百三十話 ホラー映画観賞会
文字数 2,392文字
千代が大阪旅行に行った。期間は一週間。その間、宿泊客の予定は無し。家事は俺達三人で分担する。
「淳蔵」
「んー?」
珍しく食器を洗っている淳蔵に声をかける。
「あとで運転に付き合え」
「どこ行くの?」
「映画を借りに行く。皆で見よう」
「おー、珍し。なに借りるんだ?」
「ホラー」
淳蔵はちょっと目を見開いたあと、手の水気をぱっぱっと切った。
「悪いヤツめ」
「美代にも伝えてくる」
「おう」
美代に伝えると、くつくつと鍋が煮えるように笑った。
「なに借りるか決めてるの?」
「表紙と裏面の説明読んで良さそうなものを」
「俺のオススメいくつか教えてあげるよ」
「よしきた」
麓の町に車を走らせて映画を何本か借りる。館に戻って家事や仕事を済ませ、夕食の席に着く。
「都、たまには皆で映画を観ないか?」
「いいわよ。どんな映画?」
「ホラー。五本借りてきた」
「えっ、あ、わかりました・・・」
都は目をきゅっと瞑った。都はホラーが苦手だ。スプラッタは平気だが、大抵ホラーと抱き合わせなので観ないらしい。淳蔵が笑いを必死に堪えてぷるぷる震え、美代がにやけている。
食後、食器を洗って明日の準備を済ませてから、茶を用意して談話室に集まる。
「一本目、これとかどうだ? 『氏神の祟り』」
美代のオススメだ。都の返事を聞かずに談話室のテレビで映画を上映する。ちょっと珍しいタイプの土着信仰ホラーだった。都は叫び声を上げないよう、両手で口元をおさえながら映画を観ていて、吃驚シーンでは毎回身体をびくっと竦ませる。じわじわ怖いシーンでは小さく深呼吸していた。都の隣に座っている淳蔵は、そんな都を見て笑いを堪えるのが大変らしく、都からも映画からも顔を少し逸らして声を殺して笑っていた。
「二本目はこれとかどう? 『自殺配信』」
これも美代のオススメだ。『その自殺配信を見ると七日間以内に自分も自殺する』という伝染ホラー。死体の描写が結構リアルでえげつない。好奇心でつい配信を見てしまった女子高生達がなんとか死の運命から逃れようと戦うが、最後の最後、僅か五分の間にどんでん返しが起こって結局死んでしまった。
「三本目はこれにしようぜ。『突き落としたい』」
淳蔵が選んだ。主人公はどこにでもいる一人の主婦。しかし、嫁姑問題や、昇進のためにあまり家庭に帰らず働く旦那、軽度の障害を持った子供の育児、その子供の友達関係、ママ友問題などから次第に周りと衝突し、どんどん人を高いところから突き落として殺していく。映画は静かに始まり静かに終わったが、主人公役の女優の演技が物凄く良くてなかなか怖かった。
都はぴったりと淳蔵にくっついて、かわらず口元を手でおさえている。いつもは冷静な目元がくるくると変化して、怯えたり驚いたり悲しんだりしている。淳蔵は都の肩に手を回していた。いつもなら美代が嫉妬でキレそうなところだが、この日ばかりは楽しそうにそれを見ていた。
「や、やっと半分・・・」
「あと二本あるぞ」
都がぷるぷると顔を横に振った。笑いを堪えるのが大変だ。俺達はホラーはちっとも怖くない。いきなり画面いっぱいに飛び出してきたり、大きな音が鳴るシーンでは吃驚することもあるが、淳蔵は『所詮作り物』、美代は『一番怖いのは人間』、俺は『俺達の方が怖い存在だろ』という理由から、ちっとも怖くないのである。
「四本目、これにしよう。『あっ、いる・・・』」
気付いたら、画面端に居る。得体の知れない『なにか』が。じわじわ、じわじわ、近寄ってきて、日常がどんどん、どんどん歪んでいって、最後は『なにか』の笑っている顔のアップで終わった。人によっては意味不明な映画に思える作品かもしれないが、間の取り方やカメラの構図が上手くてなかなか見入る作品だった。
「みーやーこー、最後の映画、滅茶苦茶怖いよ。都の一番苦手なヤツ」
「ど、どんな?」
「『不安の種』って知ってる? 漫画が原作の映画なんだけど・・・」
美代が意地悪に笑う。
「人でない『なにか』が、ひたすら不安を煽る話だよ。さっきの映画より怖いんじゃないかなあ?」
美代が俺に目配せをする。俺は映画をセットして再生ボタンを押した。なんとも説明し難い、気持ち悪い『なにか』が、ただひたすら不安を煽る話だった。
「面白かったなァ」
言外に『都が』というのを含めていたのを理解したのは、俺と美代だけだろう。時刻は早朝。
「さーて、昼まで寝ますかね」
「俺も寝ようかな」
「俺も寝る」
「・・・あのぉ」
都がそっと手を挙げる。
「誰か、一緒に寝てください・・・」
この時を待っていた。
「美代、一緒に寝てやれ」
「えっ、いいのか?」
「あー、美代はなんだかんだ一晩まるまる同衾したことはないよなァ、今回もそうだけど。まっ、可哀想だから譲ってやるよ」
「・・・なんか腹立つ物言いだけど、いいや。おいで、都」
「はい・・・」
美代は都と手を繋ぐ。談話室を出る前に、俺達にウィンクをしてから出て行った。
「・・・弟よ」
「なんだ兄さん」
「純粋に都、あ、いや、映画を楽しんだのもあるけど、優しさが遠回り過ぎるぞ」
「うるせー」
「ハハッ、作り物のホラー映画であんだけ盛り上がれるんだ、可愛いよなあ」
「俺達の方がよっぽど怖い存在なのになあ」
俺は借りてきた映画を綺麗にまとめ、淳蔵は茶を飲み終わったグラスを盆に乗せる。
「お前、たまにゲームやるんだろ? ホラーゲームは?」
「ん、まあ、休日に。ホラーもやるぞ」
「今度、談話室のテレビに繋いでやってみるか?」
「いいけど、俺のはトロフィーコンプリートするためのやりこみプレイとかそういった類のものだから、見てて退屈だと思うぞ」
「都はそうもいかないだろ。で、なんかオススメのやつあるか?」
「・・・『アレ』やるか。滅茶苦茶怖いぞ」
「なんだなんだ」
「『SILENT HILL』。二、三年に一回やりたくなるんだ。三時間半くらいでクリアできるから丁度いいだろ」
「おっ、楽しみにしてるぜ」
「淳蔵」
「んー?」
珍しく食器を洗っている淳蔵に声をかける。
「あとで運転に付き合え」
「どこ行くの?」
「映画を借りに行く。皆で見よう」
「おー、珍し。なに借りるんだ?」
「ホラー」
淳蔵はちょっと目を見開いたあと、手の水気をぱっぱっと切った。
「悪いヤツめ」
「美代にも伝えてくる」
「おう」
美代に伝えると、くつくつと鍋が煮えるように笑った。
「なに借りるか決めてるの?」
「表紙と裏面の説明読んで良さそうなものを」
「俺のオススメいくつか教えてあげるよ」
「よしきた」
麓の町に車を走らせて映画を何本か借りる。館に戻って家事や仕事を済ませ、夕食の席に着く。
「都、たまには皆で映画を観ないか?」
「いいわよ。どんな映画?」
「ホラー。五本借りてきた」
「えっ、あ、わかりました・・・」
都は目をきゅっと瞑った。都はホラーが苦手だ。スプラッタは平気だが、大抵ホラーと抱き合わせなので観ないらしい。淳蔵が笑いを必死に堪えてぷるぷる震え、美代がにやけている。
食後、食器を洗って明日の準備を済ませてから、茶を用意して談話室に集まる。
「一本目、これとかどうだ? 『氏神の祟り』」
美代のオススメだ。都の返事を聞かずに談話室のテレビで映画を上映する。ちょっと珍しいタイプの土着信仰ホラーだった。都は叫び声を上げないよう、両手で口元をおさえながら映画を観ていて、吃驚シーンでは毎回身体をびくっと竦ませる。じわじわ怖いシーンでは小さく深呼吸していた。都の隣に座っている淳蔵は、そんな都を見て笑いを堪えるのが大変らしく、都からも映画からも顔を少し逸らして声を殺して笑っていた。
「二本目はこれとかどう? 『自殺配信』」
これも美代のオススメだ。『その自殺配信を見ると七日間以内に自分も自殺する』という伝染ホラー。死体の描写が結構リアルでえげつない。好奇心でつい配信を見てしまった女子高生達がなんとか死の運命から逃れようと戦うが、最後の最後、僅か五分の間にどんでん返しが起こって結局死んでしまった。
「三本目はこれにしようぜ。『突き落としたい』」
淳蔵が選んだ。主人公はどこにでもいる一人の主婦。しかし、嫁姑問題や、昇進のためにあまり家庭に帰らず働く旦那、軽度の障害を持った子供の育児、その子供の友達関係、ママ友問題などから次第に周りと衝突し、どんどん人を高いところから突き落として殺していく。映画は静かに始まり静かに終わったが、主人公役の女優の演技が物凄く良くてなかなか怖かった。
都はぴったりと淳蔵にくっついて、かわらず口元を手でおさえている。いつもは冷静な目元がくるくると変化して、怯えたり驚いたり悲しんだりしている。淳蔵は都の肩に手を回していた。いつもなら美代が嫉妬でキレそうなところだが、この日ばかりは楽しそうにそれを見ていた。
「や、やっと半分・・・」
「あと二本あるぞ」
都がぷるぷると顔を横に振った。笑いを堪えるのが大変だ。俺達はホラーはちっとも怖くない。いきなり画面いっぱいに飛び出してきたり、大きな音が鳴るシーンでは吃驚することもあるが、淳蔵は『所詮作り物』、美代は『一番怖いのは人間』、俺は『俺達の方が怖い存在だろ』という理由から、ちっとも怖くないのである。
「四本目、これにしよう。『あっ、いる・・・』」
気付いたら、画面端に居る。得体の知れない『なにか』が。じわじわ、じわじわ、近寄ってきて、日常がどんどん、どんどん歪んでいって、最後は『なにか』の笑っている顔のアップで終わった。人によっては意味不明な映画に思える作品かもしれないが、間の取り方やカメラの構図が上手くてなかなか見入る作品だった。
「みーやーこー、最後の映画、滅茶苦茶怖いよ。都の一番苦手なヤツ」
「ど、どんな?」
「『不安の種』って知ってる? 漫画が原作の映画なんだけど・・・」
美代が意地悪に笑う。
「人でない『なにか』が、ひたすら不安を煽る話だよ。さっきの映画より怖いんじゃないかなあ?」
美代が俺に目配せをする。俺は映画をセットして再生ボタンを押した。なんとも説明し難い、気持ち悪い『なにか』が、ただひたすら不安を煽る話だった。
「面白かったなァ」
言外に『都が』というのを含めていたのを理解したのは、俺と美代だけだろう。時刻は早朝。
「さーて、昼まで寝ますかね」
「俺も寝ようかな」
「俺も寝る」
「・・・あのぉ」
都がそっと手を挙げる。
「誰か、一緒に寝てください・・・」
この時を待っていた。
「美代、一緒に寝てやれ」
「えっ、いいのか?」
「あー、美代はなんだかんだ一晩まるまる同衾したことはないよなァ、今回もそうだけど。まっ、可哀想だから譲ってやるよ」
「・・・なんか腹立つ物言いだけど、いいや。おいで、都」
「はい・・・」
美代は都と手を繋ぐ。談話室を出る前に、俺達にウィンクをしてから出て行った。
「・・・弟よ」
「なんだ兄さん」
「純粋に都、あ、いや、映画を楽しんだのもあるけど、優しさが遠回り過ぎるぞ」
「うるせー」
「ハハッ、作り物のホラー映画であんだけ盛り上がれるんだ、可愛いよなあ」
「俺達の方がよっぽど怖い存在なのになあ」
俺は借りてきた映画を綺麗にまとめ、淳蔵は茶を飲み終わったグラスを盆に乗せる。
「お前、たまにゲームやるんだろ? ホラーゲームは?」
「ん、まあ、休日に。ホラーもやるぞ」
「今度、談話室のテレビに繋いでやってみるか?」
「いいけど、俺のはトロフィーコンプリートするためのやりこみプレイとかそういった類のものだから、見てて退屈だと思うぞ」
「都はそうもいかないだろ。で、なんかオススメのやつあるか?」
「・・・『アレ』やるか。滅茶苦茶怖いぞ」
「なんだなんだ」
「『SILENT HILL』。二、三年に一回やりたくなるんだ。三時間半くらいでクリアできるから丁度いいだろ」
「おっ、楽しみにしてるぜ」