二百六十八話 都市伝説

文字数 2,701文字

「都市伝説?」


都以外の声が揃った。


「そう。麓の町の子供達の間で、最近流行ってる『遊び』があるのよ。大人達も被害に遭っていて、私のところにまで相談がきたってわけ」


都は少し困ったように笑った。


「家の塀や壁、車のボンネット、道の真ん中に、変な絵が描かれているの。こんな感じの・・・」


そう言って人差し指で空中に絵を描く。丸の中に、線が三本。


「これが『顔』に見える・・・、ってね。石で引っ掻いて描いているらしくて、大人達は『悪戯にしては悪質過ぎる』って怒っていたんだけれど、最近ではみーんな怯えているんですって。なんでも、この絵が描かれた場所では不幸なことが起きるらしいわよ」


都は呆れて笑う。


「子供達は『呪いのマーク』と呼んでいて、『呪いたい相手』の持ち物にこの絵を描いた紙を忍ばせる子も居るんですって」


都は再び、空中に絵を描いた。


「これが、よーっく『効く』そうよ? おかげで町は緊張状態。腹の探り合い、責任の押し付け合い、挙句の果てには騙し合い。お助けください、都様、ってね」


にこり、と都は微笑んだ。


「淳蔵と桜子さんにあたってもらおうかしら」

「謎の人選だね」


美代の問いに、都は微笑んだまま、答えない。


「二人に良いモノをあげるわ。町に降りたら中を確認しなさい」


都は紙袋を机に置いた。俺が受け取り、桜子と目を合わせる。桜子は頷いた。


「さ、いってらっしゃい」


都はふわふわと手を振った。俺と桜子は長時間外出するための準備を済ませると、俺が運転する車で山を降りる。


「淳蔵様」

「ん?」

「都様にしては珍しい行動、ですよね」

「そうだな。都は来る者を選ぶし去る者も選ぶ。迎え撃ちはするが出撃はしない。余程の事情が無い限りな」

「蜘蛛のようなお人ですね」

「罠に引っ掛かった蜂がなんか言ってやがる」

「フフ、確かに。しかし、誰かに会いに行けだとか、特定の場所まで行けだとか、一切指示を出さないだなんて、どういうことなんでしょうか?」

「都がくれた『良いモノ』とやらを、上手く使えってことだな」

「頑張ります」


麓の町に着く。平和過ぎて退屈なこの町に、悪いなにかが蔓延っている。

この町の名前は『綿町』という。

木々を圧縮してできた森と壁のような山に包まれた、今なお昭和の田舎の風景が残る町だ。町に大学は無く、高校も一つしかないので、町で生まれ育った子供の殆どは進学を理由に町から出ていく。と、子供からすれば窮屈な町だが、発展し過ぎた今の時代、ある程度の快適さを享受しながらも自然に囲まれて長閑な暮らしをしたい、という我儘な人間と、町に若い人間を取り込み新たな世代とし、町を、というより自分の子孫を存続させようとする我儘な人間の『需要』と『供給』の均衡が保たれており、綿町はゆっくりゆっくりと時代を取り入れて変化しながらも、一つの町としてきちんと機能している。


「さて・・・」


都が所有している山から一番近い場所にある月極駐車場。宿泊客の関係で毎月二台分契約しているので、そこに車を停める。車を降りた俺達は、紙袋の中を覗き込んだ。都の眼鏡ケースが二つ。取り出してケースを開けてみる。なんの変哲もない眼鏡が入っていた。少し拍子抜けする。


「なんで眼鏡?」

「かけてみましょう」


そっと、かけ慣れない眼鏡をかけてみる。


「・・・な、なんだ、これ?」


さっきまで見ていた世界に、奇妙なものが映るようになった。

地面を走り、跳ね、這っていく、様々な大きさの生きもの達。ぷるぷるねばねばとした不定形の者も居れば、人と獣を混ぜたような者も居る。人間のように服や帽子を着用していたり、鞄や杖といった道具を持っている者も居た。宙に浮いているのは、鮒や鯉のような魚。ゆったりと泳ぐ鈍色の魚の間を、色鮮やかな金魚がすいすいと縫うように泳いでいく。街路樹の枝には、オーバーオールを着た緑色のカメレオンと、蜻蛉のような翅が生えた小さな女が腰掛けて、デートでもしているのか、手を繋いで楽しそうに話している。


「淳蔵様、なにか、言葉では表現できない生きもの達が見えます・・・」

「俺もだよ・・・」


一度、眼鏡を外す。生きもの達は見えなくなる。俺は眼鏡をかけ直した。


「・・・どうしましょう? 情報収集しますか?」

「・・・だ、誰から?」


桜子が眉を八の字にする。俺は辺りを見渡したあと、街路樹の枝に腰掛けているカメレオンと蜻蛉翅の女に話しかけることにした。


「あの、お話中すみません」


二人は俺を見下ろしたあと、顔を見合わせ、再び俺を見下ろした。


「お聞きしたいことがあるんです。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


カメレオンが身振り手振りを交えて蜻蛉翅の女になにかを話している。蜻蛉翅の女は頷き、微笑むと、手を振りながら飛んで去っていった。


『なにをキきたいんですか?』


カメレオンが言う。


「この町で流行っている都市伝説を調べに来たんです」

『トシデンセツ?』

「はい。『呪いのマーク』という話で・・・、」


俺は都から聞いた都市伝説の内容と、何故それを調べに来たのかを簡潔にまとめて話した。


『へー、おヤマからキたんですか』

「はい」 

『アンナさんにおハナシをキきにイくのがイいとオモいます』

「アンナさん?」

『このマチのシハイシャです。シハイシャのところにはジョウホウがアツまりますから、ユウエキなおハナシがキけるかもしれません』


町の支配者。そんな存在が居るなんて全く知らなかった。


「アンナさんはどこに居るんですか?」

『えーっと、エイガカンのバショはわかりますか?』

「〇〇映画館ですか?」

『そうそう。そこから・・・、』


カメレオンはアンナの居場所を丁寧に教えてくれた。アンナは一軒家で同性のパートナーと暮らしているらしい。


「ありがとうございます」

『いえいえ。あ、これはヨケイなおセワなんですが、あんまりニンゲンじゃないイきものにハナしかけないホウがイいですよ』

「何故ですか?」

『アンナさんのセリフをマネしてイうと、ボクタチとニンゲンタチがスんでいるセカイは『レイヤー』がチガうんです。だからゲンゴもチガうしイッパンジョウシキもチガいます。ボクはシゴトのカンケイでニンゲンをカジっているからおハナシができたけど、ホカはちょっと、どうかな。ニンゲンをキラいなイきものもイますし、コウゲキしてくるカノウセイもありますよ。だから、ボクタチのことはミえていないフりをしたホウがイいとオモいます』

「わかりました。ありがとうございます」

『いえいえ。ボクはこれでシツレイします』


カメレオンは街路樹の枝からぴょんと飛び降りると、一礼をしてから二足歩行で去っていった。


「淳蔵様」

「おう。行こうぜ」


アンナの家に向かうため、俺達は車に乗った。
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