません」


千代の声のトーンが少し下がる。


「三階は、都さんのお部屋です。都さんはお仕事で忙殺されているので、直接会おうとするのは絶対におやめください」

「は、はい」

「館内の案内はこれで終了ですぅ! でェ、撮影の取り決めですけれど、都さんとご相談された通りに、なるべく顔は映さないようにしてくださいねェ! どうしても映ってしまう場合は、モザイクなどで隠してください! 声は、必ず、編集して、誰を撮影したのかわからないようにしてくださいねェ!」

「はい!」

「撮影する前に誰かにお知らせしていただければ、お邪魔にならないように配慮しますぅ!」

「わかりました!」

「なにかご不明な点はございませんか?」

「いえ! ありがとうございます!」

「では、私達はお仕事に戻ります。3Q太郎さんは、お好きなようにお過ごしくださいね! 失礼しますぅ!」


3Q太郎は、ぼーっとした顔で辺りを見渡した。


「すっげえお金持ちの家じゃん・・・」

「家じゃなくて館だぞ」

「い、いいのかな? 俺達、こんなところに招待されちゃって」

「いーんだよいーんだよ! 社長の都さんが俺達の『ファン』なんだぜぇ!? ここで動画を撮影しまくって、他の動画配信者達とは差をつけてやる! よし、取り敢えず計画を見直すぞ! 俺の部屋に集合だ!」

「おう!」

「おう!」


美代が、ふう、と息を吐いた。


「頑張ろうぜ、兄弟」


俺と直治は頷いた。
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