百四十七話 政略結婚
文字数 2,889文字
何度かやりとりをしている『中畑製薬会社』の創業者である社長と、その娘、早貴という人間が館に泊まりにきた。中畑は良い意味でも悪い意味でも『親馬鹿』と評判で、俺も仕事で会社に行った時に何度か早貴と引き合わされたことがあるが、中畑にも早貴にも良い印象は抱いていない。
こんこんこん。ノック三回。
俺はそっとドアを開けた。
「美代さん! ここに居たンだ!」
ノックの主は早貴だった。
「中畑さん、二階と三階は立ち入り禁止ですよ」
「そンなことどうでもよくってさ。あと、何回も言ってるけど『早貴』って呼ンでよ!」
うっせー白豚。鼻が低すぎて『ん』の音がちゃんと言えないらしい。何故か俺に好意があるようだ。
「ここ、美代さんの部屋?」
事務室ってドアに書いてあるだろうが。
「違いますよ、事務室です」
「ふうん・・・」
「なんの御用でしょうか?」
「デートしようよ! ここってなあンにも無くて退屈だからさ!」
「すみませんが、仕事中ですので」
「休憩時間いつ? そン時にデートしない?」
屈託の無い、自分が可愛いと信じて疑わない笑顔。親に愛されて蝶よ花よで育てられた箱入り娘。ある意味純粋無垢なのだろうが、見ていると段々苛々してくる。一度、都にそう愚痴を零すと、『そういう人にはそういう人なりの苦悩があるのだから、あまり馬鹿にしてはいけませんよ』と軽く叱られた。都の言うことは間違っていないのだが、苛々する気持ちはおさえられないのだからどうしようもない。
「ごめんなさい、貴方とはデートしません」
「なんで?」
「好きな女性が居るので」
「もう告白した? 付き合ってる?」
会話が噛み合っていない。
「美代」
都の声がして、そちらを見る。都は早貴と目が合うとくすっと笑った。
「中畑さん、二階と三階は立ち入り禁止ですよ」
「美代さんに用があったので」
「あとにしてくださいますか? 仕事の話がありますので」
「お客様より仕事優先ですか?」
「申し訳ございません。火急の用ですので、少しだけお待ちください」
「か、かきゅー?」
都は事務室に入り、ドアを閉めて鍵をかけた。
「ありがと、助かったよ」
俺は小声で礼を言う。
「直治がね、『中畑の娘が美代を探して事務室に来た』って連絡してくれたから」
「成程」
「モテる男はつらいですねえ」
「最悪の気分さ」
都はにんまりと笑うと、ぷちぷちとブラウスのボタンを外し始める。
「えっ・・・」
「声を出しちゃ駄目、っていうスリル満点の状況が燃えるでしょ?」
「う、うわ、うわ・・・」
するり、とスカートも脱ぐ。俺ははやる気持ちをおさえて、服を脱いだ。外にはまだ早貴の気配がする。
「私の息子は皆、変態なのかしら。私に誘われたらどんな状況でも喜んで身体を開くんですもの」
「だって都のこと大好きだもん」
「ま、可愛い。さ、好きなことしてあげるから言ってごらん・・・」
結局、早貴が居なくなるまで三時間かかった。
翌朝。
俺達は談話室で、客用の配置で座る。談話室に三つ設えてあるテーブルと、それを四方から囲む三人掛けのソファー。真ん中のテーブルの、奥の席に都が、都の右手に淳蔵と俺が、左手に直治が、都の対面に中畑親子が座る。
「おはようございます。素敵な夢は見られましたか?」
「おはようございます、都さん。いやあ、素敵な夢を見られましたよ。会社を立ち上げる頃の夢でね、あの時の情熱を思い出しました。初心にかえるのは大切なことですね」
「パパ!」
早貴がダンッとテーブルを叩いた。
「そンな話をしにきたンじゃないでしょ!」
「あ、いや、」
「しッつれいなおばさん! お客様を下座に座らせて、自分は上座!?」
都は首を傾げる。早貴は唸るように歯を剥いた。
「知ってんのよ! 『極東の魔女』! みーンな言ってる! 『女に金を持たせると碌なことにならない『好例』だ』ってね! 親から受け継いだ金と人脈に物を言わせて山奥に引っ込んで、自分好みに育てた男と乳繰り合ってるクソド変態だってね!」
淳蔵と直治の顔から客用の笑顔が消えた。俺もこんなことを言われて笑ってなんかいられない。
「馬鹿じゃないの!? あンたも! あンたも!」
早貴は淳蔵と直治を指差して言う。
「この女に騙されてるってわからない!? あンた達、洗脳されてるのよ!?」
早貴は感極まったのか、泣きだした。
「宗教よ! 宗教! この女は神様でもなンでもないの! だから、目を覚まして!」
中畑は焦った様子で都と早貴の間で視線を行き来させている。
「美代さんっ・・・!」
俺は黙って早貴を見ている。
「そンな冷たい目をしないでっ・・・!」
早貴の白い顔がどんどん赤くなっていく。
「私、美代さんのこと愛してるの・・・」
気持ち悪い。
「美代さんと、ずっと一緒に居たい・・・。私が、魔女の呪いから、美代さんの目を覚ましてあげる。だから、私を選んで・・・」
早貴は首を傾げた。都は早貴から俺に視線を映し、自分の隣に座るように、ぽんぽん、とソファーを手で叩く。
「美代、おいで」
俺は大人しく従った。
「あっ、あのォ! 都さん、娘が失礼なことを言って申し訳ありません! で、ですが、あの、早貴と美代さんの結婚のお願い、というのが、今回、私が館に来た理由でもありまして・・・」
「いえいえ、全然失礼じゃありませんよ。だって本当のことですから」
「エッ」
「こぉんなに美青年ばかり侍らせているんですよ? なんのためだと思っているんです?」
「い、いやぁ・・・」
「ね、美代。キスしましょうか」
「喜んで」
俺は早貴の目の前で都とキスをした。淳蔵と直治がちょっと吃驚している。
「・・・最低」
早貴が呟く。
「最低。最低最低最ッ低!! 『好き』って言ってる女の子の目の前で、他の女とキスするなンてッ!! もう、もういい!! もう帰る!!」
早貴は泣き叫びながら談話室を出ていった。都が俺の身体を押し返す。俺は大人しく身体を放した。
「いやあ、都さん。ありがとうございます」
「いえいえ、とんでもない」
俺達に激怒するかと思った中畑は、嬉しそうに笑っていた。
「ハハハ、事情が呑み込めないという顔ですね。実は、早貴には結婚させたい相手が居るのですよ。私の事業をもっと大きくするためにね」
中畑は後頭部を軽く掻いた。
「所謂、『政略結婚』というヤツですな。アレのなにが良いのか、相手方はアレに御執心なのでね。あとは相手方に失恋したこころを慰めてもらうだけです。アレは馬鹿ですから、簡単に丸め込めますよ」
「実の娘を『アレ』呼ばわりとは、『親馬鹿』の中畑さんらしくありませんね」
「『親馬鹿』? 冗談仰る。わかりやすい『弱点』が一つあれば、相手は油断する。そしてそこにつけこんでくる。それを上手く利用するだけですよ。私はそうやってのしあがったのでね」
「怖い御方」
「子育ての楽しい部分は十分に味わわせてもらいましたから、我儘に育った分、ちゃあんと責任は取りますよ。では、失礼します」
中畑は去っていった。
「演技するなら俺達に言ってくれればよかったのに」
「ごめんなさいね、中畑さんが『言わないでほしい』って言うから」
「なら仕方ないか・・・」
「・・・全く、馬鹿親子が。最悪の気分よ」
都は疲れたのか、息を短く吐いた。
こんこんこん。ノック三回。
俺はそっとドアを開けた。
「美代さん! ここに居たンだ!」
ノックの主は早貴だった。
「中畑さん、二階と三階は立ち入り禁止ですよ」
「そンなことどうでもよくってさ。あと、何回も言ってるけど『早貴』って呼ンでよ!」
うっせー白豚。鼻が低すぎて『ん』の音がちゃんと言えないらしい。何故か俺に好意があるようだ。
「ここ、美代さんの部屋?」
事務室ってドアに書いてあるだろうが。
「違いますよ、事務室です」
「ふうん・・・」
「なんの御用でしょうか?」
「デートしようよ! ここってなあンにも無くて退屈だからさ!」
「すみませんが、仕事中ですので」
「休憩時間いつ? そン時にデートしない?」
屈託の無い、自分が可愛いと信じて疑わない笑顔。親に愛されて蝶よ花よで育てられた箱入り娘。ある意味純粋無垢なのだろうが、見ていると段々苛々してくる。一度、都にそう愚痴を零すと、『そういう人にはそういう人なりの苦悩があるのだから、あまり馬鹿にしてはいけませんよ』と軽く叱られた。都の言うことは間違っていないのだが、苛々する気持ちはおさえられないのだからどうしようもない。
「ごめんなさい、貴方とはデートしません」
「なんで?」
「好きな女性が居るので」
「もう告白した? 付き合ってる?」
会話が噛み合っていない。
「美代」
都の声がして、そちらを見る。都は早貴と目が合うとくすっと笑った。
「中畑さん、二階と三階は立ち入り禁止ですよ」
「美代さんに用があったので」
「あとにしてくださいますか? 仕事の話がありますので」
「お客様より仕事優先ですか?」
「申し訳ございません。火急の用ですので、少しだけお待ちください」
「か、かきゅー?」
都は事務室に入り、ドアを閉めて鍵をかけた。
「ありがと、助かったよ」
俺は小声で礼を言う。
「直治がね、『中畑の娘が美代を探して事務室に来た』って連絡してくれたから」
「成程」
「モテる男はつらいですねえ」
「最悪の気分さ」
都はにんまりと笑うと、ぷちぷちとブラウスのボタンを外し始める。
「えっ・・・」
「声を出しちゃ駄目、っていうスリル満点の状況が燃えるでしょ?」
「う、うわ、うわ・・・」
するり、とスカートも脱ぐ。俺ははやる気持ちをおさえて、服を脱いだ。外にはまだ早貴の気配がする。
「私の息子は皆、変態なのかしら。私に誘われたらどんな状況でも喜んで身体を開くんですもの」
「だって都のこと大好きだもん」
「ま、可愛い。さ、好きなことしてあげるから言ってごらん・・・」
結局、早貴が居なくなるまで三時間かかった。
翌朝。
俺達は談話室で、客用の配置で座る。談話室に三つ設えてあるテーブルと、それを四方から囲む三人掛けのソファー。真ん中のテーブルの、奥の席に都が、都の右手に淳蔵と俺が、左手に直治が、都の対面に中畑親子が座る。
「おはようございます。素敵な夢は見られましたか?」
「おはようございます、都さん。いやあ、素敵な夢を見られましたよ。会社を立ち上げる頃の夢でね、あの時の情熱を思い出しました。初心にかえるのは大切なことですね」
「パパ!」
早貴がダンッとテーブルを叩いた。
「そンな話をしにきたンじゃないでしょ!」
「あ、いや、」
「しッつれいなおばさん! お客様を下座に座らせて、自分は上座!?」
都は首を傾げる。早貴は唸るように歯を剥いた。
「知ってんのよ! 『極東の魔女』! みーンな言ってる! 『女に金を持たせると碌なことにならない『好例』だ』ってね! 親から受け継いだ金と人脈に物を言わせて山奥に引っ込んで、自分好みに育てた男と乳繰り合ってるクソド変態だってね!」
淳蔵と直治の顔から客用の笑顔が消えた。俺もこんなことを言われて笑ってなんかいられない。
「馬鹿じゃないの!? あンたも! あンたも!」
早貴は淳蔵と直治を指差して言う。
「この女に騙されてるってわからない!? あンた達、洗脳されてるのよ!?」
早貴は感極まったのか、泣きだした。
「宗教よ! 宗教! この女は神様でもなンでもないの! だから、目を覚まして!」
中畑は焦った様子で都と早貴の間で視線を行き来させている。
「美代さんっ・・・!」
俺は黙って早貴を見ている。
「そンな冷たい目をしないでっ・・・!」
早貴の白い顔がどんどん赤くなっていく。
「私、美代さんのこと愛してるの・・・」
気持ち悪い。
「美代さんと、ずっと一緒に居たい・・・。私が、魔女の呪いから、美代さんの目を覚ましてあげる。だから、私を選んで・・・」
早貴は首を傾げた。都は早貴から俺に視線を映し、自分の隣に座るように、ぽんぽん、とソファーを手で叩く。
「美代、おいで」
俺は大人しく従った。
「あっ、あのォ! 都さん、娘が失礼なことを言って申し訳ありません! で、ですが、あの、早貴と美代さんの結婚のお願い、というのが、今回、私が館に来た理由でもありまして・・・」
「いえいえ、全然失礼じゃありませんよ。だって本当のことですから」
「エッ」
「こぉんなに美青年ばかり侍らせているんですよ? なんのためだと思っているんです?」
「い、いやぁ・・・」
「ね、美代。キスしましょうか」
「喜んで」
俺は早貴の目の前で都とキスをした。淳蔵と直治がちょっと吃驚している。
「・・・最低」
早貴が呟く。
「最低。最低最低最ッ低!! 『好き』って言ってる女の子の目の前で、他の女とキスするなンてッ!! もう、もういい!! もう帰る!!」
早貴は泣き叫びながら談話室を出ていった。都が俺の身体を押し返す。俺は大人しく身体を放した。
「いやあ、都さん。ありがとうございます」
「いえいえ、とんでもない」
俺達に激怒するかと思った中畑は、嬉しそうに笑っていた。
「ハハハ、事情が呑み込めないという顔ですね。実は、早貴には結婚させたい相手が居るのですよ。私の事業をもっと大きくするためにね」
中畑は後頭部を軽く掻いた。
「所謂、『政略結婚』というヤツですな。アレのなにが良いのか、相手方はアレに御執心なのでね。あとは相手方に失恋したこころを慰めてもらうだけです。アレは馬鹿ですから、簡単に丸め込めますよ」
「実の娘を『アレ』呼ばわりとは、『親馬鹿』の中畑さんらしくありませんね」
「『親馬鹿』? 冗談仰る。わかりやすい『弱点』が一つあれば、相手は油断する。そしてそこにつけこんでくる。それを上手く利用するだけですよ。私はそうやってのしあがったのでね」
「怖い御方」
「子育ての楽しい部分は十分に味わわせてもらいましたから、我儘に育った分、ちゃあんと責任は取りますよ。では、失礼します」
中畑は去っていった。
「演技するなら俺達に言ってくれればよかったのに」
「ごめんなさいね、中畑さんが『言わないでほしい』って言うから」
「なら仕方ないか・・・」
「・・・全く、馬鹿親子が。最悪の気分よ」
都は疲れたのか、息を短く吐いた。