百九十五話 拘泥
文字数 1,993文字
昼過ぎ、談話室。都が千代を連れて現れた。
「直治、美波さんとじゅえりさんには出掛けたもらったわ」
「・・・社長がそう言うなら」
「たまには家族団欒でテレビでも見ましょう。ね?」
千代がテレビを操作し始める。淳蔵は雑誌を畳んでラックに戻し、俺は作業を切り上げてパソコンにロックをかけた。
『ドタバタ! 十四人の大家族! 鈴木家に密着!』
映っていたのは、じゅえりの家族だった。
父親と母親の紹介から始まり、子供達が一人ずつ映し出される。
奇妙な感覚。それは既視感だった。
「『八人家族! 柊家!』って番組、見たことあるでしょ」
都が言う。
「似せて作らせたの」
にんまり笑った。聞き馴染みのある陽気なナレーションが俺の神経を逆撫でる。
『パパとママの愛情がいっぱい込められた素敵な名前の子供達だね!』
汚い部屋。はしゃぎまわるばくおうとぷみる。疲れた笑いを浮かべる子供達。怠そうに躾ける両親。ペラッペラッの家族愛が語られ、一日を追う形で番組は進んでいく。
『実はね、長女のじゅえりは出稼ぎにいっとるんですわ』
父親がそう言い、母親が頷く。
『俺達が不甲斐ないから、大学進学を諦めさせてしまいました。下の子達の学費を稼ぐために、まだ若いのに外に働きに、ね・・・』
母親が鼻水を啜り、涙を拭う。
『テレビ見てるかー? じゅえり。パパとママは、お前を愛しとるよ』
母親が泣き崩れ、父親が母親を抱いて背中をぽんぽんと叩く。
『さあ! 最後は格好良くて頼れるお兄ちゃんのラップの時間だ! パパもママも子供達もノリノリ! 鈴木家のドタバタな毎日は、これからも続くよ!』
じゅきあがマイクを持ち、くねくね踊りながら家族への愛を歌っている。後ろで子供達がぴょんぴょん跳ねていた。臨場感を演出するためなのか、カメラが角度をかえながら近寄ったり引いたりしている。番組が終わると、しん、と静まり返った。
「今夜放送されるの。どう? 感想は」
「最悪だ」
都の問いに、間髪入れず淳蔵が答えた。直治は黙って、腕を組んで背凭れに身体を預けている。
「千代さん」
「はい」
千代が談話室を出ていき、雑誌を三冊持って戻ってくる。淳蔵がよく読んでいる大手出版社のものだ。
『大家族テレビ出演の闇。長女が実名で暴露!
『雌鶏と呼ばれ・・・』実の父の子を妊娠、出産。
血の繋がった兄とも関係を!? 母親は黙認!?
『大家族ビジネス』と『ヤングケアラー』の問題に迫る!』
そう、表紙に書かれている。
「来月出版されるものよ」
千代が無言で手を差し出す。淳蔵が雑誌を渡す。俺と直治からも回収した。
「直治」
「はい」
「九月になったら、きりのいいところで美波さんの『仕込み』に入って」
「わかった」
都がソファーから立ち上がる。
「座れ」
俺はそう命令した。淳蔵と直治と千代が吃驚した顔で俺を見ている。都は黙って座り直した。
「都は優し過ぎる」
都は目蓋を閉じ、ゆっくりと首を横に振る。
『あの優しさが、一条都の最も美しい点なのです』
苛つく。俺は都を睨み付けた。
「嫌いだよ。そういうところ」
都は何故か、嬉しそうに、薄く笑った。
「初めて美代に『嫌い』って言われたね」
「・・・泣きそうだよ」
「ゆっくり話し合う?」
「そうしよう」
二人で立ち上がる。階段を登り、都の部屋に入って鍵をかけた。俺は都の胸倉を掴み寄せ、顎を握って無理やり唇を合わせる。
「ちょっ、んんっ」
「ふざけやがって!」
都は俺の手首を握って抵抗してきたが、俺は構わず足を絡めて体勢を崩させ、押し倒した。
「『やきもちを焼くな』だと? 馬ッ鹿じゃねえの!? 俺がどれだけ都のことを愛してるのかわかんねえのかよッ!!」
「美代、私に拘泥するのはやめなさい」
俺は、
都を叩いた。
はあはあと、俺の呼吸が静かに響く。
「・・・今、なんつった?」
「淳蔵と直治にも言えることよ。私に拘泥するのはやめなさい」
今度は、自分の意志で、都の頬を叩いた。
「・・・昔っからそうだ。メイドに手を出してもいいと言ったり、『外』の世界に居させてやる方が幸せなんじゃないかと考えたり。本当は、自分だけを見てほしくて、ずっと傍に居てほしいくせに。冗談を言って誤魔化して、いつもいつも、都は本当のことから逃げようとする」
都は数秒堪えたが、我慢できなくなったのか泣きそうな顔になった。
「どうして、自分のことを大切にできないんだ・・・」
「美代ならわかるでしょ」
都は唇を震わせた。
「自分のことが嫌いだからだよ」
ぽつり、ぽつりと、俺の涙が都の頬に落ちる。
「・・・つらいよな」
都の両頬に、手を添える。
「自分のことが嫌いなのに、他人を好きになるのは・・・」
そっと唇を合わせ、吸う。
「父親のことを思い出して、苦しいんだよな・・・」
「うん・・・」
「・・・叩いて、ごめんね」
都はなにも言わずに俺の後ろ髪に指を絡める。引き寄せ合うようにして、もう一度唇を吸う。
「ずっと一緒に居ようね」
都は頷かず、困ったように笑うだけだった。
「直治、美波さんとじゅえりさんには出掛けたもらったわ」
「・・・社長がそう言うなら」
「たまには家族団欒でテレビでも見ましょう。ね?」
千代がテレビを操作し始める。淳蔵は雑誌を畳んでラックに戻し、俺は作業を切り上げてパソコンにロックをかけた。
『ドタバタ! 十四人の大家族! 鈴木家に密着!』
映っていたのは、じゅえりの家族だった。
父親と母親の紹介から始まり、子供達が一人ずつ映し出される。
奇妙な感覚。それは既視感だった。
「『八人家族! 柊家!』って番組、見たことあるでしょ」
都が言う。
「似せて作らせたの」
にんまり笑った。聞き馴染みのある陽気なナレーションが俺の神経を逆撫でる。
『パパとママの愛情がいっぱい込められた素敵な名前の子供達だね!』
汚い部屋。はしゃぎまわるばくおうとぷみる。疲れた笑いを浮かべる子供達。怠そうに躾ける両親。ペラッペラッの家族愛が語られ、一日を追う形で番組は進んでいく。
『実はね、長女のじゅえりは出稼ぎにいっとるんですわ』
父親がそう言い、母親が頷く。
『俺達が不甲斐ないから、大学進学を諦めさせてしまいました。下の子達の学費を稼ぐために、まだ若いのに外に働きに、ね・・・』
母親が鼻水を啜り、涙を拭う。
『テレビ見てるかー? じゅえり。パパとママは、お前を愛しとるよ』
母親が泣き崩れ、父親が母親を抱いて背中をぽんぽんと叩く。
『さあ! 最後は格好良くて頼れるお兄ちゃんのラップの時間だ! パパもママも子供達もノリノリ! 鈴木家のドタバタな毎日は、これからも続くよ!』
じゅきあがマイクを持ち、くねくね踊りながら家族への愛を歌っている。後ろで子供達がぴょんぴょん跳ねていた。臨場感を演出するためなのか、カメラが角度をかえながら近寄ったり引いたりしている。番組が終わると、しん、と静まり返った。
「今夜放送されるの。どう? 感想は」
「最悪だ」
都の問いに、間髪入れず淳蔵が答えた。直治は黙って、腕を組んで背凭れに身体を預けている。
「千代さん」
「はい」
千代が談話室を出ていき、雑誌を三冊持って戻ってくる。淳蔵がよく読んでいる大手出版社のものだ。
『大家族テレビ出演の闇。長女が実名で暴露!
『雌鶏と呼ばれ・・・』実の父の子を妊娠、出産。
血の繋がった兄とも関係を!? 母親は黙認!?
『大家族ビジネス』と『ヤングケアラー』の問題に迫る!』
そう、表紙に書かれている。
「来月出版されるものよ」
千代が無言で手を差し出す。淳蔵が雑誌を渡す。俺と直治からも回収した。
「直治」
「はい」
「九月になったら、きりのいいところで美波さんの『仕込み』に入って」
「わかった」
都がソファーから立ち上がる。
「座れ」
俺はそう命令した。淳蔵と直治と千代が吃驚した顔で俺を見ている。都は黙って座り直した。
「都は優し過ぎる」
都は目蓋を閉じ、ゆっくりと首を横に振る。
『あの優しさが、一条都の最も美しい点なのです』
苛つく。俺は都を睨み付けた。
「嫌いだよ。そういうところ」
都は何故か、嬉しそうに、薄く笑った。
「初めて美代に『嫌い』って言われたね」
「・・・泣きそうだよ」
「ゆっくり話し合う?」
「そうしよう」
二人で立ち上がる。階段を登り、都の部屋に入って鍵をかけた。俺は都の胸倉を掴み寄せ、顎を握って無理やり唇を合わせる。
「ちょっ、んんっ」
「ふざけやがって!」
都は俺の手首を握って抵抗してきたが、俺は構わず足を絡めて体勢を崩させ、押し倒した。
「『やきもちを焼くな』だと? 馬ッ鹿じゃねえの!? 俺がどれだけ都のことを愛してるのかわかんねえのかよッ!!」
「美代、私に拘泥するのはやめなさい」
俺は、
都を叩いた。
はあはあと、俺の呼吸が静かに響く。
「・・・今、なんつった?」
「淳蔵と直治にも言えることよ。私に拘泥するのはやめなさい」
今度は、自分の意志で、都の頬を叩いた。
「・・・昔っからそうだ。メイドに手を出してもいいと言ったり、『外』の世界に居させてやる方が幸せなんじゃないかと考えたり。本当は、自分だけを見てほしくて、ずっと傍に居てほしいくせに。冗談を言って誤魔化して、いつもいつも、都は本当のことから逃げようとする」
都は数秒堪えたが、我慢できなくなったのか泣きそうな顔になった。
「どうして、自分のことを大切にできないんだ・・・」
「美代ならわかるでしょ」
都は唇を震わせた。
「自分のことが嫌いだからだよ」
ぽつり、ぽつりと、俺の涙が都の頬に落ちる。
「・・・つらいよな」
都の両頬に、手を添える。
「自分のことが嫌いなのに、他人を好きになるのは・・・」
そっと唇を合わせ、吸う。
「父親のことを思い出して、苦しいんだよな・・・」
「うん・・・」
「・・・叩いて、ごめんね」
都はなにも言わずに俺の後ろ髪に指を絡める。引き寄せ合うようにして、もう一度唇を吸う。
「ずっと一緒に居ようね」
都は頷かず、困ったように笑うだけだった。